十九話 知られざる狂気

 瞼の向こうに仄白い光を感じ、紗夜はゆっくりと目を開けた。

「……ん……」

 朝の淡い日の光が、目に入り込んでくる。ほんの少しだけそれが痛んで、ごしごしと瞼を擦っていると、不意に頭上から小鳥の声がした。
 見上げれば、二羽の雀が寄り添って、チュンチュンと可愛らしい声で鳴いている。愛らしいその様子に紗夜がつい笑みを漏らしていると、聞き慣れた声が側でした。

「……起きたか」

 低く響いたその声に、まだ少しぼんやりしていた紗夜の意識が覚醒する。

「おはようございます、殺生丸様……」

 紗夜は自分のすぐ隣にいた殺生丸を、ゆるりと振り返った。彼は背を木に預けたまま、薄く目を開けている。
 一見眠そうではあるが、声音がはっきりしているので、先ほど起きたというわけではなさそうだ。

 ――昨晩、殺生丸と想いを通わせた紗夜は、そのまま殺生丸の側で眠ってしまった。肩越しに感じる彼の温もりが、まだ紗夜の心と身体を温めてくれている。愛しげに目を細める紗夜を、殺生丸はちらと横目で見やった。

「……何を笑っている?」

 殺生丸にそう問いかけられ、紗夜は一瞬ぽかんとするが、やがてさっきよりも深く微笑んだ。

「嬉しいからです」

 素直にそう伝えれば、彼は訝しげな顔をした。予想通りのその反応に、さらに愛おしさを感じてしまう。
 しかし、徐々に森に差す光が、紗夜の顔から笑顔を奪っていった。

「…………」

 紗夜は黙したまま俯いた。これから要の所に行き、そこで殺生丸と共に生きると、彼に伝えるのだ。

 きっと、要は紗夜を笑顔で見送ってくれるだろう。……しかしその前に、紗夜は聞かなければならない。自分がどうして、普通の身体ではないのか。その理由を、一体誰が、なぜ知っているのか。

 正直、恐くないと言えば嘘になる。そこに、もしも衝撃を受けるような恐ろしい事実が待っていたとしたら……。悪い方に考えればきりがない。
 でも、もう逃げることだけはしたくなかった。どんなことが待っていたとしても、立ち向かいたい。

 紗夜が膝に乗せた手をぎゅっと握りしめると、殺生丸が立ち上がった。

「――行くぞ」

「はい……」

 紗夜は殺生丸に頷きを返すと、静かに腰を上げる。朝日が、そのときだと告げていた。





 紗夜はまだ眠っているりんと邪見を起こさないように、音もなく歩いた。少し前を行く殺生丸も、心なしか静かに歩いているように感じる。紗夜と殺生丸が、燃え尽きた焚火の前で眠る二人の側を通りかかった、そのとき。

「――待って、紗夜ちゃん!」

「わしらを置いていくつもりかっ!」

「!!」

 突然、りんと邪見がバッと起き上がって叫んだ。
 紗夜は思わず声を上げてしまいそうなほど驚いたが、気を張っていたお陰でびくりと跳ね上がるだけだった。

「ふ、二人とも、どうしたの……?」

 紗夜が狼狽えながらそう聞くと、りんと邪見がこちらに駆け寄ってくる。二人はまっすぐに紗夜を見上げてきた。

「紗夜ちゃん……幼馴染のお兄ちゃんの所に、自分の身体のことを聞きに行くんでしょう……? りんたちね……その話を聞いてもいいのか分からなくて、迷ってたんだ……」

 そこまで言うと、りんは表情を暗くして俯いた。だが、すぐに勢いよくまた顔を上げる。

「……でもね! りんも邪見さまも、紗夜ちゃんのことが大好きだから……! だから、りんたちも一緒に行きたい! 紗夜ちゃんと一緒に、紗夜ちゃんのことを知りたいの!」

 りんがそう言えば、今度は邪見が口を開く。

「お前にどんな秘密があろうと、今更そんなに驚かんわい! ……全く、水臭いじゃろうが!」

「りんちゃん……邪見様……」

 紗夜は、迷いのない二人の瞳を見つめる。

 ――受け入れてもらえないかもしれない。
 自分でもはっきりと意識していなかったが、紗夜は恐れていたのかもしれない。大好きなりんと邪見に、どんな真実があるかも分からない自分の謎を知られることを。

