雲ひとつない青空の下。
いつ小鳥たちが軽やかに囀り出してもおかしくはない日曜日の朝には似つかわしくない緊張感が、一ノ瀬家の一室を満たしていた。

部屋の中に居るのは、一ノ瀬家の良妻賢母・真斗とその子どもたち。

曇り一つない窓を背に腕を組み仁王立ちする真斗。
そしてベッドを挟んでそれに向き合うように身構える那月、音也、翔。
誰一人、言葉を発することはおろか小指の一本すら動かさずに”その時”を待っている。
耳鳴りが聞こえてきそうな痛いほどの沈黙が続くこと数分…。

動きを見せたのは、真斗――。

静かに瞼を下ろした彼の姿を見、

――来るか――

ごくりと音也は生唾を飲み込み、翔の背中を一筋の汗が流れた。
一秒が数十分にも感じてしまう…。
動き出してしまいたくなる衝動をなんとかやり過ごしたその時、真斗の口が薄く開かれ、

――うにゃあ。

遠くで猫の鳴き声がしたと同時、真斗は砲撃指示を出す艦長よろしく腕を振り上げ、声を張り上げた。

「布団は干してッ」
「日光消毒!」
「シーツは剥がしてッ」
「洗濯、です!」

真斗の淀みない指示に翔と那月が素早く反応し、的確に各々の獲物を掴み上げる。
ぴったりと息の合った、流れるようなコンビネーション。
かつて”指令王の真斗”としてその筋に名を馳せた腕は、いまだ衰えては居なかったようだ。
フッと口端を上げ、真斗は満足げに深く頷いた。
しかし悦に浸っていられたのも束の間のこと。

「マットレスは?」

満面の笑顔で指示を促す音也の一言に、虚を衝かれた真斗はハッと息を呑む。
疑うことを知らないそのキラキラと輝く赤眼を見ていることができず、思わず瞳を逸らした。
逸らした瞳が、忙しなく泳ぐ。

「マットレス!」

音也の、催促の声。
真斗は苦虫を噛み潰したような表情でマットレスをちらりと見た。
かつての二つ名に懸けて、迅速な指示を飛ばさなくてはならない。
しかし、しかし――…
母親の煮え切らない態度に、子供たちの間に俄かに動揺が走る。
マットレスに手をついたまま音也は常以上に瞳を大きく見開き、那月と翔は無言で互いの顔を見合わせた。

「もしかしてほったらかし…?」
「買ってから、ずっと?」
「ばい菌がたくさんいそうです…」

恐る恐るといった体で口を開いた音也に、残りの二人も続く。

「仕方がないだろう、何もできないのだから」

いまだ視線を彷徨わせる真斗を、六つの眼が射抜く。

しかし三人もわかっていた。
何も、できない。
そう、何もできないのだ。
大きさも、ある程度の硬さもある分厚いマットレスは洗濯機にかけることはもちろんベランダや洗濯竿に干すことも叶わない。

打つ手は、ない――。

ピリピリとした緊張感はいつの間にか消え失せ、代りに今この部屋を満たしているのは――絶望。
兄弟達は一様に顔を伏せ、真斗は自身の不甲斐無さ、無力さに唇を噛んだ。
と、その時。


「――できますよ」


天啓のような、その声。
真斗はハッと顔を上げ、音也たちも驚き振り返る。
四人の視線の先には、扉に寄りかかり不敵に微笑む一家の大黒柱・トキヤの姿が。
顔の横まで持ち上げられた、その手に握り締められている、あれは――


…――ファブリーズ!!


「「「「あ〜!」」」」


〜ファブリーズW除菌は日光消毒以上の除菌力で洗ったように気持ちよく〜




「さっぱりしたな…」

無事清潔を取り戻したマットレスを優しく撫でながらうっとりと見つめる真斗の背中に、父と子ども達は親指を立てて声を合わせた。



「「「「ファブリーズで洗おう!」」」」

***

「――で、お前はいつまで惰眠を貪っているつもりだ? というか、あれほど容赦なく布団もシーツも奪われながら良く寝続けられたものだな」

「んー…、良い匂いだ、ね……」

「当然だ、まったく…ベッドはまだ五台も残っているんだぞ、お前もさっさと起きて手伝いに来いよ」

「んー…、……」





end.




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