62話 捜索

 エレベーターを降りたあと、音羽は通路を通って雲雀のアジトに戻った。
 きっと雲雀は、普段日中使っている大部屋にいるはずだ。早く事情を話して、ランボの捜索に向かわないと――。

「……!」

 まっすぐその場所を目指していると、前方に人影が見えた。
 アジトの出入り口に繋がる階段。その手前で、スーツを着た雲雀と草壁が話している。――何かあったのだろうか? 音羽は彼等の元に慌てて駆け寄った。

「恭弥さん、草壁さん……! 何かあったんですか!?」

「! 音羽さん。……ええ、実は一時間ほど前に、並盛商店街で謎の爆発が起きていまして。その後も同様の騒ぎが何件か起きているので、これから恭さんが現地へ調べに向かう所です」

「! 商店街……」

 たしかフゥ太の連絡は商店街からあったと、京子たちは言っていたはずだ。
 ……ひょっとしたら、その騒ぎにはランボが関わっているかもしれない。十年前のランボはよく手榴弾を持っていたし、それが今回の爆発騒ぎを起こしているとも考えられる。

「……君は? どうしたの」

 雲雀に静かに尋ねられ、音羽は我に返って頷いた。

「はい。実は、ボンゴレアジトでも問題が起きていて……。ランボ君が、フゥ太君の後に続いて外に出ちゃったそうで、そのままミルフィオーレに捕まってしまったらしいんです。フゥ太君の連絡があったのも商店街なので、もしかするとその爆発騒ぎと何か関係があるかもしれません」

「なんと、ランボが……! ……恭さん」

「ああ、大方関わりはあるだろうね。……それで?」

 雲雀は夜の湖を映したような、凪いだ瞳をこちらに向けてくる。どうするつもりなのか、と言外に尋ねてくる彼に、音羽は頷いた。

「沢田君がランボ君の捜索に向かっているんですけど、人手は多い方がいいと思って……。だから、恭弥さんにお願いに来たんです。あの……私も一緒に、連れて行ってください」

 音羽は頭を下げて、雲雀の答えを待った。

 音羽を連れて行くつもりなんて雲雀には微塵もなかっただろうし、彼に迷惑はかけたくないけれど……。今はランボを保護するのが最優先だ。

 ランボはミルフィオーレの人間と共に並盛町を移動しており、爆発事故に巻き込まれている――もしくは、彼自身がそれを引き起こしている。

 敵側の目的は、昨日ハルとビアンキを襲ったブラックスペルの人間同様、恐らくボンゴレアジトの位置特定だろう。だとしたら、アジトの場所を聞き出すまではランボに危害を加えることはないかもしれない。

 ただ、五歳のランボがアジトの場所を正確に把握しているとは思えないので、痺れを切らした敵が暴挙に出る可能性も高い。いずれにせよ、早くランボを助けなければならないのだ。怪我もしているかもしれないので、音羽もついて行った方が万が一のときは役に立てる。

 そう思いながらじっと彼の声を待っていると、やがて諦めた溜息が降ってきた。

「駄目って言っても来るんだろ。……いいよ、君も来ればいい」

「……! 恭弥さん、ありがとうございます……っ!」

 音羽は勢いよく頭を上げ、ぱっと顔を綻ばせた。

 良かった……。雲雀が一緒なら、きっとランボのことも助けられる。――いいや、絶対に助けるんだ。京子たちにも約束したのだから、必ず。

「ただし――」

「!」

 ふと、俯いたままの頬を包まれて、音羽は促されるように頭を上げた。雲雀が音羽の頬に触れたまま、顔を覗き込んでくる。

「絶対に、僕の側を離れないで。咄嗟に飛び出すのは禁止だよ」

 言い聞かせる雲雀の声も、こちらをまっすぐ見つめる瞳も、いつしか真剣なものになっていた。音羽はそれを正面から受け止めて、しっかりと首を縦に振る。 

「はい、分かってます。絶対飛び出したりしません……あっ! そうだ、匣だけ持って来ま――」
「いらないよ。君には戦わせない。……ほら、行くよ」

「あっ、恭弥さん……!」

 雲雀はぴしゃりと言い切ると、音羽の腕をぐいと引っ張り階段を上り始めた。音羽も慌てて、彼の後ろについて行く。

「お二人とも、お気をつけて……」

 草壁は二人の背中に一礼し、その姿を見送った。





 階段を上って二日ぶりの外に出ると、頭上には晴れやかに澄み切った青空が広がっていた。並盛神社には参拝客もおらず、辺りはとても静かで、木々のさざめく音だけが響いている。

 音羽は眩しい日の光に目を細めながら、雲雀の方を振り返った。

「……直近の爆発は、たしか住宅街の方であったんですよね……。何か手掛かりが見つかるかもしれませんし、とりあえずそこに行ってみますか?」

「そうだね。恐らく、もうそこに彼等はいないだろうけど」

 並盛の様子も見ておきたい、と雲雀が答え、二人は歩き出した。

 境内から住宅街の方に続く長い階段を下りて、出来るだけ人けのない小さな道を選んで進む。
 雲雀曰く、昨日のツナとミルフィオーレの戦闘で、並盛町に展開する敵の数は多少減っているらしい。町を歩いた音羽の体感でも、おとといより敵らしい人の姿は少なくなっているような気がした。

