「死ぬって……何とかならないのかよ、それ。解除はできねーのか?」

たとえ怪我が治ってこいつが眼を覚ましたとしても―――もしかしたら目覚めもしないのかもしれないが、目覚めてほしい、と強く願う―――一ヶ月後には確実に死が待っているだなんて。
いや、もう一ヶ月と言っていいほどの時間もないのかもしれない。頭の良くない自分には一体この数字の羅列がどれほどの日数を示しているかなんて皆目見当すらできない。
しかしこうしている今も、数字は着実に0へと向かっているのだ。
それを黙って見ているだけなんて、できるわけがない。
それに何より、俺はこいつの―――

「勿論解除は可能です。もう一度、同じコードを入力すればいい」
「じゃあ―――」
「だがな翔、残念だがそれは俺たちにはできんのだ」

さっさと解除してやろうぜ。そう言おうとした翔を遮るようにして真斗が唸った。

「な、なんでだよ?」
「廃棄コードは十二もの数字・アルフォベットのランダム羅列によってできているのだ。そしてそれを知っているのは、原則そのマスターだけだ。……俺は忘れたがな」
「俺なんて、存在自体知らなかったよ。……あ! じゃあこいつのマスターを捜して解除してもらえばいいんじゃない? もしかしたらなにかの事件に巻き込まれちゃったこいつを探してるかもしれないよね」

妙案を閃いたと人差し指を掲げた音也に、やれやれとトキヤが首を振る。

「ですから言ったでしょう? 彼の廃棄コードを知っているのは、彼のマスターだけなんですよ。よって彼の完全停止を命令したのは彼のマスター以外には、……有り得ないんです。真実がどうかは知れませんが彼が倒れていた場所を考えれば答えはいっそ顕かだ。……だとするとこの右眼や全身の打撲傷もあるいは」

こいつのマスターがやったというのか。
棄てるだけでは飽きたらず。こんな仕打ちを仮にもそいつのマスターが、やったと。

「……ない話では、ありませんから。実際アンドロイドに対する暴力行為は一時期社会問題にすらなりましたしね」

表情ひとつ変えず淡々と紡ぐトキヤだが、果たしてその心中では何を想っているのか。
確かに主に忠実で決して逆らうことのないアンドロイドたちはストレスや歪んだ嗜好の捌け口になりやすいのだというようなことをいつかテレビの人間が言っていたのを朧気ながらに覚えている。
翔とてなにかむしゃくしゃしたときには思わず手近なものにあたることだってないわけじゃない。
けれどだからといってその対象を彼らに向ける心情など到底理解できるものではなく俺だったら―――それは真斗も音也もだろうが―――絶対にしない。そう断言できる。

―――そうだ。もし俺がこいつのマスターだったならば絶対に―――

「…………。何万通りもある彼のコードを見つけ出すことはむつかしい。ひとつひとつ試していけばいつかは当たるかもしれませんがけれどそれにはとても根気と時間が必要です。カウントが終わるまえに見つかるかどうか……。だからマサトやトキヤが言っていたとおり、マスター以外の人間に"廃棄コードを解く"ことは『できない』と言うしかないのです」

指先が白むほどに拳を握り締める翔を静かに見詰めていたセシルが、まるで念を押すようにそう言った。

「セシル……」

振り返った翔の揺れる眼差しが、大きな翠色の瞳に捕らえられる。
その翡翠の奥にある光は彼の心情を受けてか強く、翔になにかを訴えかけているかのような輝きを持っていた。

「一度起動してしまった彼のコードを解くことはできません」

……でも。とセシルは続ける。

「コードを"解く"ことはできなくても、コード自体を"消す"……"なかったことにする"ことはできます」
「!!」

翔と音也が目を見開き、反対にトキヤたちはしっかりと頷いた。

「解除はできないのかと訊かれたのでそれは無理なのだと言ってしまったが」
「セシルの言った通り、彼を救う方法が他にないわけではないのです」
「な……っ! そ、それを早く言えよ! どうすればいいんだ!?」
「マスターを変えるのです」

周章てて詰め寄る翔に、セシルが答えた。

「廃棄コードは元のマスターとの契約のもとで実行されます。けれど登録されているマスターが変わったばあい廃棄コードもあたらしいものに変更され、たとえ元のコードが起動していたとしてもそれは命令ごとアンドロイドの中から消滅するのです」
「……マスターを、変える……。―――……それだけでいいのか?」
「はい」

彼にしては珍しく神妙な面持ちでもってはっきりと大きく頷いたセシルに、そのときようやく翔は輝く翡翠のその意味を理解する。
……小難しいことを回りくどく聞かされたものだが蓋を開けてみればなんだ、こんな簡単なことだったんじゃないか。
ぎゅっと自分の胸倉を掴んで、息を吸う。

「だったら俺が、こいつのマスターになってやる」

それでもう一度こいつの瞳が見られるならば、選ぶ答えはたったのひとつだ。
翔の下した決断に、セシルは嬉しそうに瞳を細めていた。




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