31話 霧隠れの二人

「――っ、遅れる……!」

 雨戦の翌朝。音羽は勢いよく玄関のドアを開け、学校への道を走り出した。

 あと少し、あと少しと二度寝を重ね、結局遅刻ギリギリのこんな時間になってしまったのだ。原因は間違いなく睡眠不足。毎晩深夜過ぎの就寝が続いているからだ。

 でも、朝はきちんと学校に行かなければ母にも怪しまれてしまうし、「今日は家で寝てなさい」なんて言われたら守護者戦も見に行けなくなってしまう。それだけは避けなければいけないので、多少の無理は必要だった。

 元々、こういう面でのタフさはそれなりにあるつもりだけれど……。こうも睡眠負債が溜まってしまうと、さすがに少し参ってしまう。

 ――早く、またゆっくり眠れる日がくればいいなあ……。

 走りながら出そうになる欠伸を、音羽は噛むように飲み込んだ。


 始業のチャイムまでもう十分を切っているはずなので、更にスピードを上げて走る。通りに並中生の姿は見当たらない。

 急がなくちゃ、そう思ったとき――。


「――ああ……、また会えて嬉しいですよ」
「!? ……、」

 通りすがり、聞き覚えのない女性の声がはっきり聞こえて音羽は思わず立ち止まった。

 後ろを振り返れば、杖をついたおばあちゃんや社会人らしき女の人、たった今すれ違った人たちが数人歩いている。でも、音羽に話し掛けた様子のある人は一人もいない。

「……、気のせい……?」

 それにしては、何だかやけにきれいに聞こえた気がするけど……。ひょっとしたら、別の人に話した声だったのかも。

 不思議に思いながらも音羽はまた走り出し、学校を目指した。







 夜。今日は、霧の守護者の戦いだ。

 音羽は、なぜか迎えに来てくれたときから気絶しているツナと、彼を負ぶっていたバジル、それからリボーンと一緒に並中の体育館に来ている。
 今は他に獄寺、山本、了平といういつもの面子が揃っていた。

 てっきり、今日も雲雀と観戦かなと思っていたのだが……。
 彼は、今日の守護者戦には来ないらしい。本人からメールがきたのだ。

 だから、今晩はどうやって家を出たらいいだろう……、と考えていたらツナたちが来てくれた。彼等はディーノの連絡を受けて迎えに来てくれたそうなので、ひょっとしたらディーノと雲雀で明日に備えて最終特訓でもしているのかもしれない。 