 それから十分少々歩き続け、音羽たちは目的の場所に到着した。
 けれど、そこは既に騒ぎを聞きつけた住民や、駆け付けた警察官の姿で埋め尽くされていて、遠目からでは様子がよく見えない。
 警官が避難誘導を行っているが、怖いもの見たさで残っている野次馬の背中しかまともに確かめることは出来なかった。

「……少し遅かったみたいですね……」

 音羽は建物の影に身を潜めながら、眼前に立っている雲雀に囁いた。雲雀は少し険しく眉を寄せて、黒々とした爆発の痕が残る道路と、崩れたブロック塀を見つめている。
 並盛の秩序が乱れている今、彼の機嫌は斜め下に下がり始めているようだ。

 どうしましょうか……。彼の背中にそっと尋ねようとしたとき、前方に立っている警察官の無線機から、ざらついた音声が聞こえてきた。

『並盛神社近辺にて、爆発音を聞いたとの通報あり。付近の警官は至急並盛神社に――』

「! 恭弥さん、」

「……待ちなよ、音羽。そっちじゃない」

 元来た道を引き返そうとした音羽の腕を、雲雀が掴んだ。
 音羽は不思議に思いながら彼を見上げる。

「? どういうことですか……?」

「ミルフィオーレの人間が、近隣住民に発見されるまでモタモタしてるとは思えない。通報があったってことは、既に神社から移動していると見ていいだろう。今から向かっても彼等の姿はないよ。埒が明かない」

「でも……、ッ!」

 何か手掛かりが見つかるかもしれない。
 音羽がそう言いかけると、つ、と雲雀の親指に唇を押さえられた。驚いて視線を上げれば、町を破壊されたことに対する怒りをじわり滲ませた雲雀に見据えられる。

 けれど彼のその瞳には、確信めいた光も宿っていた。どういうわけか、雲雀は答えを掴んでしまったらしい。
 音羽が目を丸くしていると、雲雀の指がゆっくりと離れていく。

「歩きながら話すよ。……来て」

「は、はい……」

 有無を言わさず雲雀が前へと歩き出し、腕を引かれた音羽は大人しく彼に続いた。







 一方、アジトを出たツナはその後フゥ太と合流し、並盛町を歩き回ってランボの行方を追っていた。

 爆風に飛ばされた方角にある、ランボと敵が落ちたと思われる公園に行ってみれば、砂場には墜落の跡と見られる穴が二つ。
 そして、普段からランボが嗜好しているブドウ味の飴玉が付近に転がっていたため、ツナとフゥ太はそれがランボへの手掛かりになると確信し、点々と落ちる飴玉を集めては彼の行き先を辿って行った。

 やがて、フゥ太の両手いっぱいに飴玉が集まった頃、辿り着いたのは並盛を流れる一番大きな川の河川敷だった。

「ランボ!!」

「ツナ!! フゥ太!!」

 ツナたちが土手の上から河川敷を見下ろすと、そこにはミルフィオーレの男に鷲掴みで持ち上げられた、小さなランボの姿があった。
 ランボはこちらに気が付くと、怯えた声でツナたちの名前を叫ぶ。

「ほう、早速来たか。オレはミルフィオーレファミリーの、ジャッジョーロ! こいつを酷い目に遭わせたくなかったら、アジトの場所を言え!」

 ランボを人質にして脅迫する男が名乗り、ツナはその不思議な語感に眉を顰めた。

「ミルフィオーレファミリーの……ジョーロ……?」

「ッ、ジャッジョーロだ!! どいつもこいつもふざけやがって……!!」

 ベージュのコートを身に纏ったジョーロ、もといジャッジョーロは、これまでの人生で嫌というほど同じ場面に出会ってきたのかもしれない。きつく眉根を寄せて、彼は怒りに耐えかねたように叫ぶ。

「こうなったら、究極の予定変更だ!! 喰らえ、ヴァイオレット・トルナーデ!!」

 彼は右手のリングに紫色の炎を灯すと、それを躊躇いなく匣に注入した。
 直後匣の中から雲の炎が噴き出て、巨大な竜巻型の匣兵器がツナたちの前に姿を現す。

「くっ……!」

「ツナ兄!」

 竜巻から起こる風圧に押されて、ツナは目を細めた。紫の竜巻は河川敷の下から発生しているというのに、ツナの身長の何倍もある。

 こうなっては戦闘は避けられない。
 ツナはすぐさま手袋を装着し、死ぬ気丸を飲み込んだ。

「ふっ、これで囮が三人になったぞ。……な、なにッ!?」

 悦に入っていたジャッジョーロから、驚きの声が上がった。
 ツナが死ぬ気の炎の灯ったグローブで向かってくる竜巻を押さえ、その動きを完全に封じていたからだ。目を見開たジャッジョーロは、慌てて気を取り直したように左手を前に伸ばす。

