56話 過去からの来訪者
「……ん……?」
突如現れた雲雀を見て、γは怪訝そうに眉を寄せていた。彼は観察するように雲雀の顔をじっと見て、それから何か思い至ることでもあったのか、口角を僅かに上へと持ち上げる。
「……思い出したぜ……。お前はボンゴレ雲の守護者、雲雀恭弥だ。そしてその後ろにいるのが――百年ぶりに選ばれたボンゴレ天の守護者、片桐音羽」
「……」
γが言いながらこちらを見る。雲雀の数メートル後ろに立っていた音羽は、γと目が合い思わず身を硬くした。
「……だったら?」
γの値踏みするような視線に気圧されそうになりながらも彼をキッと見返すと、雲雀が一歩前に進み出て、間に割り入るように視界に立ってくれる。
牽制するような雲雀の声音に、γの意識の矛先が音羽から雲雀へ移った。γは浮かべていた笑みを深めると、肩を竦める。
「……いいや。お前たち二人はいつも一緒にいると聞いていたが……なるほど、実際に見てみるとお前が側に置いて連れ歩くのも分かる美人だと思ってな」
「…………」
そんな軽口を叩くγを、雲雀は無言で睨み付けていた。
ここからでは雲雀の表情は見えないけれど……。背中に纏っている彼の殺気が増しているように思うのは、恐らく音羽の気のせいではないはずだ。
でも、普通なら縮み上がってしまうような雲雀のその気配を、γは特に気にする風でもなく言葉を続ける。
「雲雀恭弥……お前には、うちの諜報部も手を焼いててね。ボンゴレの敵か味方か、行動の真意が掴めないとさ。だが最も有力な噂によれば――この世の七不思議にご執心だとか。……匣のことを嗅ぎ回っているらしいな」
「どうかな」
「得体の知れないものに、命を預けたくないってのは同感だぜ。……で、こいつは本当には誰が、何のためにどうやって創ったか……真実は掴めたのか?」
「それにも答えるつもりはないな。僕は機嫌が悪いと言ったはずだ」
「……」
答えという答えを全く寄越さない雲雀に、γは表情を変えることなく口を噤み、やがて余裕ありげに微笑した。
「なるほど……やはり雲雀恭弥は、ボンゴレ側の人間だったという訳だな。いざファミリーが殺られるとなれば、黙って見てはいられない……だろ?」
「それは違うよ。僕が怒っているのは――」
雲雀は重く静かな声で言いながら、右手の中指に嵌めていたリングにボゥッ! と紫色の炎を灯す。
「並盛の風紀が汚されていることだ」
明らかな怒りと苛立ちを滲ませた雲雀は、左手に雲ハリネズミの匣を構えた。雲雀から溢れる確かな殺気に、γも右手に嵌めていた雷のリングに炎を灯す。
「風紀……? まあいいさ、敵の守護者の撃墜記録を更新するのは嬉しい限りだ。オレも――男の子なんでね……!」
γがそう言って匣に炎を注いだのと、雲雀が己の匣に炎を注いだのは同時だった。二人が匣の開口部を互いに向けた刹那、ドシュ!! と空気を裂く音がして、匣兵器が相手へと襲い掛かる。
雲雀の雲ハリネズミとγの雷狐は、彼等の頭上で激突し轟音を立てた。紫と緑の炎の光が頭上から降り注ぐ中、γは上を見上げて目を細めている。
「ハリネズミとは可愛いが……なんてパワーだ……。これだけの匣ムーブメントを、よくそんな三流リングで動かせる」
「僕は君たちとは、生き物としての性能が違うのさ」
雲雀がそう言った瞬間、彼の指に嵌めていた雲のリングが、パリン! と音を立てて割れた。それを見たγが、ぴくりと眉を寄せる。
彼の考えていることが、この時ばかりは音羽にもすぐに分かった。γの顔に浮かんだ困惑――リングが砕け散ってしまう所を、彼は初めて見たのかもしれない。
音羽や草壁からしてみれば、今はもうよく見慣れた光景になってしまったが、雲雀が精製度の高くないリングを使用するといつもこうなる。彼自身の波動が余りに強すぎて、リングの方がその力に耐え切れないのだ。
風船に空気を入れ続けると割れてしまうように、強すぎる波動を受けたリングは砕け、使い物にならなくなる。彼の波動を以ってして砕けずにいたのは、音羽の知る限り、ボンゴレリング唯一つだ。
だから、ボンゴレリングを砕いてからというもの、雲雀に真に適応するリングはなく、彼はどうせ砕けてしまうのだからと、常に手に入りやすいC、Dランクのリングをストックして使用している。
