居酒屋に着き料理を前にしても、真斗は先程のことが気になってしかたがなかった。
あの笑顔を見て、あの聞き取ることのできなかった言葉を聴いて、自分は何かを忘れているような気がした。
何か。大切だった、何か。
きらりきらりと光る記憶の糸をどうにか手繰り寄せようと藻掻くもするすると掴みどころなくすり抜けてしまう。
なかなか箸をつけないでいる真斗を見て、音也はサワーを手に取りちびちびと口にしながら「さっきトキヤが言ってたの、どういう意味なんだろうね」と言った。
その言葉に、真斗はガバリと身を乗り出す。

「お前、あれが聞こえたのか!」
「え? うん。俺、耳は結構いいほうだから。マサ、聞こえなかった?」
「…………まったく。なあ一十木、あいつはなんと言っていたのだ?」

それが分かれば、きっとこの霞がかった記憶も晴れる気がした。
意味が分からなかったから間違ってるかもしれないけど。そう前置きをしてから、先程のトキヤの言葉を音也はなぞった。


あなたのいちばんのモンブランは、もう一番ではなくなってしまったんですね―――


「いちばんの……モンブラン……」
「たしか、トキヤそう言ってたよ」



――俺の、いちばんのモンブラン――?



『―――モンブラン、たべたことないの?』



「……なんだ……?」
ふいに頭の中に、幼い誰かの声が木霊した。



『―――じゃあぼくがまさとくんのためにつくってくるよ』


記憶が。


『……あなたが最近仲良くなったって言っていたお友だち―――』
『なんて子だったかしら?―――』
『おうちの都合でね、引っ越すことになったんですって―――』


次々と、記憶が呼び起こされていく。

カチ―――。

少しずつ、何かが嵌っていく。


『―――ぜったいつくるから――!』


カチ―――。

『―――もっともっとじょうずになって』
『―――ちゃんとしっぱいもしないで』
『―――まさとくんに』

『―――いちばんのモンブランだっていってもらえるような――!』

カチ、―――


――ああ。


「待っている……」

カチ―――。

『まってるから!―――』
『ずっと―――』

カチ―――。
「いつまでも」
『いつまでだって―――』
「楽しみに……」
『まってるから―――』

カチ―――


「―――『トキヤ』」


―――カチン。


ガタ――ッ!

「? ……マサ? どうかした?」
「――ッ! すまん一十木!」

何故こんなに大切なことを、いままで忘れていたのだろうか。
鞄から財布を抜き取り手早く万札を抜き取ると、それをテーブルに叩きつけ真斗は転がるように駆け出した。










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