49話 新しい属性

「――はい、じゃあまずここに座って」

 音羽はケーニッヒに連れられて、研究室の奥に進んだ。ちょうどさっき彼が向き合っていた机の隣、そこに置いてあった機械の前に座らされる。

 目の前の壁には巨大なモニターが設置されていて、手元の机の上にはパソコンのキーボードの他に、よく分からないボタンが沢山付いた機材もあった。

 ――何をするんだろう……。

 不安に思いながら周囲にある謎の機材をきょろきょろと見ていると、ケーニッヒに顔を覗き込まれる。

「大丈夫だよ。心配しなくても、痛いことや怖いことはしないから。――はいっ、これ付けて?」

 にっこりと人懐っこい顔で笑う彼は、音羽の手のひらに冷たい物を載せた。

 見れば、晴属性の黄色いリングだ。石の部分にとても細い、針のような――けれど先端は丸く、触っても痛くなさそうな――小さな器具がついている。少なくとも、音羽は初めて見る物だ。

「それは、炎圧測定用に俺が作った特製のリングだよ。放出される炎をその針で直に測定できるから、数値がかなり正確なんだ」

 ケーニッヒは説明しながら、持っていた小さな黒いケースの中身を見せてくれる。そこには、同じ器具を付けた残りの六属性のリングが、きちんと並べられていた。

 どうやら、これを順番に付けていくらしい。「まず晴のリングから、七属性分測っていくね」と手順を伝えてくれる彼に、音羽は頷いてリングを右手の中指に嵌めた。


「……」

 いつものように気を集中させると、黄色くて小さな炎がボウッ、とリングに灯る。
 すると、眼前のモニターに同じ黄色の炎が映し出されて、その隣に表示されているメーターが下から上に昇り始めた。

 ケーニッヒは黙ってそれを観察しながら、彼のタイミングで音羽に嵌める指輪を交換していく。

 それを繰り返して七属性分の炎のデータ取り終えると、今度は“波動”を診断されることになった。


 “波動”、とは、人間の体を駆け巡る生命エネルギーのことである。
 このエネルギーはリングと同じように七種類あって、人によって流れている波動が違う。

 死ぬ気の炎は、この波動とリングの属性が合致することで生成される高密度エネルギーなので、波動を知るということはつまり、自分が何の属性のリングを扱えるか知ることでもあった。

 音羽が七属性を使用できることは、恐らく雲雀が事前に伝えているだろうが……。ケーニッヒには、何か考えがあるようだ。

 
 音羽は彼に言われるまま、差し出された台のような機械の上に両手を載せた。ケーニッヒが電源を入れると、両手を置いていた黒っぽい液晶に赤いランプがついて、それからほんの一分少々。

 ピーッと合図の音が鳴り、波動の診断も終わってしまった。

 ケーニッヒはモニターを見つめたまま、側にあるキーボードを叩いて何やら解析作業を始めている。


「……」

 音羽は膝に手を載せた。他にやることもなく待つことしか出来ないので、隣に立っているケーニッヒをぼんやりと見上げてみる。

 計測が始まる前はあんなに賑やかに軽口を叩いていたのに、今の彼はものすごく静かに、真剣に、モニターを見据えていた。

 やっぱり、生粋の研究者なのかもしれない。食い入るように画面を覗き込んでいる彼は、どこか生き生きしているようにも見える。

 そんな彼を見てから、音羽は背後を振り返った。

 
 雲雀は、研究室の真ん中に一脚だけ置かれた一人掛けソファに座り、さっきの音羽と同じようにケーニッヒを見ていた。……その様子が少しだけ監視しているようにも見えるのは、いつもより雲雀の瞳が鋭くなっているせいだろう。
 
「……、」

 音羽は真剣な顔をしている雲雀を見て――また前を向き直り、視線を手元に落とした。


 雲雀が、自分のためにここまでしてくれたことが素直に嬉しい。音羽はずっと……、自分の匣が欲しいと思っていたのだ。


 もちろん、雲雀が護身用にくれた雲ハリネズミも雲のリングも、音羽には大切なものである。けれど、それは本当に“音羽の身を守るためだけ”にしか使えない。音羽にはその程度の炎しか出せないからだ。

 でも、自分に合う匣があればもっと――。
 自分だけじゃない、雲雀や他の大切な人たちをも守り、もっと彼等の力になることができるかもしれない。そう、思ったからだった。

 
 ただ……。本当に嬉しいけれど、少し申し訳ない……。

 ケーニッヒのあの口振りからして、雲雀がケーニッヒに渡した報酬はきっと相当な額だろう。

 ケーニッヒは『研究としても興味深いものだから、サービスしておくね』とは言っていたけど、そもそも超のつく有名人である彼への依頼自体、一般的な報酬額は軽く超しているはずだ。……あまり分かりやすい“サービス”にはなっていないような気がする。