普通、リングの精製度が下がると匣兵器の強さも落ちてしまうのだが、雲雀の場合はリングを粉砕する程のエネルギーを使用することで、その脆弱さを補っていた。リングを使い捨てにしていると言っても過言ではない雲雀の戦い方は、かなり珍しいものだろう。
「……さあ、僕らも始めよう」
雲雀は爛々とした瞳を細めると、新たに装着したリングに炎を灯した。雲雀が取り出したもう一つの匣に炎を注げば、雲属性の炎を纏った彼の獲物――トンファーが飛び出して、彼はそれを両手で掴む。
戦いを前にして昂ぶった微笑を浮かべる雲雀に、γが息を呑んだ。
アニマル匣同士が、頭上でぶつかっている最中。二人は同時にタッ、と強く地面を蹴って駆け出した。
雲雀の振るうトンファーがヒュッ、とγの身を掠めたかと思うと、払うように振り回されたγのキューが雲雀を襲う。二人の武器が空を切り、時に衝突しながら攻防を繰り返すのを見て、音羽はぎゅっと両手を握った。
――恭弥さん……。
雲雀が負けるはずのないことは、彼の表情を見ていればよく分かる。
青灰色の瞳に焦燥の色は微塵もなくて、あるのはただ“戦う”ことに対する愉しみと、目の前の敵を捻じ伏せたいという本能にも似た欲求だけ。
軽やかに獲物を振るう雲雀の姿は、どこか生き生きしているようにも見えた。
ああいう顔をしているときの雲雀は、まだ自分の本領を発揮し切っていない。彼にとってはきっと、この戦いでさえ余興程度に過ぎないのだろうと、長年彼と一緒にいた音羽は思う。
それでも万が一、雲雀が怪我をすることがあればと思うと……。この感情だけは、いつまで経っても慣れることが出来ない。
音羽がそわそわしながら二人の戦闘を見ていると、
「音羽さん、恭さんがγの気を引いている間に、我々はあちらへ……!」
「……!」
不意に隣にいた草壁に声を掛けられ、音羽は我に返る。草壁の視線の先には、林の中に横たわっている獄寺と山本らしき二人の姿があった。
音羽は、ガキィン! と音を立てながら激しく武器をぶつけ合う二人をもう一度見て、それから草壁に頷きを返す。
「はい……! 行きましょう……!」
草壁も首を縦に振り、二人は戦闘中の雲雀とγを大きく避けるようにして、反対側の林に向けて走り出した。
◇
「…………」
γと撃ち合う合間、雲雀はちらと一瞬、視線を横に流した。
音羽と草壁が、こちらの様子を窺いながら獄寺隼人たちの転がっている林に向かって走っている。雲雀の言葉通り、二人を救護するつもりなのだ。
事前の計画では、獄寺隼人と山本武、そして沢田綱吉もγとの戦闘に加わっているはずだった。が、どういう訳かこの場に沢田綱吉の姿はない。
彼が来られなくなるような予測不能の事態が起こったと考えるべきだが、彼自身に何かあったと言い切るのは些か尚早だ。
沢田綱吉は一見軟弱に見える男だが、これまで戦ってきた彼はここぞという時に力を発揮し、雲雀を何度も愉しませてきた。いくら十年前の非力な草食動物になってしまっているとはいえ、計画が始まったこんなに早い段階で逝くこともないだろう。
彼がこの場にいれば、あの二人ももう少しマシな怪我で済んだかもしれないし、音羽が手を貸すようなことにもならなかったかもしれない。
この時代の沢田綱吉を思い出しながら、雲雀は意識を再び音羽の方へ移した。
音羽と草壁は巻き添えを喰らわぬよう慎重に進んでいるが、彼女の安全を考慮すれば、敵の注意は最大限こちらに引きつけておくべきだ。瞬間的にそう考えつつ、雲雀はγへと視線を戻し再びトンファーを振るう。
――“電光のγ”……それなりだと聞いていたけど、これじゃあ足りないな。
戦いを愉しみながらも、雲雀は意識の隅で目の前の男の力量を測っていた。
雲雀がこの煩わしい計画に加わったのは、言う間でもなく全て音羽のため。だから関わりたくもないボンゴレと頻繁にやり取りすることも、計画に関するボンゴレからの様々な要求も、不本意ながら受け入れることが出来たのだ。
そこに多少の不満はあれど、迷いはあるはずもない。
音羽が、自分の隣でずっと笑っていること。それが、雲雀の中での最重要事項なのだから。
だがそうは言っても、元来束縛を嫌う雲雀が己の意志や行動を少なからず“他者に左右されている”というのは紛れもない事実だ。スケジュール通りに事を運び、予定外の事が起きれば臨機応変に対処しなければならない。
音羽に関係しない部分に於いては責任など感じないが、彼女が絡むことになると話は変わる。自由に動ける部分もあれば、動けない部分も当然のようにあるのだ。
