「いいよなーマサとトキヤは」

夏もすっかり終わって肌寒ささえ感じ始めた秋の午後。
頭の後ろで腕を組んだ音也は、隣に連れ立ち歩く同僚をちらりと見ながら独り言ちた。
揃って半ドンで会社を抜けた二人は人の行き交う遊歩道をぶらりぶらりと駅に向かって歩いていた。

「また唐突だな。何がだ?」

会話はぽつぽつ交わしていたが、それを分断するようなその呟きに同僚・真斗は苦笑を零した。
二人が向かっているのは正確に言えば駅ではなくシャルマンだ。
店がオープンしてからというもの、この自他共に認める甘味王子は毎日のように足繁く通っているらしい。
けれどそれはなにもケーキのためだけではなく、その店のオーナー兼パティシエであり二人の共通の友人、トキヤに会うためでもある。
二人は―――音也は詳しくは知らないが―――幼い頃の旧友だったらしい。
そのことを真斗はすっかり忘れていたようだが二週間ほど前、ひょんなきっかけからそれを思い出したようだ。
そのとき真斗は音也と飲んでいた―――正確には真斗はお酒にも食事にもまだ手をつけていなかったが―――ため、取り残された音也は周囲からの視線の集中豪雨に精神的に大変な思いをしたものだが、それはこの際置いておく。
真斗はそれからというもの口を開けばトキヤの話―――それはもちろんトキヤが作るケーキ、というのが大概なのだが―――をすることが多くなったように思う。
そしてトキヤもトキヤで、いままであれほどメールを送っても必要最低限、もしくは返しすらしてくれなかったというのに、最近では向こうから連絡を寄越すことが増えてきた。
その九割が真斗のことだが、音也は素直に喜ぶことにした。
内容は―――トキヤのために伏せておこう。
とにもかくにも二人の仲は音也の目から見ても急速に縮まった。
といっても音也は実際に目の当たりにしているわけじゃないが真斗の話を聞く限り、トキヤのメールを見る限り、それは事実以外の何ものでもない。
縮まったというかむしろ、さらに言えば―――。
そんな脳内プロセスがあったから、音也にとっては唐突でもなんでもなかったのだが。

「俺もそろそろ、そろそろな歳だしさ。二人みたいに、俺もかわいい恋人がほしいなー。なんて」

弊害どうこうは差し置いて、活き活きと輝いて見える二人の様子を傍目にみていると、どうにも羨ましく思えてくるのだ。
甘いものは一般男子並みにそこそこ好き、程度の音也が珍しく真斗に同行したのはたまにはケーキもという気持ちに加え、ケーキ屋ならばなにか出会いが―――なんていう淡くささやかな期待もあった。
もちろん、友人であるトキヤに会いにというのもちゃんとある。
しかし真斗は首を捻った。その一言に、音也は固まる。

「何を言っているんだ。俺に相手などいないのはお前も知っていることだろう? トキヤも……話は聞かんからいないのではないか?」
「はあ……ッ!? え、ええええッ!? トキヤアタックしたんじゃないの!?」
「……?」

トキヤのメールから相当猛アピールをしているように思っていたが。
だからてっきり二人はそっちの方向にゴールインしているものと、思っていたが。
―――いや、トキヤは確かにがんばっているんだろうな。
だけどそれがかなしいことにこの首を傾げる甘味王子には届いていないんだろう。
生真面目でしっかりしているようでいて、どこか天然で鈍感なところが彼にはあるから。
加えてトキヤがいれば、ケーキもある。
ケーキがあれば、十中八九真斗はそれに意識を持っていかれていしまうのだ。
前途多難そうな友人の恋路に音也が密かに同情をしていると、気付けばシャルマンに到着していた。
風も穏やかな秋晴れの昼だからか、テイクアウトがメインらしいが数卓あるイートインテーブルや外のテラス席にもちらほらとお客さんの姿が見える。
二人が入り口の前に立ちドアノブに手を掛けようとした直前、扉は内側から勝手に開いた。

「……あら、真斗じゃないの。また来たの?」

ひまなのね―――そう言いながら出てきたのはこの店のオーナー兼パティシエであり音也の高校来の親友でもあるトキヤ―――ではなく、ゆる巻きの長いミルクティーブラウンの髪を低めにまとめて前方に流した、スタイルの良い細身の少女だった。
彼女が姿を現した瞬間―――音也の身体に電流が走った。
真斗と一言二言会話を交わす彼女の姿に目を奪われる。
女性にしてはやや身長高めの彼女は制服である白シャツとジレ、ロングサロンとスキニーパンツをきっちりと着こなしていて容姿の秀麗さも相俟ってまるで衣装を纏ったモデルのようだ。
言葉を紡ぐたびひらりひらりと宙を舞う花びらのような厚めの唇も、少し垂れ目がちな杜若色の瞳もとてもかわいいと思った。
と、その大きな瞳がふいに音也のほうを向いた。

「こちらは真斗のお友だち? ―――いらっしゃいませ、ようこそモンブルシャルマンへ」
「……っ! えっと俺、一十木音也! 二十七歳おひつじ座のO型趣味はギターと歌うこと!」
「え?」
「あ! ごっ、ごめん……! あの、えっと、マサの会社の同僚、デス……」

ついつい余計なことまで喋ってしまった。
ドキドキしている胸を押えて、尻すぼみに当たり障りない社会人としての自己紹介を改めてする。
ドキドキと恥ずかしさで顔を赤くする音也に彼女はくすりと笑った。

