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「レン、少し良いですか?」
食後、何をするでもなくソファでゆったりしていたレンのもとに、静かにトキヤが現れた。
腕を組んで佇むその手には、白色飲料水の入ったペットボトルが握られている。
「なんですか? これは」
「なにって。セノビィだねぇ」
「製品名を訊いているんじゃありません。私が言いたいのは、ここに書かれている"ダディ"と言う文字です。…一応形だけ確認を取りますが、これを書いたのはあなたですね?」
「へえ、よくわかったね。流石主席検事さま。筆跡鑑定くらいお手の物、というわけか」
「我が子の筆跡くらい、鑑定などしなくともわかります。それに筆跡鑑定は検事の仕事ではありません。…というか、こんなもの筆跡を見なくても、"ダディ"などという呼び方をする人間はこの家に一人しかいませんからね」
「あぁなるほど。それは失念していたな」
「またそんな明白な嘘を…。翔の分もあったようですが…彼はともかく、どうして私の分まであるんです?」
「別に。ただ、せめてあと三センチは欲しいかと思っただけさ」
「……余計なお世話です」
「そんなことを言わずにさ、ほらおチビちゃんのは普通のだけれど、ダディのはちゃんとカロリーオフのやつなんだぜ?」
「ちゃんとの意味がわかりません。…それこそ余計なお世話ですよ。いいですか、今後一切私にこのようなものは不必要ですから。無駄にお金を使わないでください」
「へいへい。けど、それは飲んじゃってくれないかい。折角買ったんだし、飲まないというのはもったいないだろう?」
「……翔か音也にでもあげれば良いでしょう」
「俺は別にそれでも構わないけどね。結構効果があるんだと聞いたから買ってみたんだけれど……いやいや残念だな」
「……………、とりあえず今は冷蔵庫に戻しておきますから。後で私から翔に渡しておきます」
「はいはいご自由にどうぞ」
ぶつぶつと文句を垂れながらキッチンへと戻っていく後ろ姿に適当に手を振り、ソファに座り直した。
――きっとあのペットボトルはおチビちゃんの手に渡ることなく消えるだろうな。
冷蔵庫の前でじッとペットボトルのラベルと睨めっこをしているだろう父親の姿を想像し、傍に寄って来たクップルを抱き上げながらレンは密かに人の悪い笑顔を浮かべた。
end.
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これを書いた時はまだお母さんが牛乳に相談してる設定だった
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