 けれど、いまこちらを見上げている二人にそんな不安を抱くのは、杞憂のように思えた。二人の澄んだ眼差しには、正直な想いと、紗夜への信頼がある。

 二人が紗夜を信じてくれるなら、紗夜もその信頼に応えたい。大切で大好きな、仲間なのだから――。

 紗夜は腰を屈めると、二人の小さな手をとった。

「りんちゃん、邪見様……ありがとう。そして、ごめんなさい。私、二人に受け入れてもらえるか不安で恐くて……。一緒に来てって、言えなかった。でも、もう大丈夫。心から二人のことを信じてる。だから……私と一緒に、来てくれる……?」

 紗夜は嘘偽りなく、正直に自分の気持ちを話し二人に尋ねた。りんと邪見は顔を見合わせると、もう片方の手で紗夜の手を包み込んでくれる。

「もちろんだよっ! りんはずっと、紗夜ちゃんが大好きだからね」

「ふ、ふん、仕方ないのぅ! これも何かの縁じゃからな!」

「邪見さまったら、素直じゃないなぁ。昨日あんなに悩んでたのに」

「なっ!? それを言うでないわ、りんっ!!」

「っ……ありがとう、りんちゃん、邪見様」

 ――本当に、ありがとう……。

 花が咲いたように笑うりんと、照れ臭そうにしながらも手を握り返してくれる邪見に、紗夜はもう一度心の中でお礼を言った。





 森を抜けた紗夜たちは、要の待っている場所へと向かった。なだらかな丘の先にある、あの花畑へ。青く澄みきった空の下、先頭を歩いていた紗夜は少し立ち止まる。

「…………」

 紗夜は、いつもより速く脈打つ自分の胸をそっと押さえた。
 もう少しで、自分の全てが分かる。多くの人を死なせてしまった、自分が苦しんできた根源。緊張と不安、そして何より知りたいという欲求が、紗夜の鼓動を速くさせた。

 徐に立ち止まった紗夜を見て、殺生丸も足を止める。

「……怖いか」

 殺生丸の静かな問いかけに、紗夜は小さく頷く。

「少しだけ……」

 消え入りそうな自分の声が、何とも頼りない。思わず紗夜が視線を落とすと、不意に殺生丸が歩を進めた。

「――案ずるな」

 そう、はっきり呟いて。

 落ち着いた、けれどどこか力強さのある声は、何よりも強く紗夜の心を震わせる。紗夜は顔を上げて、彼の背中を眩しい気持ちで見た。

 ただ前だけを見据えた殺生丸の背は、誰よりも頼もしい。紗夜の不安も恐怖も何もかも、殺生丸が半分一緒に抱えてくれているような気がする。

 『私が側にいる』。そんな彼の声が聞こえた気がして、紗夜は再び歩き始めた。

 ――きっと大丈夫……。受け入れてみせる。私には、りんちゃんも邪見様もいる。そして、殺生丸様がいてくれる。きっと、大丈夫よ。





 丘の上に立って眼下を見下ろすと、色鮮やかに咲いた花畑の中に黒い人影が見えた。

「要だわ」

「…………」

 紗夜の言葉に、殺生丸は冷たく目を細める。そんなことには気付かずに、紗夜は緩い斜面を転ばないようにゆっくりと下りて行った。
 段々と近付いていくと、要がゆっくりとこちらを振り返る。

「おはようございます、紗夜様」

「おはよう、要」

 いつも通り、陽だまりのような笑顔を浮かべた要に、紗夜はどこか安心しながら答えた。すると、紗夜を見ていた要の瞳が、つっと後方を捉えた。

「……あの方たちも、お仲間ですか?」

「ええ、りんちゃんと邪見様に阿吽よ」

 紗夜は後ろからやってきた面々を、簡単に紹介する。要は「そうですか……」と呟くと、再び紗夜に目を移した。

「お仲間もいらっしゃるということは……決まったんですね」

 要の言葉に、紗夜は頷きを返した。そして、まっすぐに要の瞳を見つめる。

「私……みんなと、殺生丸様に出会って、初めて生きたいって思えたの。生きて、ずっとみんなの側にいたい……。私が沢山の人を巻き込んで、命を奪ってしまったことは変わらない事実だけど……もう、死ぬことに逃げないわ。罪を背負って、生きる苦しみで償う。――だから要……あなたと一緒には、いけない」

 要への後ろめたさから、紗夜は何度も俯いてしまいそうになった。だが、それでも決して彼から目を逸らさなかった。

「…………」

 要は終始無言で、流石にいつものように微笑を浮かべることもない。やがて、彼は暗い顔をして俯いた。殺生丸は、要のその様子に訝しげに目を細める。

「……要……?」

 一向に何も言わない要の顔を、紗夜は戸惑いながらそっと覗き込んだ。すると、要がゆっくりと顔を上げる。その表情に先ほどの暗さはなく、困ったように眉尻を下げて、微笑んでいる。

「……何となく、分かってました……。紗夜様のことですから」

「要……」

 戸惑いながらもそう言ってくれた要に、紗夜はほっと小さく息を吐き出した。

「要、本当にごめんなさい……。それから、ありがとう……」

 紗夜が微笑んでそう言えば、要もにこりと笑みを浮かべる。やがて、彼は微笑したまま口を開いた。

「ねえ、紗夜様」

「……どうしたの?」

「紗夜様は、私のことをどれだけ知っていますか?」

「要のこと……?」

 何の脈絡もない要の質問に、紗夜はさらに問い返す。要の顔をまじまじと見つめ、その表情から彼の真意を探ってみるが、あるのはいつもの笑顔だけ。
 違和感を感じながらも次の言葉を待っていると、「やっぱり」と、要の唇が小さく動いた。

「……要……?」

 どこか様子がおかしい。
 要は笑顔のはずなのに、そこに温かさが感じられない。いつもの、日の光のような温かさが――。

 紗夜は、困惑しつつも要の名前を呼んでみる。その瞬間。

 唐突に、要の笑みが崩れて消えた。

「やっぱり……貴女は何も知らないんですね、紗夜様」

「か、なめ……?」

 震えた声が、紗夜の喉奥から漏れ出る。

 要の言葉の意味も分からないが、同じくらい彼の表情に理解が追い付かない。――いや、信じられない、と言う方が正しいかもしれない。要の瞳は、声は、もはや紗夜が知っているものではなかった。

 氷のように冷たくて、冷淡で、あたたかさを失ったそれらは、まるで鋭い刃のようだ。要に見据えられた紗夜は、息をすることさえ忘れて呆然と立ち尽くしてしまう。
 
 要にこんな目で見つめられて、こんな声で名前を呼ばれたのは、生まれて初めてだった。衝撃のあまり言葉を失っていると、紗夜の隣に殺生丸がすっと並んだ。

「――ふん、ようやく本性を現したか」

 殺生丸のその言葉に、要が唇を歪めて冷笑する。

「……やはり、あなたは気が付いていたんですね。さすがは“殺生丸様”……。っく、あははははははっ!!!」

「―――」

 高笑いをする要を、紗夜は愕然と見た。

 目の前にいるこの男は、本当に自分のよく知っている要なのだろうか。冷え切った紗夜の心を照らしてくれた、あの優しい要なのか。

 ――違う……要は……。こんな要を、私は知らない。要は……。

「ッ、要……どうしたの? どうして、そんな……」

 言い掛けて紗夜は口を噤んだ。要のあの冷たい瞳が、紗夜をじっと見つめている。感情の読み取れない虚ろな闇が、その目の奥に広がっていた。

 ――要の言っていた言葉の意味は、何……? “私は、何も知らない”って……どういうこと?

