引越しの当日、朝早くに目を覚ましたトキヤはすぐに隣のおばさんの家へと向かった。
父は菓子など作らないため、モンブラン作りに使用する調理器具の殆どはすでに荷造りの箱の中に詰めてしまっていた。
従って昨夜母は事情を話したトキヤのために隣家のキッチンを借りられるようお願いをしてくれていたのだ。
なので口金などの小さな器具を両手に抱えたトキヤを、おばさんは笑顔で迎えてくれた。
キッチンへと通されたトキヤは、昨日の電話の後飛ぶように買いに走り事前に渡しておいた材料を取り出すとすぐモンブラン作りに取り掛かった。
引越しのトラックが来て積荷を終えるまでの時間は一時間と少し。
モンブランをひとつ作るのにはギリギリ間に合う時間だ。
トキヤはさっそく、まずはダックワーズの生地を作り始めた。
焼いたときにちゃんと膨らむようにと丁寧に混ぜ合わせ、オーブンに掛け。
焼いている間にアーモンドクリームを作り始めた。
何度も作ったから工程は全部頭の中に入っていた。
「まだやっつなのに凄いわね」と褒めるおばさんに少し照れながらも、練ったバターにグラニュー糖と溶き卵、そしてアーモンドプードルを順番に少しずつ混ぜ合わせていった。
あと数分すればダックワーズが焼き上がる。
そうしたら今度はアーモンドクリームをオーブンに入れてその間に―――。
と、順調に作業を進めていたトキヤの鼻に幽かにいやなにおいが届いた。
出所と思われるオーブンを慌てて開けて、トキヤはその顔を青くした。
ダックワーズの表面は焼きすぎによって焦げてしまっていたのだ。
トキヤの家のものとはタイプの違うオーブンに、もしかしたら操作を間違えたのかもしれない。
食べられないほどの焦げではないが、冷ましたときにどうなるかがわからない。
けど、ほかの作業も考えるともう一度作り直して冷ましている時間はない。
どうしよう。どうしよう。
頭が真っ白になりながら、器具を持つ手を震わせながら、それでもトキヤは作業を続けた。
まさとくんとやくそくしたのに。
とびきりおいしいモンブランをつくるって、やくそくしたのに。
捨ててしまおうとしたマドレーヌを、トキヤが初めてひとのために作ったマドレーヌを、へんじゃないよと笑って食べてくれた。
そのあとに作って行ったパイも、バターケーキも、おじいさんが倒れてきっとつらかったのにおいしいと何度も褒めてくれた。
その笑顔を見るたびに、トキヤの胸はあたたかく満たされたから。
だから食べたことがないと言った真斗に、それをうまれて初めて食べる真斗に、自分が最高のモンブランを作ってあげたいと、思っていたのに―――。
熱の取れたダックワーズは、焦げつきがやはり気になるもののどうにか飾りを受け止めていたが、箱に詰めて家から出るとあっという間にぐしゃりと潰れた―――。









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