 
 音羽はまだ気絶したまま床に寝ているツナを見つめた。心配だけど……びっくりして気絶しただけだとリボーンが言っていたので、そろそろ目を覚ますはずだ。

「…………」

 音羽はそわそわしながらツナの様子を見ていた。
 
 出来ればあまり顔を上げたくなかったのだ、……気まずいから。溜息が出そうになって、音羽は代わりにそっと息を吐き出す。
 

 この前ツナたちに会ったのは、嵐戦のとき。――皆の前で雲雀にキスされてしまった、あのときだ。本当に今思い出しても恥ずかしくなる、穴があったら入りたい……。

 唯一の救いは、皆が気を遣ってくれているのかいつもと同じように接してくれることだった。音羽は未だ、どんな顔をしていればいいのか分かっていない。


 そうして、あれやこれやと考えていたら――。

 
「……ん、」

「! 沢田君……!」
 
 ツナの眉間がぴくりと動いて、音羽は我に返った。

 意識を取り戻したツナはのろのろと上体を起こす。リボーンがちょこんと彼の側にやって来た。

「やっと起きたか?」

「リボーン……ここ、どこ……?」

「霧のリング争奪戦の、戦闘フィールドだぞ」

「……そうだ、争奪戦!! って……体育館!?」
 
 ツナの声が響くと同時に、獄寺たちがその側に集まって来る。

「十代目!! お加減は!?」

「やっと起きたか!!」

「バジルがここまでおんぶってくれたぞ」

「あ……ありがと」

 苦笑したツナはバジルにお礼を言うと、辺りを見回した。音羽とも視線が合う。彼はハッと目を丸くした。

「あ、片桐! 来てくれたんだ、ありがとう……」

「ううん、昨日は一緒に行けなくて……。山本君の怪我も治せなくて、ごめんなさい」

「! そうだ……! 山本、目は……大丈夫なの?」

 音羽が項垂れて言ったら、ツナも勢いよく山本を振り仰ぐ。

「ああ、ロマーリオのおっさんが心配ねーってさ。だから、さっきも言ったけど片桐も気にすんなって! 今日もこのあと霧の守護者を助けなきゃかもしんねーし、それに、ずっと誰かしらに力使ってきてたからな。この辺でそろそろ休んどいた方がいいぜ」

「山本君……ありがとう、」

 会って一番に謝ったときも、山本は同じことを言ってくれた。今と同じ屈託のない笑顔で。彼の思いやりと優しい言葉に、音羽もほっとして肩に入っていた力を抜く。


 ――そう話していたら、獄寺がツナの側に屈んで険しい顔を向けた。

「十代目……まだ霧の奴、姿を現しません……」

「ええ!? そんな……!!」

「敵ももう来てるってのに……」

「……!」

 獄寺の囁きを聞くと、ツナは体育館の奥に視線を向けた。そう、ヴァリアーたちは既に来ているのだ。

 壇上の真下はザンザス、ベル、レヴィ、ゴーラ・モスカが陣取って、体育館の中央には向こうの霧の守護者マーモンと、チェルベッロの二人が立っている。

 ベルはいつものにんまり顔でこちらを見ているし、ザンザスの眼光は相変わらず身が竦むほど鋭かった。

 ツナはどこか思案するような顔でヴァリアーを見ていたけれど、やがて「あれ、なんだっけ……? 何か大事なことを忘れてるような……」と首を捻らせる。音羽も不思議に思ったときだ。


「――!!」

「?」

 ツナが弾かれたように顔を上げ、頬を引き攣らせて体育館の入り口を振り返った。音羽も彼の視線を追う。
 
「こっちの守護者のお出ましだぞ」

「「!」」

 リボーンの言葉に全員の視線が同じ方向に集まった。

「え……!」

「ああ!! そうだった!!」
「あ、あれ? あいつらって……」
「バ、バカな!!」

 ツナ、山本、獄寺が愕然とした様子で口々に。もちろん、音羽も驚きを隠せない。


 だって、そこにいたのは見覚えのある人たち――。
 
 黒曜ランドで音羽を捕まえようとしていた眼鏡の少年、柿本千種と、発作を起こした獄寺を容赦なく攻撃してきた野性的な少年、城島犬、だったのだから。

 ――でもツナから聞いていた話では、彼等はマフィア界の“掟の番人”が管理している“牢獄”に入れられたはず。なのに、どうしてこんな所に……?

