トモチカサンが、チケットをくれた。
トモチカサンはおかあさんのお友だちで、幼いレンにはよくわからないがとても忙しい仕事をしているはずなのによく家にきてはおかあさんやおとうさんとお話をしたり、レンやなつきとも遊んでくれる。
最初のうちはレンもさつきも警戒してトモチカサンが家にいる間はずっと離れたところでぴりぴりと様子を伺っていたけれど、それでもめげずに優しく話しかけてくるから、そしてなによりおかあさんがだいじょうぶだと笑っているから、ふたりもだんだんとトモチカサンとの距離を縮めていった。
そしてお日さまがぽかぽかと気もちいいある日のこと、おかあさんのピアノをすぐよこまで子ども用のいすを引っぱって来て聴いていたふたりに、トモチカサンはそういえばと言ってチケットを取り出したのだった。
 
「こんど、あたしが衣装デザインしたヴィオラ奏者の子のコンサートがあるんだけどさ。あたしクラシックとかそういう堅苦しいのちょっと苦手なのよねー。だからもしあんたたちがそういうの興味あるんならこれあげるから、行ってみたら?」
 
そう言ってトモチカサンはチケットをくれた。
音楽に興味がある、というよりもおかあさんの弾くピアノが好きなレンはただびおらってなんだろうと首をかしげるだけだったが、ふとなつきを見るとなつきはめがねの奥の大きな瞳をキラキラと輝かせてチケットを見つめていた。






コンサートの日、コンサートをする場所はとても暗くなるからとレンはおとうさんと家でおるすばんだった。
 
「こういうときに練習をしなくては」
 
レンを膝のうえに乗せてレンにはよくわからないひとりごとを言うとおとうさんはピアノを弾きはじめた。
けれどそれはいつもおかあさんが弾いているピアノと同じはずなのになんどもなんどもへんてこな音をだすものだから、そのたびにレンは「あれ?」と首をかしげ、なんどめかの「あれ?」のあとおとうさんはコホンと咳をすると、
 
「絵本でも読みましょうか」
 
音とおんなじへんてこな顔で笑うとレンを抱き上げ、ソファへと移動した。
そうしてレンのすきな絵本をいくつも読んでもらって、あいまにおやつやおひるねをしたりもしていると気がつけば青かった空はきれいなオレンジ色になっていて、玄関のほうからただいまと声がした。
帰ってきたなつきはレンを見つけると飛びつくように抱きついてきて、あのねあのねと真っ赤なかおでコンサートの話をしてくれた。
話しているあいだもそのあともはちみつみたいな色の瞳はチケットをもらったときよりもっとずっとキラキラとしていてきれいだったから、レンも自分のことのようにきゅんきゅんと胸にうれしさが広がるのを感じた。






「それで早速買ってあげちゃったわけ」
「ああ。随分と気に入ったようだったからな」
「それにこうして小さいうちからいろいろと経験したほうが将来の可能性も広がりますしね」
「あんたらもいい感じに親バカになってきたわねえ……。ま、あんなに楽しそうなの見ちゃうとその気持ちもわからなくないけど」
 
おかあさんたちの会話をせなかに受けながらレンは皮製の楽器ケースからピカピカの、茶色いひょうたんみたいなものを取り出しうれしそうに抱きしめるなつきを体操すわりで見守っていた。
 
「レンくん、これがビオラなんですよ!」
 
こくんと頷くと、なつきはえへへと笑ってひょうたんのおしりの部分をあごにはさんだ。
 
「えっとね、たしかおねえさんはこうやって……」
 
ケースの中に一緒に入っていた棒も手にとってビオラに当て、ゆっくりと腕をひくとキィィィと低くてきれいな音が鳴った。
ピアノとはぜんぜんちがうそのはじめて耳にする音色に、レンのせなかは少しだけふるえた。
 
「え? ……あらやだ。ああいうのって確か、最初に音出すのに結構時間かかるんじゃなかったかしら、しずかちゃん?」
「誰がしずかちゃんですか。……私も詳しくはありませんが一般的に、あなたの仰る通りあの類は難しいという話はよく耳にしますね」
「それを開放弦とはいえ、一音目からああも綺麗に鳴らしてしまうとはな……」
 
レンくんも弾いてみませんか?
キィキィと気もちよさそうに音をだすなつきはなんとも楽しそうで、レンはコクコクと頷いてなつきからビオラを受け取った。
けれどそれは、レンがどうやってもギュギューだとかピョーだとか、まるでおとうさんのピアノのようにへんてこな音しか出ずレンは首をかしげながらも早々になつきへと返すことにした。







つづきます

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