しかし、“決められた戦いの中”で、雲雀は自由だ。何を考えることもない、ただいつも通りに気に入らない相手を咬み殺すだけ。
だからこそ、その“決められた戦い”の相手は、強ければ強いほど良かった。雲雀の欲求を満たしてくれるような強者であれば、この計画に於いての雲雀の数少ない楽しみが増える。
だが……目の前のこの男では、雲雀の戦いに対する欲求を完全に満たすことは出来ないだろう。今はまだ、こちらに攻撃を繰り出す余裕があるが、もう少し雲雀が動きを速めれば向こうは防戦に徹するはずだ。
雲雀はヒュッ、と素早くトンファーを引く。次に強い打撃が来ると感じ取ったのだろう。
「チッ、」
γは険しい顔で舌打ちし、リングに灯した雷の炎をさらに放出して防御の姿勢を取った。が、それも計算の内である。
雲雀は右手に握ったトンファーの炎を強めると、躊躇いなくそれを振り下ろした。雲の炎を纏った雲雀のトンファーは、硬度で勝る雷の炎を容易く破りγを捉える。
「!!」
刹那、バキッ!! と生々しい音を立て、雲雀はγの頬を殴打した。勢いで彼の身体は後方に吹き飛び、辺りに土煙が舞う。
――外した。
手応えの無さに、雲雀は僅かに眉を寄せた。こちらが雷の防御を破った瞬間、γは獄寺隼人らとの戦いで既に開匣していたビリヤードボールの匣兵器で更にガードして、直撃を避けたのだ。
――こうでなければ面白くない。
雲雀は自然と口の端を吊り上げて、トンファーを構えたまま眼前を見据える。
「立ちなよ」
声を掛けると、土煙の向こうでゆらりと影が蠢いた。
「上手くダメージを逃がしたね」
「……ふ〜〜、流石だ。もし守護者だったなら、最強だって噂も本当らしいな。……いやー、まいった……」
γは口の端から血を零し、軽い口調とは裏腹に険しい表情で雲雀の前に現れる。彼の目が雲雀を捉えたとき、そこに殺気が漲った。
「――楽しくなってきやがったぜ」
γはニッと笑みを浮かべてキューを構えると、雷の炎を纏って宙に浮いている白い手球を勢いよく
カッ! と弾け飛んだ手球は的球に当たり、それから一瞬間の内に的球同士がぶつかり合って、雲雀に襲い掛かってきた。ヒュン! と飛んできた一つの球をサッと躱すと、次の球が間髪入れずに飛んでくる。
「……!」
腕、頭、脚――。目と鼻の先までもを勢いづいた球が掠め、雲雀は僅かに目を見開いた。
四方八方から、電流を帯びた球が飛んでくる。ぶつかり合う球同士は止まることなく、雲雀が誤った方向に動けば、直撃は免れないだろう。咄嗟の動きが読みにくいうえ、対象物が小さいので防御もし辛い。
しかし――。
雲雀は、さっと周囲に視線を巡らせる。
「生憎、このショットの軌道には人が生きられるだけの隙間がないんだ」
「……へぇ……」
動きを止めた雲雀に、γは勝利の一端を見つけたとでも思ったのか、どこか得意げな様子で言った。雲雀はつ、と目を細めて気のない返事をしながら、ひらりひらりと飛んでくる球を確実に避ける。
常に流動している全ての球の動きを観察し、雲雀は一つの道を見つけた。そのまま、流れるような動きで駆け出す。
「それはどうかな」
「3番ボール」
γが言うと、バチバチと電気を放つ3番の的球がこちらに向かって飛んできた。雲雀はすぐさま左のトンファーを構え、それを受け止める。
しかし、勢いに乗った電気の球は雲の炎を破り、金属で出来たトンファーの表面部を砕いて雲雀の腕にめり込んだ。
「ぐっ……!」
腕からブシャッ!と血が噴き出し、痛みというより衝撃を受けた反動で、雲雀から微かに声が漏れる。
「ビンゴ」
聞こえてきたγの声に、雲雀はふっと笑みを浮かべた。トンファーに当たった球を弾き返しながら、雲雀は再び前へと走る。
「確かに全ては避けきれそうにない。だから、当たるのはこの一球だけって決めたのさ」
「……!」
雲雀の言葉に、γの顔から余裕が消えた。
彼もようやく気付いたのだろう。雲雀が最小限のダメージで済むルートを見切り、当たると決めた一つの球をガードするため、左手にだけ防御の炎を集中させていたことに。
次で終わりだ――雲雀が思ったそのとき、γが不意に目を細めた。
「……これで終わりだと思うなよ。お前の弱点は一応聞いているんでね。――8番ボール!」
「!! ――音羽!!」