 つい呆然としていたら、獄寺が真っ先に動いた。

「なぜこんな時に!!」

「落ち着け、お前たち。こいつらは霧の守護者を連れて来たんだ」

 リボーンはダイナマイトを構えた獄寺を宥めたけれど、その言葉は更なる混乱を生む。今、なんて? 音羽も慌ててリボーンを振り返った。

「何言ってるんっスか、リボーンさん! だって、こいつら……!! っま、まさか、霧の守護者とは……!」

「こいつらが連れて来るってことは……」

「……!」

 獄寺と山本の考えは言葉にしなくても分かった。ツナの顔が青褪める。

「う、うそだ……。霧の守護者って……ろ、六道骸!?」

 それは、あの場に赴いていた全員の頭の中に浮かんだ名前。音羽の背筋にもひやりと冷たいものが走った。すると――。


「――クフフフフ、クフフフフフフ」

 犬と千種の背後の闇から、もう一つの人影が近付いてくる。影は“彼そっくり”に笑うと、黒曜中の制服のジャケットを投げ捨てた。

「否――我が名はクローム。クローム髑髏」

「「「!!」」」

 体育館に響いたのは、聞き覚えのない少女の声。現れた黒曜中の制服を着た女子生徒は、右目を髑髏模様の黒い眼帯で覆っている。

 藍色の髪、少し特徴的な髪型、鋭い三叉槍――。どこかで見たようなそれらは、確かに骸を思わせた。けれど、彼女は紛れもなく女の子だ……、とても骸とは思えない。

「ん? 誰だ、この女子は……。ツナの知り合いか?」

 山本は首を傾げてツナを見る。けれどツナは目を丸くして、突然現れた少女――クロームを、食い入るように見つめていた。

「霧の守護者って……この()って……六道骸じゃ、ない……?」

「騙されないでください!! そいつは骸です、骸が憑依してやがるんです!! 目的のためなら手段は選ばねえ! あいつはそういう男です!!」

「……信じてもらえないのね」

 獄寺がツナを守るように前に出て威嚇すると、クロームはどこか悲しげに目を逸らした。獄寺はさらに大きな声で言い募る。

「ったりめーだ!! 十代目、あの武器を見てください! それに、眼帯で怪しい目を隠してる!!」

「…………」

 確かに、獄寺の指摘は尤もだ。彼女と骸の共通点。音羽も不思議に思った。

 でも音羽にとってもっと不思議だったのは、以前骸に会ったときに感じた恐怖を、今目の前にいるこの女の子からは少しも感じないということだった。

 年の近い女の子だから? とも思ったけれど……何だかそういうのではない気がする。

「……六道骸じゃ、ないよ……」

「!」

 考えていたら、ツナが静かな声音で言った。見れば彼はどこか確信したような眼差しで、クロームを見つめている。

「い゙? そ、そうなんスか!?」

「いや、あの、何となくだけど……」

「庇ってくれるんだ」

 クロームは抑揚なく呟くと、す、とツナの方に歩いて行った。彼女は大きな丸い目でツナを見上げている。……あれ、何だか少し近い……? そう思ったときにはもう、彼女は小さく背伸びしていた。

「ありがと、ボス」

 ――ちゅ。

「ええーーっ!!」

「んな゙ーーー!!」

「ゲ……!!」

「……!!」

 ツナは真っ赤になって、クロームにキスされたほっぺたを押さえて叫んだ。獄寺と犬は青褪めている。

 音羽は――まるで先日の自分を見ているような気持ちになって、ツナと同じように真っ赤になっているであろう熱い頬を堪らず覆った。ようやく意識の外に追い出せていたのだけれど……また思い出してしまった……。

「何してんだテメーーー!!」

「あいさつ」

「なっ!?」

「ふざけんな!! 十代目から離れろ!!」

「…………」

 獄寺が叫んで怒る。でも、クロームは表情一つ変えなかった。まるでその姿が見えていないんじゃないかと思うくらい。


「――!」

 色々びっくりしていたら、突然。

 クロームが獄寺を無視して、くるりとこちらに踵を返して歩いて来た。音羽は思わず後ろを振り返る……誰もいない。……え……? 私?

 あからさまに動揺していると、クロームはやっぱり音羽の目の前で足を止めた。彼女は音羽より少し背が低くて、向き合うと見上げられる形になる。

「あ、あの……?」
 
 すごく綺麗な、紫色の瞳。クロームはぱっちりしたその大きな丸い目で、音羽を真っ直ぐ、じっと見つめてくる。

 整った顔立ちをした彼女は、近くで見てもとても可愛いかった。それこそ、このままずっと見つめられたら、同じ女の子の音羽でもドキドキしてしまいそうなほど。

「……あなたが、片桐音羽?」

 クロームはこちらを覗き込んだあと、ややあって口を開いた。初対面のはずなのに……、どうして知っているんだろう……?

