ヴィアラッテアの瞬き
雲雀/七夕/拍手ss
放課後――。
いつものように音羽が応接室に来て、雲雀はペンを動かす手を止めた。
開いた扉の方を見てみれば、いつも通りの音羽の姿がある――と思ったら、彼女が持っている鞄から、“あるはずのないもの”が頭を出していて、雲雀は僅かに目を瞠った。
「……ねえ、何それ」
「?……あ、これですか?笹です」
尋ねれば、音羽はにっこり笑ってそう答えた。当然、見れば分かる。が、雲雀が言っているのはそういうことではない。
「何でそんなもの持ってるの?」
「京子ちゃんがくれたんです!今日、沢田君のお家に皆で集まって七夕飾りを作るそうなんですけど、私はたぶん不参加だろうからって、ちっちゃい笹をお裾分けしてくれて」
短冊もあるんですよ!と嬉しそうに言って、音羽は荷物をソファに置き、色々と取り出し始めた。
そこまで聞いて、雲雀もようやく事態を把握する。
今日は七月七日、つまり七夕だ。
“七夕飾りを作ろう”だなんて雲雀には到底思い浮かびもしないことだが、何かにつけてイベント事をやりたがるあの草食動物たちらしい。
だが、音羽はたぶん不参加だろうと見越したのは、草食動物たちなりに多少成長しているという証なのかもしれない。
彼女は、群れるのを嫌う雲雀の意見に逆らってまで、彼等の群れの中に加わりに行くことはないのだから。
音羽は、小さな七夕飾りを友人から貰ったことが余程嬉しかったのか、ソファに座って筆箱からペンを取り出し、早速ローテーブルに短冊を載せて少し悩む素振りを見せる。
「何の願い事を書こうか」と考える横顔が、いつもより幼く見えて可愛い。
音羽の意識が向いているのが、“他人の与えた物”だというのは少し気に入らないが……。
本当は、群れの中でイベント事も楽しんでみたいと思っているらしい彼女の譲歩を考えると、ささやかな今の楽しみを奪うことは流石に気が引けた。
やがて、何か思い付いたらしい音羽は、一枚、また一枚と短冊に願いを書き綴っていく。随分、叶えたいことがあるらしい。
「……!雲雀さんも、書きますか……?」
立ち上がってソファの側まで行くと、音羽はハッと顔を上げて、短冊を隠すように裏返した。こちらに真新しい水色の短冊を差し出しながら、窺うような瞳で雲雀を見上げてくる。
「いい。それより、何て書いたの?」
「えっ!?な、内緒です……!あっ」
「…………ふうん」
隠そうとする手を掴んで短冊を取り上げれば、ある程度予想していた“願い事”が丁寧な字で
視界の端で、彼女の肩が恥ずかしそうに縮こまるのが見える。
周囲の人間の健康を祈るのは、実に音羽らしいと思った。
それが叶うかどうかは雲雀の知る所ではないが、もう一枚は確実に。
「……ねえ、これ。願い事でわざわざ書く必要あるの?」
「!!だ、だって……」
ぴら、と音羽の方に
“雲雀さんと、ずっと一緒に居られますように”。
――そんなこと、願う間でもないということは、彼女が一番理解していると思っていたのだが。
何度伝えても彼女の根底にこの願いがあって、ずっと消えずにいるのだと思うと、愛しくなる。
「だって、何?」
「……っ……」
つい苛めたくなって、ソファに膝を着いて距離を詰めた。
音羽は元々大きな目を更に見開いて、分かりやすく焦りだす。
本当に、いつまで経っても飽きない小動物だ。彼女を手放すなんて、有り得ない。
顎を持ち上げて顔を上げさせると、音羽の瞳はもう潤んでいた。
この様子だと、今日はすぐ答えられそうにない。
雲雀はふ、と微笑んで、固く結ばれた唇に顔を寄せる。
あとで、音羽の口から、音羽自身の言葉を聞きたい。
そして、願う必要がないことを。雲雀が願いを書かない理由を、彼女にもう一度教え込まなければ。
星が出る時間までに、彼女が理解すればいいと思う。
暗くなったら、屋上で二人。星を見るのもいいかもしれない。
願うことがない七夕、雲雀がしたいと思ったのはそれだけだった。
2022/7/7
postilla
並中から天の川が見えるかどうかは分かりませんが、並盛山とかに行けば見えそうです(*^^*)