「あーまた甘いもの持ってる!」

持参の弁当を食べ終えた真斗が昨日のうちに購入しておいた焼き菓子の詰め合わせを鞄から取り出すと、真斗の正面に座っていた音也がそれを目敏く見つけて声を上げた。
昼時でがやがやと賑わう社員食堂ではその声が目立つことはなく、すぐ近くに座っていた部署違いの社員にひとり、ちらりと横目で見られただけだった。

「毎日毎日甘いもの食べて。ほんとよく太らないよね、マサ。俺だったら一年で体重二倍くらいになっちゃいそう」
「幸いにも俺は太りにくい体質だからな。それにしても、いくらなんでも二倍は大げさではないか?」

音也のオーバーな物言いに苦笑しながら、取り出した箱を開封する。
中には五種の焼き菓子がひとつずつ、薄桃色の紙パッキンの上に綺麗に並んでいた。
前列にガレットとダックワーズ。そして後列にはフィナンシェ、ブッセ、マドレーヌ。
さて、どれから食べようか。
この店のケーキならすでに真斗は何度か食べたことがあった。
種類は少ないがその分ひとつひとつが丁寧に作られていて、流行に乗って華美た装飾をすることもない直球勝負とも言える見た目、味わいは真斗の好みに大いに合致していたが、焼き菓子を購入したのはこれが初めてだった。
しかしこの店ならば、まずはずれることはないだろう。
それぞれの味を思い浮かべどれにしようかと密かに心躍らせていると、もの言いたげな視線を目の前から感じた。

「なんだ、お前も食べるか?」
「うーうん、そうじゃなくてマサって本当に甘いもの好きなんだなーって思って。見た目は『甘味は好かん。そんなものは女子の食べるものだ』って感じなのにさ、今なんてもう目とかキラッキラしてるんだもん」
「な……っ、キラキラはしていない!」

バンッと周囲に迷惑の掛からない程度にテーブルを叩いて抗議するも音也にはどこ吹く風で、「えーしてるよー」と笑い、「やっぱりいっこちょうだい!」とこちらに身を乗り出すとひょいっとフィナンシェを攫っていった。
すぐさま包装袋は破かれ、小振りなフィナンシェはぱくりと半分の姿になった。
頬張った途端なにこれうまっ! と身体を揺らす同僚に、やれやれと肩を竦めつつも真斗も箱からマドレーヌを摘み上げる。
袋を開けて一口食べればしっとりと柔らかな食感に広がるバターとアーモンドの風味。
やはり期待を裏切らないな。
マドレーヌを早々に食べ終えガレットに手を伸ばしながら、また近いうちに行こうと胸中で誓う。
と、その一連を頬杖をついて見ていた音也が突然「あそうだ」と人差指を上げた。

「俺の高校のときの友だちでパティシエのやつがいてさ。5年くらいヨーロッパで修行してたらしいんだけど今度、自分の店開くってー。駅からちょっと離れてるらしいけどオープンしたらマサ、言ってみたら? 寮で同室だったからちょくちょく作ったの食べてたけどその当時でも結構おいしかったよ」
「ほう……それは興味深いな」
「確か南口から信号みっつくらい行った先にある小学校の近く……だったかな?」

音也はそのパティシエの友人とのメールのやりとりでも探しているのか、携帯の画面をスライドさせながら言った。
その音也の言葉に真斗は思わずぱちりと瞬きしてしまう。

「俺の家のすぐ傍じゃないか」
「えっそうなの? ――あ、あったあった。うん、やっぱりそこらへんだって。すごい偶然だね。名前は、えっと、モン……モン、ブ……」
「モンブランか?」
「んー。フランス語? だからわかんないけど、文字数的にたぶん違う。気がする」

音也は眉間に皺を寄せ歯切れ悪くそう言うとハイと真斗のほうに画面を向けた。
しかし見せられたところで残念ながら英語すら不得意な真斗にフランス語が理解できるはずはなく、本文や件名などにザッと目を通すとすぐに音也へと携帯を戻した。
文面からして、真斗が知る限りでは音也の友好関係の中では珍しく真面目でしっかりしていそうな人物のようだなと、自分のことを忘れて思った。
そして真斗は小さな引っ掛かりを感じた。
それは恐らく差出人の――音也の友人であるところのパティシエの名前に、なのだと思うが、首を捻ったところでいまいちピンとくることはなかった。

「そういえば、モンブラン」
「……うん? モンブランがどうかしたのか?」
「得意だって言ってたな。一番得意だって」
「なに……ッ! それは本当か、一十木!」
「うん。でも、じゃあ作ってよって言っても結局一回も作ってくれなかったけど」
「……? 何故だ? 一番得意なのだろう?」
「わかんない。訊いても教えてくれなかったんだよなー。――でも、店では出すんじゃないかな!」

よかったねマサ! と気の早いことを言う音也に苦笑しながら、ダックワーズへと手を伸ばす。
ダックワーズは作り方こそ簡単だが、シンプルだからこそ奥が深く難しい。
焼き加減や生地の状態で出来上がりが大きく左右されてしまうのだ。

「あると、いいな……」

ほろほろと口の中で崩れふんわりとした控えめな甘さだけを残して消えていくダックワーズに舌鼓を打ちながら、真斗はふっと口元を綻ばせた。


















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