「いや、まだまだだ! 雲属性の特徴は増殖!」

「ッ……」

 敵の声と共に、竜巻となって渦巻く雲の炎の炎圧が上がり、ツナもグローブに力を込めた。支えにした足がわずかに後退し、ザリ、と足元の砂を擦る。だが、それ以上竜巻は動かない。

「ば、馬鹿な! オレのヴァイオレット・トルナーデが押されている!? ……ッ、抵抗を止めろ!! でないとこいつが酷い目に遭うぞ!!」

「いやぁ〜〜、たすけ〜てぇ〜!!」

「!!」
「卑怯だぞ!!」

 ジャッジョーロは鷲掴んだランボをこちらに見せつけ、脅してきた。恐怖で泣き叫ぶランボは鼻水を垂らし、ツナの背後でフゥ太も声を張り上げる。

 ツナも唇を噛んだ。ランボを人質に取られたままでは、思うように動けない。何とか相手の隙を突かなければ……。最悪ランボを連れ去られてしまうこともあるだろう。

「……!」

 微かな焦燥が胸を覆い始めたとき、ツナの視界の端に黒い影が映った。





 「ブラックスペルの人間は、まどろっこしい戦い方を好まない」。ランボを探す道中、雲雀は音羽にそう言った。

 現在並盛を監視しているのは主にブラックスペルの人間らしく、ランボを捕まえたのも、恐らくはブラックスペルの人間だ。
 だとすれば、敵はいずれ痺れを切らし強硬手段に出る。並盛でも人目の少ない場所、もしくは多少暴れても問題ない場所に向かうだろうと雲雀は推測した。

 そして、その条件に当てはまる神社から一番近い場所が、河川敷だったのだ。「半分以上は勘」だと雲雀は言っていたが、彼の野性的勘は驚くほどよく当たる。

 だから音羽たちが河川敷に着いたときには、雲雀の言った通りブラックスペルの男がランボを捕まえ、既に“強硬手段”に出てしまっていた。

 男は片手に掴んだランボを高々と掲げ、匣兵器らしい雲属性の竜巻を操ってツナとフゥ太を襲っている。土手の上ではハイパー化したツナがその竜巻を押さえていたが、ランボを人質に取られてしまい、思うように動けていないようだった。

 けれど幸い、敵はまだ背後にいる音羽たちの存在に気付いていない――。

 音羽が眼前の状況を粗方把握し終えたとき、一歩前に立っていた雲雀が動いた。彼は匣にリングの炎を注ぎ込み、雲の炎を纏ったトンファーを取り出すと、音もなくそれを両手で掴む。

 音羽が声を掛ける前に、雲雀は男の方に歩いて行った。

「ねぇ」

「ッ!?」

 静かな怒りを燃やす雲雀の呼び掛けに、ミルフィオーレの男が振り返る。男は突然現れた雲雀に理解が追い付かないようで、愕然とした顔をしていた。

「今日あちこちで風紀を乱していたのは、君だね」

「ヒッ……!」

「咬み殺す」

「ぐ、ぬあぁぁッ!!」

 殺気を漂わせた雲雀の姿に、男が身構えたのも束の間。
 雲雀はトンファーを大きく振るい、男の腹部に重い一撃を喰らわせた。体格のいいミルフィオーレの男は勢いで後ろに飛び、その手の中にいたランボも反動で飛ばされる。

「ランボ君……!」

 宙を転がるランボに音羽は思わず声を上げたが、雲雀はランボが飛ぶ方向も頭に入れて、攻撃を繰り出したのかもしれない。ランボはぽすっ、と見事にフゥ太の腕の中に納まった。

「はぁ……よかった……」

 ランボの無事な姿に、音羽はほっと胸を撫で下ろす。
 ミルフィオーレの男が気絶したので、ツナたちを襲っていた竜巻も消え去った。これで一件落着だ。

「――雲雀さん、片桐! 助けに来てくれたの!?」

 額の炎が消えたいつものツナが、眉尻を下げながらこちらに手を上げてくれる。音羽は口元に手を当てて、いつもより大きく声を張った。

「うん! 京子ちゃんたちから聞いて、ランボ君を探しに来たの! 無事に見つかってよかった! みんな、怪我してない!?」

「うん、ランボもオレたちも大丈夫だよ! ありがとう、片桐! それに雲雀さんも……! ほんとにありがとうございま」
「雲の属性のリング、もらうよ」

 雲雀は感謝の声を上げるツナの存在を完全に無視して、地面に突っ伏しているミルフィオーレの男の側に屈み、雲のリングを回収した。使い捨て用のリングを集めている雲雀からすれば、同属性のリングが手に入るこの偶然は見過ごせない機会なのだ。

 でも、『それが目的ー!?』と、ツナの唖然とした顔が言っているような気がして、音羽は何とも言いようのない気持ちになり、思わず苦笑してしまったのだった。

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