 それを思うと、やっぱり雲雀にそこまでしてもらうのは申し訳ない気持ちがした。
 彼自身が音羽の安全を守るために、匣兵器を望んでくれているのだとしても、気が引けてしまう。

 ――あとでもう一度、恭弥さんにきちんとお礼を言わなきゃ……。

 音羽は思って、小さく頷いた。

 それから――。


「…………」

 一つ。少しだけ、“引っかかったこと”を思い出す。


『期日のことも忘れられたら困るよ。今日を入れて、あと六日で完成させてもらう』


 ――雲雀は、なぜだか分からないけれど匣の完成を急いでいた。
 たしかに早く出来るに越したことはないだろう。でも、いまいち理由が分からない。

 音羽の匣兵器が手に入れば、今までと同じように世界中を飛び回る必要もないはずだ。この一年間はずっと、そのための調査を続けていたのだから。

 ……それとも、彼の中では次に行くべき場所が決まっているのだろうか? 特に聞いてはないけれど……。


 ――恭弥さん……。やっぱり、私に話してないだけで何かあるのかな……。

 そう思うと同時に蘇ったのは、ここ最近抱いていたあの違和感だ。


 雲雀が、音羽が一人にならないよう気を配ってくれること。そして、“大切な用”がある日は、音羽を置いてボンゴレ本部に行ってしまうこと。

 何度考えても、答えはまるで浮かばない。彼に直接聞いてみる? とも思ったが、雲雀が易々と答えてくれるとは思えなかった。たぶん、はぐらかされる気がする。


「……」

「――やっぱり……! 俺の推測した通りだ!!」

「!?」

 悶々と考えていたら突然、驚きと歓喜で膨らんだ風船が弾けたみたいに、側にいたケーニッヒが大声を上げた。ぼーっとしていた音羽はびっくりして、慌てて彼を見上げる。

「ほら音羽ちゃん、見て! ここの値!」

 彼はこちらを振り向きながら、興奮した様子でモニターを指している。音羽は立ち上がって、彼の方のモニターを覗き込んだ。

 
 そこには、最初に計測した七属性の炎データの結果が出ていた。
 炎を灯すと、下から上にゲージが伸びたあのメーターが映っていて、どうやらそれは炎圧を示すもののようだ。

「このメーターね。色が変わっている部分が、音羽ちゃんのそれぞれの炎の炎圧を表しているんだ。強ければ強い程、この色の範囲が増える。……例えばこの晴の炎のデータで見ると、全体の七分の一、黄色くなっている所がそれね」

「なるほど……」

 確かに彼の言葉通り、メーターの中の黄色いゲージは七分の一程度の高さで止まっている。ただ、それは全体で見ると決して高いとは言えない……寧ろ低すぎる数値だった。

 頷きながらも、「やっぱり……」と内心落胆してしまう。か細い炎だなあと見るたびに思っていたけれど、こうして数字ではっきり見ると軟弱さが際立っていた。

 が、肩を落とした音羽とは対照的に、ケーニッヒは瞳をキラキラさせている。
 
「それでね、ここからが凄いんだけど……、ほら!」

 彼はそう言うと、手元のキーボードを一度叩いて画面を切り替えた。

 画面は直後七分割になり、それぞれの画面に七属性の炎とメーターが表示されている。

「――あっ……!」

 それを見て、音羽も気が付いた。思わず声を上げると、ケーニッヒはニヤリと目を細める。

「そう。七属性全ての炎圧の値が、ぴったり同じなんだ」







 音羽は彼の言葉を聞きながら、画面に目を走らせた。

 晴、雷、嵐、雨、霧、雲、大空の炎圧を示すメーターは、それぞれが全て七分の一の高さで止まり、横に表示された数値も全く同じになっている。ケーニッヒは言葉を続けた。

「稀に、複数の波動――つまり属性を持つ人間もいるけど、普通は炎の強さにばらつきが出るものなんだ。事前にもらっていた君のデータも、少しだけ値が違っていたけど……。でも、今測定したものは、全ての数値が完全に一致している。七属性全ての炎が、同じ強さで放出されているんだ。俺も、今まで見たことがない」

「それって……どうなんでしょうか……?」

 全ての炎が一定、それがとても珍しいこと、というのは音羽にも分かる。ただ、それが良いのか悪いのかと言われると判断が付かず、音羽はそろそろとケーニッヒを見上げた。

「そうだなあ……取り敢えず、今ある七属性のリングで戦うのは、やっぱりおススメしないな。どうやったって、七分の一の力しか発揮できないのは本当だからね。だけど、この結果から分かるのは、もっと別のことだ」