「真斗といっしょってことはイートインよね? どうぞ、ゆっくりしてらして?」

二人が通れるようにと身体を引いて、にこりと微笑む彼女の姿にまた音也の心は撃ち抜かれてしまう。
あればいいななんて軽い気持ちだったけれど、まさかこんな出会いがあるなんて。
ショーケース前で注文を済ませて席に座ると、音也はすぐに真斗へ詰め寄った。
入り口から入って右手側、二卓あるうちの真斗の常連席になりつつあるらしい店の奥に近い席。
もう一卓にはお客はいないが、場をわきまえて小声で迫る。

「マサ! マサ! あの子だれ!?」
「ん……? 恋のことか?」
「れん? れんちゃんっていうんだ……!」

催促すると真斗は指でテーブルに”恋”と書いた。
歳は十九。専門学校で製菓を学びつつ、合間にここで働いているらしい。

「あいつは俺の従妹でな。父親がパティシエをしている影響で、あいつ自身もその職を目指していると言っていたからここを紹介してやったのだ。トキヤの下で働いていれば、何かと将来の良い経験になるだろうからな」

兄の口調な真斗の言葉を、ふわふわとやわらかそうに揺れるミルクティーブラウンを目で追いながら熱心に聞く。
将来はパティシエを目指しているのか―――。
モデルや女優になれそうな華やかな容姿とスタイルなのに、なんとも女の子らしい夢を持っているんだな―――。
と言うことはと真斗を見る。

「?」

見られている意味が分からない真斗はただ首を傾げてこちらを見返している。
その顔はスッと整っていて、下にのびる首は白く細い。
社を出てすぐに緩めてしまった音也とは違ってキュッとネクタイの締められたシャツ越しの身体は、普段本人も運動は苦手だと言っている通りあまり筋肉のなさそうな、それでいてちゃんと引き締まったラインをしている。
腰に巻かれた品の良い濃茶をしたベルトの穴は、きっと一番目でとめてるんだろうな―――。
そうしげしげと観察しているとその腰が居心地悪そうに左右に揺れた。

「と、突然なんだ一十木……」

困惑する真斗は頬を掻いたが、その指も手首も明らかに細い。
そんな真斗をキリッと見詰め、拳を掲げて音也は声高に宣言した。

「俺がんばって太らない体質になる!」
「体質を変えるのは難しいと思うぞ!?」
「……何を馬鹿なことをいってるんですかあなたは」

思わず突っ込んだ真斗の横に、スッとトキヤが現れた。
コックコートを纏った彼は左手にケーキとカップが乗ったトレンチを、左手に銀のポットを持って音也を呆れた瞳で見下ろしていた。

「真斗が来たというから出てきてみれば。努力で体質が変わるのならば、苦労なんてないんですよ」

そうきっぱりと断言したトキヤはなぜか、自分が作ったはずのケーキを忌々しそうに睨め付けている。

「……?」
「トキヤは太りやすい体質だからな」

ケーキを睨むトキヤを音也が不思議に思っていると、真斗がこっそりそう耳打ちしてきたが、耳聡くそれを拾ったトキヤは「ち! 違います!」と声を荒げた。

「いいですか真斗、何度も言っていますが私は太りやすい体質なのではなく、ひとよりも若干、僅かに、ほんの少し脂肪に変わる量が多いだけですッ!」
「それを太りやすい体質というのだぞ、トキヤ」

ぐううと歯噛みするトキヤに真斗がカラカラと笑う。
と、そこに突然恋が腰に手を当て割って入った。

「教えた私も悪いけど、営業中にあんまりイチャイチャしないでくださる? イッチーが太りやすい体質なのはもう変えようもない事実なのだから、あんまり大きな声を出してお客さまにご迷惑かけないでちょうだい」
「わ、私は別にイチャイチャなど……ッ!」
「イッチー。ハウス」

有無を言わさぬ笑顔と声音でビッ! と恋はキッチンを指すと、トキヤの手から危なげもなくトレンチとポットを奪い取った。
トキヤは何か反論したそうに口を開けたが、恋の意見はもっともなので結局何も言わず持ち場へと戻って行く。
キッチンの扉が閉まるのを見届けて、くるりと音也に向き直った恋は「ごめんなさいね」と片目を瞑った。

「真斗はモンブランとウィンナーコーヒー。そちらのかわいらしいお兄さんはラズベリーのレアチーズタルトと紅茶だったわね?」

そう言って音もなくそれぞれの前にケーキを並べると真斗の前にだけたっぷりとクリームの乗ったウィンナーコーヒーのカップを置いて、身体を捻り一歩後ろに左足を下げた。
そしてポットの口をトレンチの上のティーカップに向けてゆっくりと透き通った琥珀色の紅茶を注いでいく。

「ベリーとレアチーズを使ったタルトには、香り豊かなアールグレイをどうぞ」

パチリとかわいらしくウィンクも添えて、恋は音也の前に温かな湯気の湧き立つ紅茶を置いた。
そしてまた一歩身体を引いてにこりと微笑うとごゆっくりと言って恭しく腰を曲げ、軽やかに髪を揺らしてショーケースのほうへと戻っていく。
その一連を、音也は目を離せずにぽうっと見ていた。

「……マサ」
「うん? なんだ、一十木」

働く横顔に魅入られたまま、音也は向かいに座る難易度の高い友人を呼んで。

「俺、がんばる」

二十七歳一十木音也、苦労している友を見習い己の恋路の春を誓った。



end.



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