「は、はい……そうです、けど……」

 色んな混乱で絞るように声を出すと、クロームはそのとき初めて表情を変えた。少し嬉しそうな、人間味を感じられる表情(かお)

「あなたのこと、知ってる……。ずっと、会ってみたかった」

「え……? どうして……?」

「聞いてたから」

 クロームは掴み所なく答えて、小さく微笑する。

 邪気のないその微笑みに、音羽はそれ以上何も聞けなくなってしまった。けれど不思議に思っていたことが、ツナの確信めいたあの眼差しと繋がっていく。

 ――クロームはたぶん、骸じゃない。

 見た目も雰囲気も似たところはあるけれど、でも彼女は確かな別人だ。操られている訳でもない。彼女のすみれ色の澄んだ瞳は、そう言っているようだった。



「――で、どうするのだ? 仲間に入れるのか?」

「なっ……入れるわけねーだろ! こんなどこの馬の骨だか分かんねーよーな奴!!」

 不意に響いたのは了平と、獄寺の声だった。音羽とクロームは揃ってそちらを振り返る。

「んあ? てんめー、聞き捨てなんねーびょん」

「来るならこいや」

 獄寺の発言が気に食わなかったようで、犬が苛立ったように前に出た。千種もその後ろで武器をちらつかせている。獄寺は二人をきつく睨んだ。

 途端に流れる不穏な空気。音羽がハラハラしていると――間に入ったのは、クロームだった。
 
「犬、千種、落ち着いて……。あなたたちが決めることじゃないよ。……ボス、私……霧の守護者として失格かしら」

「いっ!?」

 尋ねられて、ツナは息を呑んでいる。クロームは再び彼の側に歩いて行って言葉を続けた。

「私は霧の守護者として戦いたいけど……ボスがどうしてもダメって言うなら、従う……」

「え……ちょっ、ええっ!? そんなの急に言われても……! だ、大事なことだし……!」

「でも、霧の守護者として戦える奴はクロームしかいねーぞ」

「リ、リボーンさんまで何てことを!!」

 獄寺はあくまでも、彼女を霧の守護者と認めたくはないらしい。ツナはリボーンの助言に頭を悩ませてしまっていた。

 けれど、黙って少しのあいだ考えたあと――ツナは顔を上げる。

「――じゃあ、頼むよ」

「な!! いいんですか、十代目!?」

「うん……。上手く言えないけど……彼女じゃなきゃいけないのかもって」

「……ありがと」

 クロームはツナの言葉を聞いて、安心したようにほうっと息を付いた。

 ぎゅっと三叉槍を握りしめるクローム。その顔を見ていたら、音羽もツナの判断は最善だと思えた。

 
 ――そうして、謎めいた少女クローム髑髏は、正式にツナの霧の守護者になった。それぞれの守護者が揃った今、霧のリング争奪戦が始まる――。






 霧戦は、純粋な戦闘力を重視していたこれまでの守護者戦とは少し違っていた。

 “無いものを在るものとし、在るものを無いものとすることで敵を惑わし、ファミリーの実体を掴ませないまやかしの幻影”。

 霧の守護者たちはその使命に則って“幻術”を使った。肉弾戦ではない、幻の世界を見せる能力を使って相手を欺き追い詰める――そんな精神的ダメージを与える戦い方だ。

 そして、クロームは幻術の他に毒蛇を召喚した。音羽も以前、黒曜ランドで一瞬だけ見たことがある。骸の特異な能力だ。確か“六道輪廻”にまつわる能力(スキル)の一つ。

 ――やはり彼女は、骸と何か繋がりがあるのだろう。クロームが骸に似た能力を使えることを考えると、それだけは確かな事実のように思えた。


 それから、ヴァリアー側の霧の守護者マーモン。
 相当な実力を持つこのフードを被った赤ん坊は、実はリボーンやコロネロと同じ“アルコバレーノ”であることが判明した。

 ……と言っても、正直“アルコバレーノ”が何なのか音羽はよく分かっていない。ただとても強い、只者ではない赤ん坊を指す言葉、というのだけは何となく分かる。

 カテキョーとして了平を鍛え上げたというコロネロや、雲雀が一目置いているあのリボーンと因縁深いマーモン。そんな赤ん坊を相手にした戦いはどうなるのだろう、と誰もが固唾を呑んで見守っていたのだが――。

 クロームは引けを取らずに戦った。観戦していた音羽たちもたびたび二人の幻覚に呑み込まれてしまうくらいの凄まじさだ。奈落の底に落ちそうになったり、熱かったり、凍えそうだったり……。