「別のこと?」

 音羽が首を傾げると、ケーニッヒは頷いて逆にこちらに尋ねてきた。

「音羽ちゃん。空に掛かる虹って、混ぜると何色になるか知ってる?」

「……虹、ですか? いいえ、知りません」

 炎から“虹”に話が跳躍し、増々訳が分からなくなりながら首を振る。すると、彼はさっきよりゆっくりと説明してくれた。

「虹はね、元々太陽光が屈折した角度の違いで、七色になって見えるんだ。でも、元々は一つの光。虹の光の七色を混ぜると――それは、白い光になる。この原理を炎に当てはめて考えるのは、少し横暴かもしれないけど……」

「?」

 彼はそこまで言うと一度目を伏せて、何かを考える素振りをした。けれど、すぐに彼は顔を上げ、真っ直ぐに音羽の目を覗いてくる。

「……でも、今回のこのデータは、俺の仮説を一つ確かにするものだと思っている。つまり……君の持つ(そら)属性の炎は、現存している七属性の集合体なんじゃないかってことだ」

「……七属性の、集合体……?」

「そう。そう考えると、音羽ちゃんが七属性全てのリングに炎を灯すことが出来るのも、炎の炎圧がそれぞれきっかり七分の一しか出ないことにも、説明がつく。……それからもっと驚くのが、これが既存の波動から生まれている訳じゃないってことだ」

 ケーニッヒはそう言うと、再びキーボードを叩いた。また画面が変わって、今度は八分割されたそこに、それぞれ形の違う心電図のようなものが映し出される。

 炎の色で分けられているのを見る限り、どうやら七属性と、さっき計測した音羽の波動が載せられているようだ。

 音羽の波動が載った画面は、一定のタイミングで一番から順に切り替わっていた。恐らく、指ごとに流れる波動が違う場合があるので、十本指分のデータがそこに映るのだろう。

「これは、二回目に計測した波動のデータ。波動にはある程度型があって、人によって多少の違いがあるけど、この振幅の形で自分に流れている波動が何か知ることが出来る。……でも御覧の通り、音羽ちゃんの十個の波動の測定結果は、既存の属性のどれにも当てはまらない。……ということは、君はやっぱり既存の七属性全ての要素を併せ持った、全く新しい属性の持ち主ってことになる」

「……は、はい……、分かったような、分からないような……」

 曖昧に答えると、ケーニッヒはとても楽しそうに笑った。

「ははっ、そうだよね。一気に説明されても難しいよね。……まあつまり、天という属性は七属性を融合したものの可能性が高いけど、それらとは全くの別の属性になるって感じかな。……天のボンゴレリングがあれば、炎を解析してすぐデータが取れるんだけど……。でも、この情報で何とかやってみるよ!」

「はい、本当にありがとうございます」

 音羽が思わず頭を下げると、ケーニッヒの手がぽん、と肩を叩いた。顔を上げれば、彼は少しだけ身を屈めてこちらを見ている。

「こちらこそありがとう、音羽ちゃん。君のお陰で、俺も新しい発見が幾つも出来る」

 ケーニッヒは微笑んで、肩に載せていた手を下ろした。それから、首を巡らせて雲雀の方を振り返る。

「――雲雀。期限も迫ってるし、必要になったときすぐデータを取りたいから、明日からもここに来てくれるってことでいい?」

「……本当は嫌だけど、仕方ないね」

 雲雀は溜息をついて答えた。ケーニッヒは承諾を得ると、もう一度音羽を見て、にっこりと――どこか悪戯っぽく微笑する。

「良かった。これでしばらくは一緒にいられるね、音羽ちゃん」

「あはは……、よろしくお願いします……」

「うん、任せておいて。君の匣兵器は、必ず俺が完成させてあげるから」

 苦笑すると、ケーニッヒはパチンと一つウインクをしたのだった。

 ――そうしてその日、音羽たちは夕方頃まで彼の研究室に滞在した。







 ケーニッヒの研究所を出たあと、三人は街中へと車を走らせホテルに戻った。

 草壁とは同じ階の別室なので、部屋には音羽と雲雀の二人きりだ。


「――ふぅ……」

 二人掛けのソファに座って、音羽は長い息を付いた。

 まさかあのケーニッヒに会うなんて……と緊張していたけど……。意外にも気さくな人でよかった。雲雀の言う通り腕は間違いないだろうし、何よりお任せしていてとても安心できる。


 そんなことを思っていると、不意にソファがギシ、と軋んだ。沈んだ重みに顔を向けると、隣に雲雀が腰かけている。……どことなく、疲れているような……?

「……恭弥さん、大丈夫ですか?」

「問題ないよ。彼がケーニッヒじゃなかったら、何度か咬み殺したい気分だけどね」

「……」

 雲雀は、溜息をつきながら静かに答えた。

 思い返せば、雲雀が彼に対して敵意を剥き出しにしていた場面を、何度か目撃した気がする。

 たぶん、性格が合わないんだろうな……と何となく思いつつ、音羽は膝に載せた手を握った。

 例え気に食わなくても、雲雀は明日も彼の所に一緒に行ってくれるのだ。それに、研究室で考えていたこともあって、いよいよ申し訳なくなってしまう。

「……すみません、恭弥さん……。ケーニッヒさんの所に連れて行ってくれたのも、匣のことも……。本当に、ありがとうございます」

 座ったまま深々と頭を下げたら、彼は音羽の頭を軽く撫でてくれた。

「……別に。僕が好きでしていることだから、君が気にする必要はないよ」

「……恭弥さん……」

 顔を上げたら、雲雀はいつもと表情を変えずにこちらを見ていた。事もなげにそう言ってくれる彼の言葉が、全部本心なのだと、瞳を見れば伝わってくる。

「……」

 音羽がじーんとしていると、雲雀がふ、と口元を緩めた。
 
 柔らかい、優しい微笑。

 つい彼の表情に魅入ってしまうと、その手がゆっくりと伸びてくる。音羽は、大人しくそれを受け入れた。

 もう一度頭を優しく撫でてくれた彼の手は、背中に伸びて音羽の身体をぎゅっと強く引き寄せる。

 大好きな雲雀の匂いに包まれて、頭がぼうっとしてきた、そのときだ。


「――!」


 突然、テーブルに置いていた雲雀のスマホが室内に鳴り響いた。震動のせいでけたたましい音を立てたそれに、音羽はついビクッと身を跳ねさせる。

 ……けれど、雲雀は一向に出る気配がない。まだ音は鳴っているから、きっと電話なのに。

 音羽は雲雀に抱きしめられた格好のまま、彼の背をトントンと叩いた。

「……恭弥さん? 出なくていいんですか?」

「……構わないよ。放っておけばいい」

 雲雀はほんの少し間を置いて、そう答える。

 こんな風に二人で甘い時間を過ごしているとき、雲雀は電話やメールを無視する傾向があった。急ぎの用件を抱えていればさすがに出ると思うけど、今はきっと、その必要がないのだろう。

 音羽はこれまでの経験からそう思って、特別気にはしなかった。

 でも――雲雀のスマホが鳴りやんで、数分後――。

 
 今度は、ベッドの上に置いていた音羽のスマホが鳴り始める。

「……恭弥さん、今度は私のスマホが鳴ってます……」

「出なくていいよ」

 放してくれそうにない彼に、一応と思って言ってみたら、返ってきたのは想像通りの言葉だった。音羽は苦笑しながら雲雀の肩に手を置いて、少しだけ身体を離す。

「でも……さっきは恭弥さんのが鳴ってましたし、何か急ぎの用かもしれません。……私、ちょっと出てきます」

「必要ない」

 雲雀は素早くそう言うと、音羽の身体をまるで押さえ込むように抱きしめた。痛く、はないけど、強くて少し苦しい……。

 どうやら彼が、今絶対放すつもりがないことだけは分かって、音羽はそれ以上何も言わなかった。誰からの電話か気になるけど……身動きも取れないし、正直に言えば音羽も雲雀から離れたくない。

「……っ」

 やがて電話の音が鳴りやむと、雲雀は音羽の頭から額、こめかみに、いつもの――いや、いつもより優しい触れ方で小さなキスを落としていく。

 くすぐったさと一緒に惜しみなく愛情を注がれて、すぐに瞼がとろんとした。

 唇を重ねて、ただぬくもりを感じ合って、そんな幸せな時間をどれくらい過ごした頃だろう。――十分少々、いや、もう少し経っていたかもしれない。



 平穏だったその時間は、部屋のドアを叩く音と草壁の焦った声で、唐突に終わりを迎えた。


 ――ドンドンドン!!

「恭さん! 音羽さん! 大変です!!」

「!」

 部屋に響いた音と声に、音羽は驚いて小さく跳ねた。

「……」

 雲雀は不快感を露わにしながら、けれど今度は、ゆっくりとソファから立ち上がる。

 ――こんなに焦ってる草壁さんの声、滅多に聞かない……。

 胸騒ぎがした。不安に胸を覆われながら、音羽も雲雀の後を追いかける。すると、雲雀が客室のドアを開けたところだった。

 廊下には、顔色の悪い草壁が立っている。

「何?」

 雲雀がいつもと変わらない調子で尋ねると、草壁は咥えた葉っぱを震わせながら、声を潜めた。


「……恭さん、ボンゴレ本部が……奇襲を受けたと、向こうにいる財団の人間から連絡が入りました……。 敵は“ミルフィオーレファミリー”、ボンゴレの被害は拡大中とのことです……!」

「……!!」


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