 要が変貌してしまう何かを、紗夜は見落としていたのだろうか。
 
「考えても無駄ですよ、紗夜様。もうすべてが遅いんです。……私は、変わってしまった。そして……紗夜様、貴女も」

「!」

 紗夜は目を見開いた。要の言葉に驚いたわけではなくて、彼の表情に。何の感情も宿っていなかった要の顔に、怒ったような、嘆いているような切ない歪みが生まれていたのだ。

「私だって、こんなつもりじゃなかった……。貴女が……貴女さえ変わっていなければ、こんなことにはならなかった」

「どういう、こと…?」

 責めるような口ぶりに、紗夜はそっと尋ね返す。すると要はゆっくりと顔を上げ、苦しそうに紗夜を見た。

「本当に……貴女は何も分からないんですね……。私が貴女と離れた四年間を、どんな気持ちで過ごしてきたか……。貴女には分からないでしょう……?」

「要……」

 痛切に訴える瞳に返す言葉を、紗夜は必死に探した。
 ――しかし、言うべき言葉は出てこない。要の過ごした四年間は、要だけのものだ。紗夜が何を言ったところで、彼の気持ちすべてに寄り添える気がしなかった。

 そんな紗夜を見て、要は寂しそうに笑う。

「……無理もないですね。私と紗夜様の気持ちは、元々が違うんだから」

「!! そんなこと――」

 ない、とは言えなかった。要の悲しい顔を見て咄嗟に声が出たが、口を挟むべきではなかったのだ。

 紗夜は、要の想いを知っている。紗夜が殺生丸を想うのと同じだ。
 けれど、紗夜にとっての要は、ずっと昔から変わらない大切な幼馴染みだった。

 再び言葉に詰まる紗夜を、要がせせら笑う。

「ほら、違いますよね。貴女にとって私は、ただの優しい幼馴染でしかない」

「っ……でも……! 大切に思ってることに変わりはないわ! たしかに、私と要の気持ちは少し形が違うかもしれない……。でも、私は要のことが大好きだし、今でもずっと、ずっと大切に思ってる……!」

 紗夜は自分の想いを精一杯要に伝えた。想いが例え恋でなくても、紗夜は本当の家族以上に要を愛していた。その気持ちに嘘はない。要は紗夜にとって、唯一無二の存在に違いなかった。

 少しでも自分の気持ちが、要に届いて欲しい。その一心で、紗夜は要の瞳をまっすぐ見つめた。
 しかし、要は紗夜から目を逸らした。俯いた彼の表情が、見えなくなる。

「だったら……」

 要が小さく呟いた。よく見ると、強く握った拳をわなわなと震わせている。紗夜がそれに気が付いたのと同時に、要が勢いよく顔を上げた。

「――だったら、どうしてその男を選んだんだ!?」

「っ!!」

 初めて聞いた要の怒声。紗夜はピクリとも動けなくなった。薄く涙を滲ませ、怒りに支配された要の目から、視線を逸らすことが出来ない。要は荒く息を繰り返すと、やがてさらに鋭い瞳で容赦なく紗夜を射抜いた。

「貴女が本当に私を大切だと言うのなら……どうして、待っていてくれなかったんですか……?」

「っ……!」

 悲痛な彼の言葉に、紗夜は胸を抉られた心地がした。掠れた声で言う要の頬に、透明の涙が伝う。

「貴女と離れていた四年間、私は戦場で醜いものを沢山見てきました。この手で、何人もの罪のない人を殺して……毎日、毎日、気が狂いそうだった……。……でも、それでも私の心が汚れなかったのは、紗夜様……貴女があの村で待ってくれていると思えたからです。貴女のことを想うから、私は私でいられたんだ……」

 涙で濡れた真剣な瞳に、嘘なんて一つもなかった。その言葉の真実に、紗夜の胸は何度も刺されるような痛みを覚える。

「戦に出て、何度も死にそうになりました。でも……そのたびに、心の中に貴女の顔が浮かぶんです。紗夜様に誓った日のことが、蘇るんです。死にたいと言った貴女が、私に……私だけに、心を開いてくれたから。私は、今ここで生きている。っ……私には紗夜様しかいないのに……紗夜様さえいれば、それで良かったのに……っ!」

 吐き捨てるように言った要の声を、紗夜は何も言えないまま聞いていた。要の瞳が、声が、気持ちが、胸の奥底まで突き刺さる。

 殺生丸と出会う前の紗夜ならば、迷わず要の手を取った。要と同じ気持ちだった。紗夜にも、要しかいなかった。要だけが、紗夜を分かって受け入れてくれた。

 でも――今の紗夜は、もうあの頃の気持ちに戻ることはできない。――生きる喜びを、知ってしまった。

 りんと邪見と交わす、他愛もない会話。何でもないことで笑い合える時間。ふと顔を上げたときに、あの人と交わる視線。
 何より彼を――殺生丸を、愛してしまった。

 彼はいつも無表情で、口数も少ない。何を想っているのか分からないときもある。
 けれど、紗夜が窮地に陥れば、必ず駆けつけてくれるのだ。彼なら容易く払いのけることも出来るのに、助けを求めればその手を差し伸べてくれる。目に見えない優しさで、紗夜を包み込んでくれる。

 だから、そんな彼に、いつか自分も同じものを与えられたら――。それが紗夜の今の願いだ。殺生丸と離れることなど、紗夜にはもう考えられなかった。 

 例えそれが要を苦しめて、傷つけてしまう想いなのだと分かっていても。これだけは、手放すことの出来ない想いだ。


「どうして……どうして貴女は変わってしまったんですか……?」

 要は涙を流しながら、紗夜を見ている。きつく噛み締めた唇が、彼の気持ちを鮮明に伝えてくる。

「要……」

 紗夜はそっと目を伏せた。いつの間にか浮かんでいた涙が、頬を零れ落ちていく。

「ごめんなさい――」

 紗夜には、謝ることしか出来なかった。要は僅かに目を見開く。紗夜は、伏せていた目を上げて要を見つめた。

「ごめんなさい……。要を、ちゃんと待ってあげられなくてごめんなさい……。私が変わってしまったから、要を傷つけてしまった。でも……それでも私、自分が変わったことを後悔することは出来ない。りんちゃんや邪見様や、殺生丸様に出会えて……私は、初めて自分のことを受け入れられた。ちゃんと、前に進むことができた」

 紗夜は零れる涙を、袖で拭う。声が震えていたが、今はそんなことどうでもよかった。
 ただ、要にありのままの気持ちを伝えたい。要をさらに傷つけてしまうかもしれないけれど、それでも。大切な要だからこそ、正直に伝えたかった。

「……それが、貴女の出した答えなのですね……?」

「……ええ」

 苦しげに眉を寄せた要に頷きを返すと、彼は俯いてしまった。

「そうですか……。だったら……仕方ありませんね……」

「要……」

 要は少しだけ柔らかな声音を取り戻して呟いた。――伝わったのだろうか? 要の様子を窺いながらも、紗夜が少しだけ息を付いたときだった。

「――本当は、こんなことするつもりじゃなかったけど」

「え……?」

 要の低い声に、紗夜の胸が跳ねた。柔らかくなったはずの要の声は、先ほどの冷たさを再び宿す。紗夜が身を強ばらせた刹那、要がゆらりと顔を上げた。

「――!!」

 要の表情に、紗夜は息を呑んだ。要の空虚な瞳が紗夜をぼんやりと捉え、その唇にはニッ、と不気味な笑みが浮かんでいる。

「貴女が、私と来てくれないのなら――私が、貴女の命をここで終わらせる!!!」

 要は血走った目で叫ぶと、懐から勢いよく何かを取り出した。――小刀だ。紗夜が認識した直後、要は間髪入れずに鞘を投げ捨て、紗夜に向かって全速力で走ってくる。

 恐ろしい形相でこちらに向かってくる要の動きが、紗夜にはひどくゆっくりとして見えた。この間に避けなければ、と思うのに、身体は石にでもなったように全く動かない。

「――ッ!!」

 瞬き一つ出来ない紗夜の目の前に、小刀を突き出した要が飛び込んできた。

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