γの声に雲雀がハッとした瞬間、8番の的球が音羽に向けて勢いよく弾け飛んだ。
◇
雲雀とγの激しい応戦を横目に見ながら、音羽と草壁は倒れている二人の元に何とか辿り着くことが出来た。血に濡れた地面に膝をつきながら、音羽は二人の顔を覗き込む。
「……っそんな……」
倒れ伏した二人を見て、音羽はつい驚嘆の声を漏らしてしまった。
それは草壁の言った通り、そこにいたのが獄寺と山本の二人だったというのもあるし、彼等の怪我があまりに酷かったせいもある。けれど、一番驚いてしまったのは彼等の顔立ちだった。
二人はどういう訳か、この前見たときよりも若く、幼い顔つきになっていたのだ。遠目から見て違和感を覚えたのは、恐らくこのため。
二人とも面影はそのままあるものの、気を失って眠っている顔はあどけない。背格好も、全体的に小さくなっている気がする。
……中学生頃の彼等、だろうか? でも、もしそうだとしたならば、約十年前の二人がここにいるということになる。
「まさかそんな……。一体どういうことでしょう……?」
草壁も驚きを隠せない様子で目を丸くしていた。彼にも原因に心当たりはないらしい。
どうして、この姿の二人がここにいるのか。音羽が少し考えてみたところで分かる訳もない。
しかし、今ここで負傷している彼等は、音羽のよく知る獄寺と山本で間違いなかった。それだけははっきりしていて、音羽は急いで二人の首筋に手を当てる。
脈は――確かだ。出血はかなりしているけれど、命に別状はない。
「……草壁さん、二人をもう少し奥に運んでくれませんか? ここだと、戦いに巻き込まれてしまうかもしれません」
「分かりました」
音羽が側に屈んでいた草壁を振り返ると、彼はすぐに快諾して二人を林の奥へ運んでくれた。
「……」
仰向けに並んで寝転んだ二人の間に座り、音羽はふぅっと軽く呼吸を繰り返した。ちらと顔を上げて前を見ると、向こうで雲雀が戦っている姿が見える。
音羽は視線を落として目を瞑り、両手を胸の前で静かに組んで意識を集中させた。すぐに胸の辺りがポゥと温かくなって、音羽の全身に少しずつその温かさが広がっていく。
その温もりは音羽の体内を巡り終えると、徐々にその周囲へと溢れていった。両隣にいる獄寺と山本のことを思いながら、彼等の怪我に意識を向ける。
内臓へのダメージと、数か所の骨折。かなりの強さで一方的に痛め付けられたのだということが、彼等の怪我の度合いからも伝わってくる。
音羽から溢れた温もりは彼等を包み、ゆっくりとその体を癒していった。体の表面的な怪我はすぐに治っていくものの、臓器や骨という根幹部分を完全に修復させるには、少し時間が掛かる。
音羽は祈るように目を閉じて集中し、彼等の傷を塞いでいった。やがて、ある程度の手応えを感じて、音羽はうっすらと瞳を開ける。
音羽を中心に広がった透明の光のドームは、獄寺と山本をすっぽり包み込んでいた。二人の表情も呼吸も、さっきより随分穏やかなものになっている。
音羽が安心してほっと身体の力を抜くと、光のドームが上からすーっと薄くなって消え、周囲にキラキラした光の粒が落ちてきた。
「お疲れ様です、音羽さん」
草壁にそう声を掛けられ、音羽は思わず苦笑する。
「ありがとうございます、草壁さん。ひとまず、治療はもう大丈夫だと思うんですけど……。かなり酷い怪我だったので、目が覚めるにはもう少し時間が掛かるかもしれません」
「そうですか……。では、恭さんの戦いが終わったら、自分がお二人をボンゴレまで運びましょう」
「? ボンゴレのアジトにですか……? でも、この近くにボンゴレのハッチはなかったような……」
草壁の申し出に首を傾げながら、音羽はいくつかあるボンゴレアジトの出入り口の場所を思い出す。
今いる並盛神社には雲雀のアジトへの出入り口があるが、ボンゴレアジトに繋がるハッチは付近にない。いくら草壁が力持ちだとは言え、ボンゴレのハッチまで二人を抱えて行くのは、今の並盛の状況を考えると無謀ではないだろうか。
怪訝な顔をして考えていると、今度は草壁が苦笑した。
「ああ、そうでした……。恭さんの意向で音羽さんにはお伝えしていなかったのですが、我々のアジトとボンゴレのアジトは、地下で繋がっているんです」
「! そうなんですか……! それなら良かったです……けど、一体どうして……?」
どうして、雲雀は音羽にそのことを伝えなかったのだろう?
雲雀のアジトとボンゴレのアジトが繋がっている、なんて、特別隠す必要があるようには思えない。
第一、これまで雲雀のアジト滞在中にボンゴレアジトに出向く用件があったときは、わざわざ一度地上に出て移動していたのだ。雲雀のアジトとボンゴレアジトが繋がっていたのなら、直接行けば早かったはずなのに、と音羽は色々疑問に思いながら草壁を見る。
すると彼は、音羽の視線を受けて困ったように眉尻を下げて答えてくれた。
「自分からお伝えするのは、少々気が引けるのですが……。恭さん曰く、音羽さんがこのことを知れば頻繁にボンゴレに出入りするだろうから、だそうです。……そもそも、アジト建設時にボンゴレとは不可侵規定を結んだくらいなので、余程のことがない限りボンゴレに繋がる通路を使う気はなかったのでしょう」
「…………」
草壁の説明に、妙に納得してしまって口を噤んだ。
確かにボンゴレと繋がっている通路があると知れば、音羽はもっと頻繁にボンゴレに行っていたかもしれない。ボンゴレアジトには大きな図書室や資料室もあるし、たまに京子やハルたちが遊びに来ていることもあった。
ツナに任務の件で確認したいことがあればすぐに行って聞くことも出来るし、音羽がその通路を使う頻度はきっと多くなっていただろう。
音羽が他の人間と群れるのを嫌っている雲雀なら、それは充分あり得る理由だ。アジト建設時から早々に不可侵規定を結んでいたというのも、物凄く雲雀らしい。
でも、やっぱりほんの少しだけ寂しさを感じて、音羽はそっと目を伏せた。
ここ最近特に言えることだけれど、雲雀は音羽に対して秘密にしていることが多いように感じる。雲雀のことを信じているし、困らせたくないので深く聞こうとは思わない。
しかし、これだけずっと一緒にいるのだ。自分にも何か、彼の役に立てることがないだろうかとつい思ってしまう。
もし彼に何か負担があるなら、音羽にも半分分けて欲しいと思うし、彼と一緒に、並んで歩いて行きたい。
――私、やっぱり頼りないかな……。
「……!」
不意に胸の中に浮かんだ自分の言葉に、音羽は思わず目を見開いた。
少し寂しさを感じているのは確かだけれど、それを悲観しているつもりではなくて。だから、胸中に零れた自分の言葉が自分でも意外だったのだ。
つい出てしまった弱気な想いを払うように、音羽はゆるゆると首を振る。音羽が雲雀を信じているように、雲雀も音羽のことを信じてくれている。それは、彼と一緒にいてはっきりと感じていることだ。
それなら、もし本当に音羽の力が必要になったそのときには、きっと雲雀も、音羽を求めてくれるはずである。――ただ、今がその時ではないというだけ。
――もし、恭弥さんが私の力を必要としてくれたときには、私も全力で応えたい……。
つまる所、今の音羽に出来ることはやはり雲雀を信じてついて行くことなのだと、音羽は心の中で秘かに再確認した。
必要なときに必要なだけ、彼を助けられるように。
音羽は音羽で自分に出来ることを頑張れば、今はそれでいいのだと思う。
音羽がよし、と気を取り直した、丁度そのときだった。
「――音羽!!」
唐突に、珍しく焦燥した雲雀の声に名前を呼ばれ、音羽はパッと顔を上げる。
「!?」
眼前に迫ってくるそれに、目を見開いた。
γの匣兵器――雷の炎を纏ったビリヤードの的球が、勢いよくこちらに飛んで来ていたのだ。それを認識した瞬間、音羽の頭の中で様々な思考が駆け巡った。
雲雀の焦った声の意味、あれが直撃したらどうなるか、視界の端で音羽を庇おうと動き出した草壁、そしてまだ目覚めていない獄寺と山本に、もし当たってしまったら――。
一秒にも満たない間に考えが巡り、音羽は咄嗟に眼前へと手を伸ばす。
音羽の手の平からパッと光が溢れ出たのと同時に、バリバリと劈くような音を立てる的球が、音羽目掛けてぶち当たった。