 本当にこれまでに味わったことのない類の恐怖を、音羽は数分のうちに何度も体感することになった。

 
 ――そして、今――。

 最初は互角に戦っていた二人だが、クロームは現在マーモンの幻覚で足を氷漬けにされ、劣勢に立たされている。

 マーモンがくる、と手のひらを動かすと、クロームは易々と投げ飛ばされて身体を強かに床に打ち付けた。

 
「う……、っ……!」

 けれど、彼女は慌てて身体を起こす。絶対に手放すまいといった様子で、クロームは側に落ちた三叉槍をすぐに掴んだ。

 それがほとんど反射的というか、とても速い動きだったことに音羽も気が付く。なので、マーモンも当然勘付いていた。

「ムム、どうやらその武器は相当大事なもののようだね」

「!! ダメ……!」

 相手の意図を何か察したのか、クロームはまるで庇うように三叉槍を胸に引き寄せた。でも、マーモンは容赦なくグッ、と小さな拳を握る。


「ダメーーーッ!!」
 
 あのクロームが、初めて大きな動揺を露わにして叫んだ瞬間――。


 ――パァン!

 硝子を割るような音が響いて、彼女の持っていた三叉槍が砕け散った。手のひらから崩れ、零れ落ちていくそれにクロームの背中が絶望する。

「――!! がはっ……う……っ……!!」
 
 槍が粉と化したとき、彼女は手で口を押さえて咳き込み始めた。白くて細い指の隙間から、赤い血液が伝い落ちる。
 
「あっ……!!」
「え!?」

 音羽とツナが気が付いて声を上げたときにはもう、クロームはバタン! と床に倒れていた。

「ど、どうしたんだ!? 顔が、土色に……」

「お、おい、あれを見ろ!! 腹が!!」

「!? っ……!」

 バジルと了平の声に、音羽も視線を動かす。――そして、引き攣った息のような声を呑んだ。


 クロームの腹部は陥没していた。

 誇張なく、本当に皮膚と制服分の厚みしかない。

 こんなことが本当にあるんだろうか。もしかするとこれも幻覚、なのだろうか。
 
 音羽の疑問の答えはマーモンが出してくれた。マーモンは、クロームを見て訝し気に言う。

「ムム……これは現実だ……。どうなっている? 何だ、この女……」

「骸……様……、力に、なりたかった……」

「「……!!」」

 苦しそうに息を繰り返し、クロームは一筋涙を流して呟いた。

 彼女の口から出た名前。音羽は目を見開いて隣にいるツナを見る。彼は血の気の引いた青い顔をして、冷や汗をかいていた。

「沢田く――」

「霧が娘を包んでいくぞ!!」

「!」

 了平の声に慌てて顔を上げたら、クロームの身体から白い濃霧が立ち込めていた。その身体を隠すように、霧は彼女を包んでいく。

「なーに、最後の力を振り絞って自分の醜い死体を隠そうとする、女術士によくある行動パターンさ」

「…………」

「! どうした、ツナ?」

「来る……、あいつが、来る……!!」

「あ、あいつ?」

「六道骸が!! 来る!!」

「!!」

 頭を押さえ、カタカタと震えるツナの顔は恐怖で強張っていた。音羽も、彼のその表情に鳥肌が立つ。


 まさかと思いクロームの方を見れば――砕けたはずの三叉槍が、形を取り戻していた。

 そして霧の隙間から見える力ないクロームの手は、黒い手袋をはめた男の人の手に変わり。ぐ、とその三叉槍を握ったのだ。

 霧は激しく渦巻いて繭のように膨らみ、クロームの身体を完全に隠し切ってしまう。

「クフフ、クフフフ」

「ムム、男の声……? ――ムギャ!」

 今度こそ聞き覚えのある少年の声が響いたと思ったら、体育館の床が音を立てて抉れマーモンを襲った。目に見えない力に捕らわれ、マーモンは後方に倒れ込む。


「あ……」

 徐々に霧が晴れていくと、男の人のシルエットがそこに浮かび上がっていた。後ろ姿で分かる――彼だ。音羽は思わず声を漏らした。

 ――六道骸。

「クフフフ、随分いきがっているじゃありませんか。――マフィア風情が」


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