通りから外れた細道の行き止まり。
闇夜に聳える三階建ての小ビルの、一階部分は喫茶店になっている。
その入り口にシンプルに『open』とだけ書かれ掛けられた木板ごと翔は、走ってきた勢いそのままに硝子窓の填められた木ドアを押し開けた。
その拍子に扉に取り付けられた来客を知らせる為のカウベルが勢い余ってゴン、と鈍い音を立てたがそれに構っている余裕はない。

「ッと、トキヤ!!」

飛び込むように入った店内は、翔が買出しに出たときと同様――そして常日頃と相も変わらず――客の影などひとつもなかったため遠慮なく大声を出した。
帰ってくるなり騒々しい翔に、カウンターに腰掛けていた真斗は新聞から顔を上げ瞳を真ん丸くして振り返り、シルバーを磨いていたらしいトキヤは反対に眉間に皺を寄せて切れ長の目をスッと細めた。

「こら翔、扉を壊す気ですか」

低い声でじろりと睨まれ、やや辟易ぐ。

「ゎ、わり……、けど、んなこと言ってる場合じゃねーんだって」
「なにを………――! 翔、あなた怪我をして……?」

とにかく急いで状況を説明しないと、と二人の元へと寄ろうとした翔の姿を改めて見てトキヤは表情を険しくした。
そのままスウィングドアを押して近づいてくるトキヤに翔は思わずへっと声を上げた。
怪我など、まったく身に覚えがないが。
そう思いながらも己の身体を見下ろしてああと合点がいく。
翔の胸元にはべっとりと赤黒い血が染み付いていた。

「これ俺のじゃねーよ。俺のじゃねーんだ。俺じゃなくて、怪我して倒れてる奴がいるんだ。でも俺じゃ運べねーから、だから」

掌に感じたあのぬるりとした感触を思い出す。
そしてあの瞳も。
素直に綺麗だと魅入ったがしかしそれはどこかぼんやりと危うげに翳っていたように思う。
この血が付いたときのように胸のあたりを強く掴んで、請うようにトキヤを見上げた。
と同時にいつの間にか翔の傍まで寄っていた真斗が「トキヤ」と鋭く言い放つ。
トキヤは真斗のほうにちらりと目を向け頷くと翔の頭にぽんと撫で、そのまま素早く入り口へと足を向けた。

「翔、場所は」
「と、途中のごみ捨て場!」

擦れ違いざまに問われ弾かれたように翔が答えれば、その直後にはガランコロンとカウベルが軽快に音を立てた。

「あ、お、俺も一緒に……!」

慌てて追いかけようとした翔を、真斗が呼び止めた。

「運び込むのは、トキヤに任せれば大丈夫だ。それよりもお前はまずその濡れた服を着替えてきた方がいい」

そう言われて初めて、翔は自分が 頭から爪先までぐっしょりと濡れそぼっていることに気が付いた。
足元には小さな水溜りすらできている。
そうして改めて意識してみれば確かに身体に張り付く感覚は不快以外の何ものでもないのだが。

「けど」
「翔……、怪我人が気に掛かるのは解るが、そのままではお前が風邪を引くぞ」

そんなことを気にしている場合ではないんじゃないかと言おうとした翔を遮って真斗は神妙な面持ちでため息を吐いた。
そのまっすぐに見据えてくる瑠璃紺の瞳の中に心配の色を見つけてしまい、翔は何も言えなくなる。
つい気まずくなって、下を向いてぎゅっと胸元を握り締める。

「俺はその間に手当ての準備をしている。お前は、ついでにセシルを呼んできてくれ」

先程トキヤがしたように真斗が俯く翔の頭を優しく撫でるとそこからじんわりとあたたかな熱が伝わってきて、翔は小さく分かったと頷いた。



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