「一通り彼を調べてみましたが。外傷はともかく内部機能にはなんら損傷はないようですね」
「そうか……。それは良かった。では傷も」
「ええ。自己修復基板の稼働出力を上げましたので、そうですね、一週間もあれば綺麗に完治していると思います」

ほっと胸を撫で下ろす真斗にトキヤもそう言って笑顔を向けた。
しかしその表情はすぐに曇る。

「ただ、右眼に関しては恐らく……」
「やっぱり、だめですか?」

セシルが肩を落とした。

「なあ、」
「残念ですが修復は殆ど望めそうにありません。眼球が完全に破裂してしまっている。鋭利なもので刺された、というよりはなにか、強い圧力でこう……潰された。そんな感じでしょうか」

言いながらトキヤは自身の親指と人差し指でもって何かをグッと潰すような所作をして見せた。
それを見て音也がうえぇぇと舌を出し真斗も顔を顰め、セシルに至っては両手で自身の目を覆い隠して音也のうしろでぷるぷると震えてしまっていた。

「とにかくこれでは自己修復どころの話ではありませんので別の手立てを考えたほうがよさそうです」
「なあおいって」
「それとひとつ不可解なことが」
「……不可解? どういうことだ?」

顎に手を当て考え込むように俯いたトキヤに、音也と共にセシルを慰めていた真斗が顔を上げた。

「それが……彼の固体データ、記憶回路、それにメイン回路に至るまで。そのどれもに何故か、ロックが掛けられてしまっているんです。唯一彼の名が《REN》……レン、ということだけは判りましたが……」
「廃棄される筈だったアンドロイドの情報全てにロックがされていた……? ……それは……確かに不可解だな」

セシルの頭を撫でてやりながらフムと首を捻る真斗。
それをやや目を細めて見ていたトキヤが何かを言おうと口を開いたところで、

「だーーーかーーーら俺を無視すんじゃねえええええ!!!」

とうとう翔は堪えきれずに大声で間に割って入った。
それに対してトキヤはたださも迷惑げに耳を抑え眉根を寄せた。

「翔……この至近距離でそんな大声を出さないで下さい。耳が痛いです。ついでにいえば近所迷惑です。まったく、今何時だと思っているんですかあなたは? 先程あなたの情報もすべて彼に登録しておきましたから、もたもたしていないであなたはささっと彼にキ」
「いやいやいやいやさんざひとのこと無視しておいてなんだよそのあしらい方! だからなんで俺があ、あいつに、……っ、しなきゃなんねーんだって訊いてんだよッ」
「なんでって。勿論マスターの登録のために決まっているでしょう?」

さも当然と言い切るトキヤ。

「いまお前俺の情報全部入れたって言ったじゃん!」
「それだけではフジューブンなのです」

勢いよくトキヤに人差し指を向けた翔に、キッパリとそう一蹴したのはセシルだった。
どうやらすっかり立ち直ったらしい。

「キスはヒトとアンドロイドとをつなぐために必要なこと。ふたりの絆を結ぶためのとても大切なギシキ。それがなされて初めて、契約は成立する。そういう設定なのです」
「設定かよ」

うっそりと目を閉じ両の手を慈しむように自分の胸元で重ねて言うセシルに、思わず白い目を向けビシリと突っ込む。

「ワタシもずっとむかし、まだこんなに小さな幼子だったオトヤにしてもらいました。ワタシが屈んであげても少し足りなくて、それでも一生懸命ワタシの頬に口吻けようと背伸びをするスガタはとても愛らしく、天使のようだと思いました」
「ちょ、やめてよセシルはずかしい……!」
「トキヤは? トキヤは真斗にどのようにしてもらったのですか?」

顔を赤くして腕をわたつかせる音也を器用にかわしてセシルはにこにことトキヤを見上げた。

「私ですか? 私は」
「秘密だ」

トキヤが答えるより先に、真斗が静かにだが鋭く割って入った。
全員が振り返った先で腕を組み有無を言わさぬ眼光でもって再度秘密だ、お前たちに話すほどのものではないと言った。
怒ったようにむすりと口をへの字に曲げる真斗だが、その目尻がやや朱がかっているところを見れば何をかいわんや、だ。
だそうですよと口元を弛めるトキヤに、セシルはざんねんですと言いながらも素直に引き下がった。

「お、俺たちのことなどいいだろう。そんなことよりも今は翔、お前とこいつだ。聞いた通りこいつのマスターに――こいつの廃棄コードを削除する為には――あとはお前がこいつに口吻するだけなのだ。なに、減るものでもなし。男ならばとっとと覚悟を決めろ」

己の気恥ずかしさを誤魔化すためにか早口でそう捲し立てた真斗に、そうですよと直ぐ様トキヤも賛同した。

「キスと言ってもただの形式的な一仕口でしかないのですから。それに、相手も男性。何も気負う必要はないでしょう?」
「それお前が言っても説得力ねーよ」

がりがりと頭を掻き、ちらと横目で男を見た。
レン、といったか。
長くびっしりと睫毛の生えた蒼白い瞼にはいまだ開く兆しは窺えない。
心の葛藤は十二分にあるが、こいつを助けたいという気持ちには勝てない。
ふうとひとつ息をつくとグッと唾を飲み込んでベッドに片手を突いて少しだけ身を屈ませる。
そうして向き合うようにと首を少しよじればもう端正な白面は目と鼻の先だった。
――きれいだ。
真正面からまじまじと見たことで、改めてそう思った。
髪と同じ橙茶色の長い睫毛にすっと通った鼻梁。今は色を失っている唇は男にしては厚めの感はあるがしかし全体の造作でいえば同じ美形でも華奢な印象を与える真斗とは違い、そこにニュートラルは決して感じられない。
感じられないのだが、この状況。

「おお、なんだかおとぎ話みたいだね」
「イエス。翔、王子さまみたいです」
「……残念ながら相手も男ですしタイミングよく目覚めることもないでしょうけどね」こそこそと好き勝手言ってくれる。
しかしちらりとでも同じ考えが脳裏を過ったのは確かで、そんな自分に嫌気が差す。
己をぶん殴る代わりにと外野をキッと睨み付けた。
確かに、確かに自分でもちらと思ってしまったことではあるが、けれども場所がどこでもいいというのであれば翔に唇を選ぶ算段などあるはずがない。
あまり公言したくはないが生まれてこのかたキスどころか自身の唇を他人の肌に触れさせた経験すらない翔にとってそれは、さすがになんというか、色々とハードルが高過ぎる。
では、どこに。
急かすような四色の視線を背中に感じながら、翔は意を決してレンとの距離を――ゼロにした。

――ピッ――

押し付けるようにしたその唇に柔らかくも固い感触を感じると同時に、翔の耳許で端末が短い機械音を発した。

「……無事、コードは消滅したようですね」

バッと音がしそうなほど勢いよく離れた翔に、トキヤはにこやかにそう告げた。






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