「いやあそれにしてもおでこかあ」

腰掛けたソファの上で自分の膝を抱え、その足をぶらぶらと揺らしながら音也は翔を横目でちらりと窺った。
寝室への扉を背に、二人はソファで寛いでいた。
あれからトキヤの言う通りレンに掛けられていた廃棄コードが消滅したことで、間を置かず端末に表示されていた赤いウィンドウも姿を消した。
その後真斗の手でレンの腕には手際よく輸血パックへと繋がるチューブが取り付けられ、そしてセシルが三度詠を詠った。右眼に向けて。
完全に破裂してしまっている眼球の再生はまず不可能でありまた、新たに眼球は入手するのも困難なのだと言ってトキヤがいっそのことの瞼の縫合接着を提案したのだ。
セシルの力で瞼裏の傷口同士がくっつき合い無事に接着はなされたがやはり人間相手とは勝手が違った為に随分と体力を消耗したらしい。
詠い終わるなりそのまま倒れるように眠ってしまったセシルを背に負い、今自分たちができうる限りのことは全部やった、なにかあったらすぐに呼べと言い残してトキヤは真斗と共に部屋を後にした。
そうして部屋には翔と音也とそして隻眼のアンドロイドだけになった。

「……なんだよ」

音也を睨み返して唇を尖らせた。
音也の所為で思い出した唇に触れた感触に、少しだけ頬が熱くなる。

「べつに。翔らしいかなって思っただけだよ」

何があったかはわからないけど、と言いいながら音也はぶらつかせていた足を大きく振ってその反動でよっとと立ち上がった。

「見つけたのが、マスターになったのが翔で良かったと思うよ。レン。あったことがなんだって、これからは絶対にしあわせだもん」

あとはそのマスターがもっと前向きになってくれればなあ――
上半身だけを捻り見下ろしてきた音也はそう言って意味ありげな視線を翔に寄越した。
その赤い瞳は心配の色を大いに含んでいて、翔は思わず目を逸らす。

「……俺様のどこが前向きじゃないっつーんだよ?」
「レンが変えてくれるといいね。ううん、きっと変えてくれるよ。ひとりじゃないんだもん」

質問の答えになっていない。
不服だ。
翔に自分が後ろ向きであるつもりなど一切ないのだから。

「ううーん、後ろ向きとはまた違うんだけどな」
「意味わかんねーよ」
「あ。それよりも翔今日はどうするの?寝る場所」
「………たしかに」
「ベッドはレンが使ってるし……。えっとさすがにあのベッドじゃふたりは無理があるよね」
「無理がなくても断じてことわる」

眉尻を下げ困ったように頬を掻きながら音也はそう言って笑ったが、そもそも大きさの問題ではないだろう。
明日の朝レンが目覚めたとして見知らぬ男――一度目が合っているとはいえ相手が覚えているとは思えない――が横で眠っているとか。
自分が先に起きたとしても目を開けて一番に飛び込んでくるのがあの秀麗な寝顔――しかも超至近距離である――だとか。
気まずい。
大いに気まずい。

「あっじゃあマサたちの部屋は? たぶんベッドひとつあいてるよ」

――絶対行きたくない。
恐らく一人は歓迎するだろうが、もう一人の男は口先はどうであれ翔を心から歓迎するようなことはないように思う。
そしてふたつあるはずのベッドが片方使われていない理由を実際に目の当たりにし尚且つそれを横目に安眠できる気もしない。
というか、なぜ音也はそんなことを知っているのか。

「いいよ。ここで寝る」
「ここって、ソファ?えー、寝心地悪いよ?」

先に挙げた二箇所よりははるかにましだ。

「そうかなあ?まあ、翔がそれでいいならいいよ。風邪ひかないようにね」
「おうさんきゅ」
「それじゃ、俺もそろそろ戻るよー」

ウンとひとつ伸びをしてから音也は玄関口へと向い、ドアノブに手を掛けたところでおやすみと翔に手を振った。

「レン、早く目覚ますといいね」

それだけ言い残し、扉は静かに閉められた。
徐々に遠ざかっていく音也の足音を聞きながら、翔も伸びをしながら立ち上がった。




|→





TOP|back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -