「どうしてレンは、棄てられちゃったのかな」
 
ソファの上で両膝を抱え、その脚をぷらぷらと交互に揺らしながらポツリと音也が呟いた。
場所は翔の部屋だ。
すっかり夜も更け、雨はいつの間にかやんでいた。
テレビも音楽も点けられていない室内は、シンと静かだ。
時折背後の扉に注意を向けてみても、奥から物音が聞こえるようなことは今のところない。
その何度目かの確認をしてから翔はちらりと目だけを隣に向ける。
音也は自分の腕に顎を乗せ、じっと俯きながら眉根を寄せていた。
 
「古いから? でも、そんな理由なら何も廃棄なんてしようとしないで、お店に連れて行った方が自分のためにも、レンのためにもよかったんじゃないの」
 
唇を尖らせ責めるような口ぶりは、彼らとともにいる人間として至極当然のものだと思う。
そしてそれに関しては翔も同意見だった。
手放すにしても何も廃棄までしなくてもいいじゃないか。
そんなことをしてしまうより、その、言葉は悪いが売ってしまった方が、互いのためにいいはずなのだ。
それというのも、アンドロイドはそもそもが高値だ。
アンドロイドはそもそもが高値だ。
一見しては見分けられないほど――それこそ、セシルが違和感を感じトキヤがその可能性を指摘するまでこの場にいた誰もがこの男をひととして疑いもしなかったほど精巧に、技術の粋を集め極めて造られているのだから当然といえば当然のことではあるが。
新物なら車一台分と大差なく、いわゆる"中古"であっても翔などにはいくら背伸びしたって手の届く額じゃない。
そうなのだからもちろん買値だって、それなりにそれなりだ。
レンは随分と古型であるらしいが、それでもある程度の値はつくのではないか。
アンドロイドを車と同様に見るならばむしろ、売らない手はないだろう。
しかし――。
 
「できなかったんじゃねーの? 知らないけど。あいつ、あんな大怪我してるわけだし、治っても場所によっては跡は残っちまうって、なにより右眼なんかは修復も不可能だって言ってただろ」
 
ここまで深く破損していては完全修復は不可能なのだと、そう告げたのはトキヤだった。
あの後――セシルが言うところのギシキとやらをした後のことだ。
自己治癒の甲斐あって、出血も治まり小さな傷や痣などはすっかり消え失せていた。
失った血液も、ゆっくりではあるが体内で順調に生成がなされているらしく血色もみるみるうちによくなっていく。
このままいけば明日には殆どの怪我が癒えているのではないだろうか。
翔は感心しながらそう思ったものだが、けれど、トキヤはゆるゆると首を横に振ったのだった 。
首を振り、塞ぐことはできても失くなったものを再生することはできないのだと言った。
右目のことだ。
本来眼窩に納まっているべき眼球はまるで抉り取られでもしたように跡形もなく、いまや守るべき対象を失ったぼろぼろの瞼がただ、重力のままに垂れ下がっていた。
これを綺麗さっぱり元通りにすることはどうしたって不可能だと、トキヤは駄目押しのようにキッパリと告げた。
 
「だから、そいつもそれが分かってたから連れて行ったって引き取ってくれないって、そう思ったんじゃねーの」
 
あくまで翔の推測にしか過ぎないけれど。
そう言うと音也は組んでいた腕を解き人差指をこめかみに突き立てるとそこなんだよね、と視線を床に落とした。
 
「なにが」
「うん……、さっきセシルに計算してもらったんだけどさ。あのカウントって、逆算すると大体四日前の夕方くらいには始まってたらしいんだ。――でもそれってちょっと、おかしくない?」
「おかしい? 何がどうおかしいんだ?」
「だって、そんなに前にあそこに倒れてたのならもっと前に……むしろその日のうちにレンは見つかってるはずだよ」
「……ああ」
 
言われてみればそうだ。
発見場所はゴミ捨て場なのであり、そこは決まった曜日に決まった種別のゴミを回収するために、ある。
三日前は不燃物の、そして昨日は可燃物の回収日だった。
翔はそのどちらもを利用したがもちろん、その際血だらけで倒れる男の姿など影も形もなかった、と断言できる。
ではもしかしたら、レンが廃棄されたのは実はあの場所ではなくもっと、別の場所だったのではないか。
レンの怪我は大きいものは上半身ばかりで足には打ち身程度のものしかなかった。
意識さえあれば歩くことはできた、と思う。
傷を抱えて四日間彷徨ったのち、あそこに――あのベッドの上に倒れた、と。そう考えることはできないだろうか。
しかし音也は、ウウンと唸って翔の言葉を否定した。
 
「それも……どうなんだろうな。というかそもそも、あんな大怪我で、しかも四日もたってるんなら……アンドロイドだから死ぬことはなくても翔が見つけた頃には血なんてとっくにすっからかんになっちゃってたんじゃないのかな」
 
音也の言う通りだ。
あの傷とその出血の勢いは、どう考えたって日にちが経過しているようなものではなかった。――いや。むしろ翔が見つけた時点ではまだ数時間、下手をすれば数十分すらもたってはいなかったのではないか。
そして、そうであるならばつまりそれは、音也がおかしいと言っているのは。
ハッと身体を起こして振り返った翔に、赤紅い頭がウンと小さく揺れる。
 
「もしかしたら怪我とコードは関係ないんじゃないのかなって」
 
思ったんだけど。
そう言って音也はまた、膝を抱えた。
翔も、自分の頭を抱えたくなった。
型の古いレンが、修復不能な怪我をした。売却は望めない。だから、捨てられた。
理解はできないがそれが一番妥当な推論だろうと翔は思っていた。
しかし実際レンが傷を負ったのはコードが掛けられた四日もあとなのだという。
 
「じゃあなんで、あいつは棄てられたんだ」
 
翔はとうとう頭を抱えた。
結局謎はふりだしに、音也の最初の呟きに戻ってきてしまったのだ。




|





TOP|back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -