40話 守るための力

「! クロームちゃん……! ――っ、」

 目に飛び込んできた彼女の姿に、音羽は不調さえ一瞬忘れて立ち上がった。勢いよく動いたせいでよろけてしまったけれど、すぐに雲雀が支えてくれる。


 クロームは手首から肘にかけて縄できつく縛られ、ベルにナイフを向けられていた。

 獄寺と山本がその前に迫っているが、彼女を人質に取られていては動きようがない。――二人の背中からは、そんな焦りと戸惑いが伝わってくる。そのうえマーモンも幻術を使っているようで、空中にはその分身が数え切れないほど沢山浮いていた。


「ししっ……やってくれんじゃんエース君。あとでさっきの借りはきっちり返すから」

「……?」

 圧倒的不利な状況にごくりと唾を飲んでいると、ベルが低い声でそう言った。
 
 エース君……は、たぶん雲雀のことだ。ベルの瞳は見えないものの、彼の視線は確かに雲雀の方に向けられている。

 音羽の意識が朦朧としている間に、何かあったらしい。意味はよく分からなかったが、ベルの声には静かな殺意のようなものが満ちていて、冗談で言っている訳ではないのがはっきり分かる。

 ただ、隣にいる雲雀を見上げても、彼は黙ったままベルを睨むだけだった。


 すると、ベルの側でふわふわ宙に浮いていたマーモンが言う。

「幻覚を見破られるなんてとんだ誤算だったけど……まあいいさ。天の守護者の解毒はこちらとしても本望だからね。それに、状況はほとんど変わってないよ」

「そういうこと。お前たちに選択肢なんてないんだからさ、残る雨と雲以外のリングと天のリングもさっさと渡しな」

「じゃないとこの娘、皮を剥ぐどころか――手足がもげるよ」

 マーモンはクロームの方に顔を向けると、フードの中からあの青紫色の触手を勢いよく放出した。一本や二本どころじゃない、何十本もの触手が伸びて、クロームの細い身体に絡みつく。

 彼女の腕を縛り上げていた縄はいつの間にかその触手に取って代わり、クロームの首元、腹部、太腿の辺りまでを容赦なくギュウと締め上げた。

「うぅっ……!」

「クロームちゃん……!」
「てめぇ!!」
「やめろ!!」

 苦しそうに呻くクロームの姿に、音羽たちは咄嗟に声を上げる。獄寺と山本はそれぞれ武器を構え直して、今にも動き出そうとしていた。

「まだ分かってないようだね」

「幻覚を見ている君たちには、何の権限もないんだ」

「――! なっ!!」

 獄寺の頭上に浮いていたマーモンの分身たちは口々に言うと、そのフードの闇の中からあの触手を放った。素早く伸びてくるそれを躱す間もなく、獄寺は右腕を絡め取られてしまう。

「しまっ……!!」

「っ、獄寺君……!」

 音羽は思わず叫んだ。
 マーモンの狙いは、獄寺が右手に握っているらしい――ボンゴレリングだ。獄寺は固く丸めた拳をぶるぶる震わせて抵抗しているが、その指は震えに併せて少しずつ開いていく。

 『幻術とは、五感を司る脳を支配するということ。そして、幻覚にかかるということは、知覚のコントロール権を完全に奪われたことを意味する』。――霧戦で聞いた言葉通り、獄寺はマーモンにコントロールされてしまっているのだ。

 やがて間もなく、獄寺の意思に反して三つのリングが彼の手から零れ落ちた。すぐに、触手がそれを回収していく。


「遊びはもう終わりだよ。お前たちはここで死ぬのさ。自分の、想像力によってね!」

「「「!!」」」

 マーモンが言った瞬間、音羽や雲雀、そして山本の頭上に突然分身の姿が現れた。かと思えば、獄寺やクロームを捕らえているのと同じ触手が、そのフードの中から飛び出してくる。

 ――避けなきゃ……!!

 そう思って身を捻った時にはもう、触手は音羽の眼前まで迫っていて。

「きゃっ……!」

 避けられないまま、ぐにゃりとしたそれに身体を捕らわれてしまった。
 ひやりとした冷たい感触が全身に纏わりつき、まるで鞭のように(しな)る触手が、音羽の身体をじわじわと締め上げてくる。

「音羽……! 、っ……!」

「雲雀さん……!」

 苦しそうな雲雀の声が聞こえて思わず瞑っていた目を開けると、雲雀もまた、トンファーを握った片腕を触手に押さえ付けられていた。

 彼は音羽の方に来てくれようと身を捩っているけれど、僅かにしか動けていない。それだけきつく締め付けられているのだ。山本も構えていた刀を取り落し、同じように触手に捕まっている。


「っ……!」

 正真正銘、本当の危機的状況だ。音羽は焦りで唇を噛む。

 もし雲雀が怪我をしていなかったら、きっと触手が襲って来ても避けるなり応戦するなり出来たはずだ。でもこうして彼が無抵抗に捕まってしまったということは、やっぱりもう体に限界がきているからに他ならない。

 このままじわじわと触手に締められ続けたら、最悪――。

 考えかけて、音羽は頭を振った。諦めたらいけない、何とかしないと……!


「……ぅっ……!」

 ――あのときみたいに……、ここからでも力が使えたら……!

 音羽の頭の中には、あの黒曜ランドでの出来事と、屋上でディーノと戦っていた雲雀の姿が浮かんでいた。

 黒曜ランドで初めて治癒の力に目覚めたとき。そして、屋上で血塗れになっていた雲雀を見て、もう一度力が使えたとき。

 あの時々の自分は、彼の傷付いた姿が怖くて、必死で。咄嗟に手を伸ばしたら、そこから光が溢れ出たのだ。音羽が触れることもなく、光が彼の傷を治してくれた。

 
 だからもし今、ここからでもその傷を治せたら……。雲雀なら、この現状を打開してくれるかもしれない。彼なら、きっと――。


 音羽は身体を取り巻いている触手から、何とか手だけでも出せないかともがいた。
 熱で体力は消耗しているし、やり方さえ曖昧だから上手く出来るか分からない。

 それでも、何もしないよりずっといい。試してみる価値はあるはず。


「っ、ぁ! うっ……!」

 けれど、音羽が動けば動くほど、絡みついた触手の締め付けは強くなった。身体が軋んで、痛みと圧迫の苦しさに襲われる。それでも手を出そうと触手に抵抗していたら、頭上にいたマーモンが鼻を鳴らした。

「ふん、何をしようとしても無駄だよ。君はもうヴァリアーに来ることが決まったようなものだ。絶対に逃がさない」

「!? きゃあっ!!」

「! 音羽!」

 音羽を捕らえているマーモンの小さな手が動いたその瞬間、フードから覗く触手がぐんと伸びて、音羽の身体を縛り付けたまま運んでいく。向かう先は――クロームとベル、そして恐らく本体と思われるマーモンがいる方だ。
 
 雲雀の声が聞こえて顔だけを振り返ったら、彼は動かない手に握ったトンファーを振るおうとしていた。
 でも、すぐに別の分身の触手に片足も捕らわれてしまい、完全に動きを封じられてしまう。

 雲雀さん、と唇を噛みしめている彼の名前を呼ぼうとしたら、宙に浮いていた足が唐突に地面に着いた。音羽は慌てて、前を振り向く。

「……!!」

「ししっ、おかえり、音羽」

 屈んだままクロームを捕まえているベルは、音羽を見ると楽しそうに笑った。彼と、そしてその側に浮いているマーモンをきつく睨み付ける。

「っ……放して!」

「それは出来ないよ。君はボスの大事なアイテムだ。天のリングも返してもらうよ」

「あっ……!」

 マーモンがくい、と手を動かすと、音羽を縛る触手の間に、別の触手が滑り込んできた。握りしめていた左の拳、指の隙間に、冷たいそれが割り入ろうとしてくる。
 音羽はしばらく戦っていたけれど、やがて触手の力と勢いに負けて、指を開いてしまった。

 音羽の手から天のリングを引っ張り出した触手は、ベルの方に戻っていく。ベルはクロームを掴んでいた手を放して立ち上がり、触手から天のリングを受け取った。


「ししっ、守護者のリングの回収終わり。これでオレらが集めるもんは全部集めたな」

「ああ、これで終わりさ。もうお前たちに用はないよ」

 マーモンが冷たく言い放った瞬間――。

「ぐあっ!!」

「うわああ!!」

「あっ……!」

「くっ!!」

「!! 止めて!!」

 触手に捕まったままの獄寺、山本、クローム、雲雀が苦しそうに声を上げた。マーモンが触手の力を強めたのだ。皆の顔に色濃く浮かぶ痛苦に、音羽も堪らず大きく叫ぶ。

 
 もう皆、全員がボロボロだった。
 青褪めた顔の彼等を触手は非情に締め上げて、呼吸さえままならないようにしてしまう。マーモンの幻覚に囚われている以上、誰も抵抗することなんて出来ない。

 そして音羽も、そんな彼等がもがいて苦しんでいる姿を、見ていることしか出来なかった。

「――っ……」

 そんな自分が情けなくて、悔しくて、腹が立つ。

 音羽があの苦痛を免れているのは、ヴァリアーにとって利用価値があるからだ。音羽が、天の守護者だから。

 でも、本当はそんなもの名前ばかりで、音羽は誰一人守れていない。雲雀を守りたくて守護者になったのに、自分は、彼さえも。

 
 ――雲雀さんはあんなに傷だらけになって、限界を迎えてしまうまで私を守ってくれたのに……、私は……っ……!!

 歯を食いしばると、自然と涙が浮かんできた。感情はぐちゃぐちゃだ。何とかしなきゃと焦っているのに身体は全然動かなくて、敵にも自分にも怒りが湧く。もっと、自分に力があれば。


「――なあ、マーモン」

 皆の呻き声に混じって、涼しい声を発したのはベルだ。彼は口角を上げて、隣にいるマーモンを振り返っている。

「あいつには借りがあるし、オレが殺るから。間違って絞め殺すなよ」

「ああ、雲の守護者だね。いいよ、好きにすれば」

「しし、サンキュ♪」

「!!」

 二人の会話に、音羽は息を呑んだ。

 “借り”。そう言えば、ベルはさっき雲雀にそんなことを言っていた。あのときの彼から感じた静かな殺気が、再びベルを取り巻いている。――ベルは、本気だった。

「ってことで、音羽。あいつも見納めだぜ。すぐにサボテンにしてやるからさ」

「!! いや、やめて……!!」

 彼はいつものように歯を見せて笑うと、ザッ、と何十本ものナイフを一瞬で両手に取り出し、音羽の方を振り返った。

 笑っているのに、ベルの顔には愉悦以上の殺意と狂気が溢れている。例え音羽が泣き叫ぼうが何をしようが、彼は手に握っているその鋭い刃物を投げ放つだろう。雲雀に、向かって。

 
 もし動けない状態の彼に、こんなものが刺さったら――本当に、死んでしまう――。


「―――、」

 想像すると、暗い悪寒が背筋を走り抜けた。そんなの無理だ、絶対に受け入れられない……!!
 音羽は触手の締め付けがきつくなるのも気にせずに、ジタバタと大きく身を捩る。

「お願い、ベル!! やめて!! お願い……っ!!」

 叫んで懇願する頃には、頬に涙が伝っていた。普段は温かいはずのそれが、今はとても冷たく感じる。喉は引き攣り、声が震えたけれど、それでも叫ばずにはいられなかった。

 
 ――でも、それを聞き入れてくれる人は誰もいない。

 マーモンは煩わしそうに音羽を一瞥すると、ベルを振り返って無情に彼を促した。

「ほらベル、早くしなよ。いつまでも触手で押さえてあげないよ」

「しし、分かってるって。……んじゃ晴れて音羽はオレのもんになったし、王子の勝ちってことで――」

「いや……、だめ、やめて……っ!」

 ベルがニヤリと笑って、ナイフを構える。心臓が速く動き過ぎて、呼吸がままならなくなった。掠れた声で、彼に願う。……でも。


「バイバイ、エース君!」

「!」


 ベルはついに、雲雀に向かってナイフを投げた。

 雲雀が息を呑み、目を見開いたのが、ここからでも見えて――。


「っ、だめぇぇーーーっ!!!」


 悲鳴を上げた瞬間、これまでに見たことのないほど強い光が、カッ!! と自分の身体から溢れ出した。







「ッ――!?」

 突如体育館中に広がった眩しい光に、ベルは思わず目元を腕で覆った。前髪で隠れているはずの瞳を、完全には開けていられないほどの眩しさだ。訳の分からないこの光の源は、あまりに近い――。

 目を細め、最も強い光源を辿ると、そこには音羽がいた。
 
 彼女の身体は煌々とした光に包まれていて、その表情は輝きでよく見えない。


「何だこれは……!! っ、この女、僕の幻術を解いたのか……!?」

 初めて聞くような、マーモンの驚愕した声。光に浮くマーモンの影を追って目を凝らすと、音羽の身体を縛っていたマーモンの触手がスルスルと(ほど)けていく。

 どうやらそれが彼女の発するこの光による現象だと理解して、ベルは視線を前に戻した。痛いほどの光に、そちらを向いていられなかったのだ。――そういえば、奴らはどうなったのか。


「……!? ナイフが……!」

「! 何だあれは……!!」

  眼前を向き直ったベルに続けて、マーモンも“これ”を見たらしい。

 
 ベルたちの数メートル先には――透き通った、光の壁が出来ていた。


 透過したそれは薄い光を発していて、手前にいた爆弾少年たちや、その後ろにいるエース君までを、まるで守るようにすっぽりと丸く包んでいる。

 マーモンの分身は全て消え、そしてベルが投げたナイフたちも、その壁の真下にバラバラと散らばって落ちていた。……あたかも、その壁に阻まれ、弾かれたとでもいうように。

 ベルは額に手を翳し、再び音羽を振り向いた。少しずつこの光に慣れた瞳が、彼女の姿を先程より鮮明に捉える。


「――っ」

 音羽は触手から解放された右手を真っ直ぐ前に伸ばし、どこか苦しげに眉を寄せていた。肩は上下し、荒く呼吸をしているのが分かる。

 だが、伸ばされた右手の手のひらは、目の前にあるこの壁と同じようにまだ光り輝いていた。この壁を作り出しているのは、間違いなく音羽だ。

「っ……この女、こんな力まで持ってたのか……!」

 マーモンは忌々しそうに唇を噛むと、自分のフードから触手を出して再び音羽を捕まえようとする。
 ――体育館に力強い男の声が響いたのは、それと同時だった。


「――極限太陽(マキシマムキャノン)!!!」


「! 外から!?」

 はっきりした男の大声が辺りを走った直後、体育館の入り口側から轟音が迫ってきた。暴風が建物の中で吹き荒び、入り口の方からあっという間に体育館が破壊されていく。

「――っ! 音羽!」

 ベルは飛んでくる瓦礫と砂を腕で庇いながら、咄嗟にまだ光を放ち続けている音羽の手首を掴んだ。
 すると、音羽から溢れていた光はすうっと吸い込まれるようにその身体へ消えていき、彼女の瞳がぼんやりと虚ろになる。

 ベルはふらつく音羽の手を引くと、近くの扉から外に向かって飛び出した。







 ――体育館は、瞬く間に瓦礫の山となっていた。

 屋根も壁も床も全てが吹き飛び、野晒しになっている。ただ――雲雀や獄寺隼人、山本武のいた床だけは、唯一そのままの形を保っていた。

 あの光の壁にすっぽりと覆われていた部分だけ、綺麗にその場に残っていたのだ。


「……」

 雲雀は、ゆっくりとその場に立ち上がった。フードの赤ん坊の分身もあの触手も消えて、雲雀の動きを阻むものは何もない。辺りを見回すと、同時に頭上に輝いていた光の壁がゆっくりと空気に溶けるように消えていった。 


「っ……何がどうなってやがる!?」

「片桐が光って……、体育館が吹っ飛んで……」

「! おい、片桐とドクロは!? それに、奴らはどこだ!?」

「!」

 獄寺隼人と山本武は困惑した声を上げながら立ち上がり、音羽や金髪の彼がいたはずの場所に走って行く。山本武が瓦礫を退かすと、その中から黒曜中の制服を着たあの女子が出てきた。
 
「ドクロは無事だ!」

「片桐は!?」

「……いや、この子だけだ。たぶん、あいつらに連れてかれてる……」

「くそ……っ!!」

 歯噛みする獄寺隼人を見ながら、雲雀は目を細める。

 元より、ここには敵の気配も音羽の気配も既にない。あの暴風が巻き起こったとき、あの男が音羽を連れ去ったのだ。そして、体育館をこれほど跡形もなく破壊したのは――。


「――すまん、まどろっこしいのは嫌いでな」

「芝生頭!!」

「笹川先輩!!」

 混沌としたこの場に現れたのは、ボクシング部の主将である笹川了平。
 あの声を聞いたときから彼だと分かっていたが、こんな――何の考えもなしに体育館を丸ごと一つ吹き飛ばそうとする人間など、彼以外にいないだろう。

 笹川了平は、包帯を巻いた右腕から血を流していた。この威力には相応の代償がいるらしい。

 彼の元に駆け寄る獄寺隼人と、クローム髑髏を支える山本武を横目に見ながら、雲雀は足元に落ちたトンファーの片割れを拾った。続いて、音羽のいたはずの場所に静かに歩いて行く。

 ぐちゃりと潰れたコンクリートを脇に寄せると、自身のもう片方の牙が現れた。それを拾って、雲雀は音羽がいたのと同じ位置に立つ。


「…………」

 あのとき、音羽はまばゆい光を放ち、あの光る壁を出した。それは彼女の目の前に繰り出され、雲雀をベルフェゴールのナイフから守ったのだ。山本武らが爆風と瓦礫に巻き込まれなかったのも、あの壁に包まれていたから。

 唯一、クローム髑髏だけが瓦礫の下に埋もれていたのは、恐らく音羽と平行に並んでいたためで、あの光の壁の内側にいなかったせいだろう。

 あくまで推測だが、あの光る壁は物理攻撃を通さない力を持っている。まさか音羽にそんな秘められた力があるとは思わず、雲雀も少なからず驚いてはいた。

 ――ただ、詳細は分からなくても、あれが彼女の癒しの力に依るものだということは間違いない。
 ここに、目に見える証拠が幾つもある。


「……なあ……なんか、キラキラしたもんが降ってねーか?」

「ん……? そういえば……」

 不意に、山本武と獄寺隼人が宙を見上げて手を伸ばした。雲雀も視線を上げて空を見ると、砂のように小さな光の粒が幾つも、相変わらずゆっくりと降ってくる。
 
 微かな光を発するそれらは、身体に触れると消えてしまった。まるで、雲雀の内側に溶け入ってしまうように。

「……音羽の力だよ」

「! 片桐の……!?」

 漂う光の欠片を見ながら雲雀が呟くと、獄寺隼人が驚いたように声を上げた。

「そういえば片桐が光ったあのとき、オレたちの前に光る壁みたいなのが出来てた気がするぜ。そこだけ体育館が残ってるみてーだし……。片桐が守ってくれたのかもな」

「……それはオレも見た。ナイフ野郎のナイフも弾き返していたし……片桐に、まさかこんなことが出来るなんてな……」

「それだけじゃないさ。自分たちの身体を見てみれば」

「身体……? ――なっ、これは……!」

 ようやく状況を理解したらしい彼等を冷やかに見てから、雲雀は踵を返した。

 向かう場所は、グラウンド。音羽はきっとそこにいる。雲雀は止血のために腕に巻いていた赤い布を解き、その場に捨てて走り出した。
 

 ――音羽……。

 激しく動いても、もう視界が霞むことも眩暈がすることもない。雲雀が負っていた怪我は全て、どれも痕一つ残さずに治っていたからだ。


 雲雀は駆けながら、あの瞬間のことを思い出す。あの光の壁に包まれたとき、途端に身体が軽くなり、温かくなった。音羽が治癒の力を使ったときと同じ、柔らかな温もり。

 あの壁は、外の攻撃から対象を守るだけじゃない。その内側にいる人間までもを回復させる力があるのだ。そして、その範囲は体育館のほぼ半分を覆い尽くしてしまうほど広く、音羽が屋上で発した光より何倍も力強い輝きを放っていた。

 つまり、あの光が音羽の治癒の力に依るものならば、それだけ音羽の消耗も激しいはずだ。今頃彼女は、あの男に碌な抵抗も出来ないまま捕まっているのだろう。


 それを思うと、胸に怒りが沸き上がった。自然とトンファーを握る両手に力が籠る。

 守護者だろうがマフィアだろうが、そんなことはどうでもいい。音羽は他でもない自分のもので、絶対に誰にも渡さない。
 
 もし、音羽があの忌々しい男共がいるヴァリアーとかいう連中に連れて行かれるというのなら、ここにいる全員を咬み殺す。それだけだ。


 ――必ず、音羽を取り戻す……!

 雲雀は自身に誓い、彼等が集まっているであろう“その場所”へと急いだ。


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