「すまないな」

脱いだジャケットを受け取った真斗が眉尻を下げて笑った。
ネクタイに掛けていた手を止めそんな。と微笑い首を振る。

「謝ることなんてありませんよ。遅くなるので先に食べていてくださいと連絡しておいたでしょう?」
「ああ。だができる限り夕飯は揃って食べたいからな……。あいつらも、初めはお前を待つと言っていたのだが……やはり、胃袋は正直でな」

いつまで経っても食べ盛りを越えんのだなあいつらは。
そう言って肩を竦めて見せた真斗にくすりと一層笑みが増す。
止めていた手を再び動かし、一気にネクタイを引き抜いた。

「その気持ちだけで充分です。私の為に我慢させてしまうのは心苦しいですから」

言いながらシャツの釦を順に外していく。

「けれど私もやはり夕食は家族揃っての方がいいという考えは同じです」

襟元を少し広げると途端に逃げ場もなく滞っていた空気がぶわりと動き出し、じんわりと滲んでいた汗がそれに触れて冷やされる。
――ああ、食事の前にシャワーを浴びなくては。
すぐに室内の空気と溶け合い消えたとはいえ僅かに鼻腔を掠めた塩気に眉根を寄せる。
「その方が、一日の疲れが取れるんです」

ですから明日は可能な限り早く帰れるよう善処しますね。
そう笑い掛け、愛用のパジャマに手を伸ばしながらもさりげなく、真斗から半歩距離を取った。
肌着に染みができるほどではないが、しかし不快なことには変わりない。

「…………ああ。そうしてくれると助かる」

やや不可解な間を空けた後、真斗がそう返してきた。
その声も心なしか掠れている気がする。
もしや風邪でも引いたのだろうか。そう懸念し、替えの下着に伸ばしていた手を止め振り返る。
そうして大丈夫ですかと口を開く、寸前に。

「なあ――」

酷く小さく掠れた、それでいて何か強固な意志の滲んだそんな声。
それを合図に突然視界がぐわりと回った。

「え……」

ぼふっと背中に柔らかい感触。
ぱちりと瞬きしたその先には視界一杯の見慣れた天井。
それを遮るように真斗の顔が、身体がギシリと被さる。

「ま。真斗さん」

これは。この、状況は。
見上げるも、呼び掛けの返答は降ってこない。
その代わりに伸びてきた白い手がひたりと頬に触れる。
「真斗さん、何を――」

顎を伝った指が首筋に降りる。喉仏をくすぐる。鎖骨をなぞる。
いつの間にか視線は目の前の薄く開かれた唇から離せなくなっていた。
その奥に覗く舌の赤さに、張り付いた咽喉が小さく痙攣する。
その間も指は音もなく肌を滑っていた。

「ま――」

つ、つつ、つと湿った肌に詰まりながらも迷いなく進むそれはついに開いたシャツの合間へと潜り込み、いよいよもって動揺に身を捩る。
しかし押さえつけられている脚は動かしようがない。
じっとりと滲んでいた汗が一筋、首を伝って落ちた。
そうして

「トキヤ」

いまだに己の視線を奪い続けていた赤い唇が舌が、うっそりと。熱を逃がすように吐息に乗せて紡がれたそれにグン、と急激に体温が高まる。
見下ろす双眸が孕んでいる色に、ぶわぶわと頬が熱くなった。
――ま、

「待って」

脇腹に達していた手を咄嗟に掴み、上半身を捻って少しでも真斗との距離を開けようともがく。

「待ってください、せ。せめてシャワーを」
「いい――」

しかし抵抗虚しく掴んだ手は掴み返され、そしてそのまま絡め捕られて。

ギシリ。
ゆっくりと重なってきた真斗の体重を受けて身体が、ベッドが少しだけ沈む。

「……このままで、構わない……」

吐息がしっとりと鎖骨を撫で上げた。
常にはない、予測の一切つかない現状に、為す術もなくただ固まるしかない。
首筋に猫がじゃれるように頬を寄せてきたと思えば。
スウ、と傍らで息を吸い込む音。
そうして触れ合っていた真斗の胸が大きく膨らんで。
――ああ。
再び吐息が肩を濡らす。

「……好きだ――」

恍惚とした、噛み締めるようなささやき。
ぞくぞくと甘ったるい痺れが背筋を這った。

「ふふ。心臓が跳ねたな」

そう言って肩を揺らす真斗に悔しくなって、絡んだ指を解きその細い腰をぐっと引き寄せる。
互いの熱が重なり合って、真斗の鼻から小さく息が漏れた。

「……本当に?」

片手を挙げ、熱を持ってなお白い頬にそっと触れて訊く。
体中が、ぐらぐらと目眩がするほど熱い。
胸に伝わる真斗の鼓動もどくどくと早い。
この質問は無意味だと分かった上で、それでも上辺だけでも確認をとろうとする自らの性分に呆れてものもいえない。
真斗もそれを見透かしたように、頭だけを持ち上げこちらに向けると

「いちいち訊くな、ばかもの」

とろりと瑠璃紺を細めて笑った。






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