飛び出した音也を那月が追い、レンは翔を伴って二階へと消えた。
――あとは彼らが何とかしてくれる。
私たちにできることは、信じて待つこと。
信じて、そして。
「真斗さん、食事の用意はあとどれくらいです?」
すっと立ち上がり、キッチンに眼を向ける。
見れば、既に料理として形をなしているものもあればまだザルにあげられたままのものもあった。
そして振り返ると私の唐突な問いかけにぱちりと眼を瞬かせて真斗さんがこちらを見上げていた。
その顔はあまり血色が良いとは言えない。
「レンも言っていたでしょう、音也なら那月たちに任せればきっと大丈夫です。そして翔も。あの子は賢い子ですからね。音也が大丈夫なら彼も大丈夫でしょう。――ですから」
真斗さんの手を取り立ち上がらせる。
膝に乗っていたクップルがとんっと床に降りた。
「彼らは絶対、私たちのところに戻ってきます。だけれどきっとその頃にはすっかりおなかも減らしているでしょうし、音也など碌に上着も着ず出て行ってしまったでしょう? ですからあの子達がここに戻ってくるまでに私たちがするべきは、彼らを信じて、温かい料理を並べて待つこと。――でしょう? 」
にっこりとそう言ってやると、真斗さんも納得したように頷き、口角を少しだけ上げた。







そうして私たちは極力ゆっくりと夕飯を作り始めた。
包丁が野菜を刻む音。ぐつぐつとスープを煮込む音。
会話の途切れた合間に響くのは、そんな音だけで。
「こんなに静かな夜は久しぶりですね」
スープに胡椒を加えながらふとそう言うと、同じことを考えていたと真斗さんが笑った。
「こうして二人きりで料理をしていると、まるで昔に戻ったようだ」
少し冷めてしまった野菜炒めを温め直しながら言ったその言葉に、彼の足元にいたクップルが不満げに鳴く。
「ああ、二人ではなかったな。すまないクップル」
真斗さんが屈んで頭を撫でてやると、クップルはすぐに機嫌を直したようで嬉しそうにごろごろと喉を鳴らしながら彼に擦り寄り甘え始めた。
手に尻尾を巻きつけじゃれるクップルにくすぐったそうに笑う彼の顔色は、随分とよくなってきている。
くすりと笑ってコンロの火を止めた。
「クップルがいることも、当たり前になっていましたからね。――案外いないときの方が、その存在に気付きやすいものなのかもしれません」
そう言って瞳を細め、空っぽのリビングを見渡す。
明日には――いや、今日の夕食を食べ終わった頃には。
「さあ、準備もできましたし並べてしまいましょう。冷めてしまったらまた温め直せばいいだけですし」
「…ああ、そうだな」
くるりと体を返し台拭きを手にテーブルへと向かう。
新聞を退かし端から端まで綺麗に拭き始めた私の背に、ふいにありがとう、と声がかかった。
「何のことです?」
手を止めずに問い返した私に、全部だと笑った真斗さんの頬は、すっかりもとの桜色を取り戻していた。






そうして階段から二つの足音が降りてきたのは、ちょうど最後の一皿をテーブルに並べ終えた時だった。
そしてそれとほぼ同時に玄関扉の開閉する音も聞こえて。
間を置かず、再び私たちの前に子どもたちが揃う。
「言いたいこと、しっかり伝えろよ」
そう言って砂月は弟たちの頭をぽんぽんと叩くと、レンとともに脇へと移動した。
残されたふたりはちらりと互いに目を合わせたかと思えば、言葉を探すように忙しなく視線を彷徨わせ暫しの沈黙を作った。
ほんの幾許かの不安による焦れったさに胸をチリリと焼かれながらも、辛抱強く待つ。
急いてはいけない。
この子達を信じて、この子達の言葉を。
するとその思いが届いたのか、意を決したように音也が一歩前に出た。
「えっと……まずは、ごめん。急に飛び出してったりして。その…突然、だったからさ。頭ん中真っ白になって、自分でも訳分かんなくなって。ふたりとも俺たちの本当の親じゃない……なんてさ、考えてもみなかったから」
「…………」
きょろきょろと落ち着きなく自分の足元を見詰める音也。
その心許無げに揺れる赤い瞳を、込み上げた想いをくっと呑み下し静かに見守った。
「でもさ、」
そんな私に音也は揺れる瞳を持ち上げ、もう一度しっかりとした声音で、でもと繰り返し言った。
「公園で一人で考えて、つき兄とも話して、俺思ったんだ。俺には俺を生んでくれた人たちが別にいる。なつ兄にもレン兄にも翔にも。その人たちが本当の親だ。けど、父さんと母さんが嘘になるのかって言ったら、そうじゃないだろ。悪いことをしたら叱ってくれるし良いことをしたらぎゅっと抱きしめてくれる。帰ってきたら、 おかえりって言って笑ってくれる。小さい時から毎日毎日。……この想い出は、嘘じゃない。俺にとっての本当だから。……本当の生みの親は別にいるかもしれない。けど父さんと母さんだって俺の、俺たちの本当の親なんだって思った。だから――ッ心配かけて、ごめん! そんでただいまっ父さん、母さん…!」
ガバッと頭を下げ、同じ勢いで頭を戻した音也は、眼に溢れそうなほどの涙を湛えてニカッと笑った。
その横で翔がガシガシと頭を掻く。
何か唸ったかと思えば、スッと真っ直ぐに私と真斗さんを見据えた。
「言いたいことは山ほどある。けどいま一番伝えたいことは、伝えたいことはひとつだけだ。――めんどくせーやつらばっかだけどさ、俺この家の一員になれて、ふたりの子どもになれてよかったって思う。親父、お袋。俺を…俺たちを選んでくれてありがとう」
ただいま。ありがとう。
愛する子どもたちが導き出し大切に紡いだ答えは、全員の心をふうわりと鮮やかに満たして。
真斗さんは静かに、けれど強く強く二人を抱きしめた。
砂月とレンは互いに顔を見合わせ言葉なく笑った。
そして私は。
おかえりなさい、こちらこそ、私たちの子になってくれてありがとう、愛しています、愛しています――。
奥底から次々に湧き上がる言葉に目頭をツンと刺激され大きな雫となったそれで頬を濡らした。
私も真斗さんも那月と砂月もレンも音也も翔もそしてクップルも。
全く違う箱から寄せ集まったパズルのピースは奇跡的にも見事に嵌って形をなして――。
すう、と小さく息を吸い込むと、またぼろりと落ちた一雫が床で跳ねて散った。
血縁なんてなくたって。
世間からずれていたとしたって。
「――さあ、ご飯にしましょう。折角の料理が冷めてしまいますよ」
それでも、私たちは、本物の――  



end.









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