38話 怒りの炎

 リボーンは観覧席に立って、校舎の壁に設置されたモニターを見上げていた。

 そこに映っているのは他でもない、自身の生徒ツナである。ツナは現在ザンザスの連射攻撃を受け、バジルとの特訓で会得した技――『零地点突破』と使おうとしていた。

 技を使う前に、炎が不規則にノッキングする零地点突破。

 特徴的なその炎の明滅を見たザンザスはどういう訳かこの技を知っていたようで、途端に顔色を変え、先程以上に素早くツナに猛攻を仕掛けている。
 
 が、ツナも諦めていない。ザンザスの打撃技を受けたり躱したりして――ようやく、特訓し続けてきたその技を成功させた。
 
 ツナはザンザスの憤怒の炎を蓄えた銃撃を受けたにも関わらず、額とグローブから死ぬ気の炎を溢れさせ、再び立ち上がったのだ。


「どーなってやがる! 確かに、ツナは直撃を食らったはずだぜ、コラ!」

 隣にいたコロネロが、モニターを見上げて声を上げる。リボーンは画面越しのツナを見据たまま口の端を持ち上げた。

「ザンザスの憤怒の炎を中和したんだ。死ぬ気の炎の逆の状態になってな」

「! 死ぬ気の逆……?」

「ああ、マイナスの状態とも言うけどな。死ぬ気の零地点突破とは、普段のニュートラルな状態を0地点。死ぬ気になって炎が出ている状態をプラスとした場合、それとは逆のマイナスの状態になる境地のことなんだ」

「マイナス……? つまり何もしてないときより、さらに死ぬ気が空っぽってことか?」

 首を傾げるシャマルに、リボーンは頷く。

「そうだぞ。そして空になった分は敵の炎を受けても吸収して、ダメージをなくしちまえるんだ」


『――それが……初代が使ったという、死ぬ気の零地点突破か』

『そうだ』

 モニターの向こうから声が聞こえて、リボーンは視線を戻した。ザンザスはツナの答えに、ニヤリと口を歪めている。

『ふっふっふっ……ぶっはっはっは!! こいつぁケッサクだぁ!!!』

『!?』

 ザンザスは声高に嘲笑すると、冷えた眼差しをツナに投げた。

『誰に吹き込まれたかは知らんが、零地点突破はそんな技ではない!!』

『!!』

『本物とは似ても似つかねえな。考えてもみろ、腐ってもボンゴレの奥義だぞ。使い手がそれほどダメージを受けるチャチな技な訳ねえだろ!!!』


「っ……知ったようなことを……!」

 画面越しにザンザスの言葉を聞いたバジルが、悔しげに唇を噛む。……だが、否定は出来ない。リボーンはボロボロになっているツナを見つめた。

「確かに、奴の言う通りだ。ツナは憤怒の炎を吸収しきれず摩耗している。こいつを使っても、勝ち目はなさそうだ……」

「そんな……っ!」

「リスキー過ぎるしな。死ぬ気の逆とは、強制的に生命力を枯渇させる危険な状態であるうえに、敵の攻撃を受けるタイミングを間違えば直撃を食らう」

「で……ですが、リボーンさん……! 拙者たちは、この技を目指して修行してきたんじゃないんですか!?」

 バジルは血の気の引いた顔で叫ぶように言う。彼の顔を一瞥したあと、リボーンは前を向き直って答えた。

「そうだとも言えるが……違うとも言えるな……。死ぬ気の零地点突破は初代が使った“技”という印象が強いが、正確には技を導くための、死ぬ気とは逆にある“境地”のことだ」

「境地?」

 コロネロが繰り返す。

「もしツナがその境地に達していたとしても、編み出される技は初代と違う可能性がある」

「そ、そんな……! では、失敗なんですか!? 沢田殿は……何のために、あれほど厳しい修行を……!」

「…………」

 リボーンが率直に言えば、バジルは握りしめた拳を震わせて俯いた。


 現実は、いつも大抵甘くはない。

 だが、ツナと一緒にこれまで修行に励んできた彼の気持ちは、リボーンにもよく分かった。だからこそ何も言わない。


 モニターに視線を戻し、リボーンは教え子の姿を見守った。ツナの瞳は、まだ何も捨ててはいないと訴えるように、力強く輝いている。

『終わりだ、カス。灰になるまで撃ちこんでやるぞ』

『しっかり狙えよ』

『何……?』

 ザンザスが銃に炎を溜め込むと、ツナは眉間に皺を寄せてはっきり言った。ザンザスが顔を顰める。

『次は上手く、やってみせる』

 ツナは呟き、自身の前に両手を出して――先ほどの零地点突破の構えを取った。
 そして、相手の方に向けていた両手のひら。その左の手のひらだけを自分の方に裏返し、これまでとは違う構えにする。

 再びノッキングするツナの炎。彼の瞳には怯えも恐怖も、絶望もない。――リボーンはニッと笑った。

「ブラッド・オブ・ボンゴレ。ツナの超直感が、何かを見つけたらしいな」

 ――そう、現実はいつも大抵甘くはない。
 だが、簡単に希望を振り捨ててしまえるほど、悪いものでもないのだ。いつだって。


『零地点突破――改』







「…………」

 音羽を抱えて校舎の廊下を歩いていた雲雀は、教室の窓の向こうに広がるグラウンドを、少しの間だけ足を止めて見ていた。

 沢田綱吉はボス猿――ザンザスと睨み合い、額に灯した炎を瞬かせている。すっと地面に真っ直ぐ立ったその姿に、屈した様子は見られない。だが、傷だらけになっている所を見る限り、次で決定的な一撃を与えられなければ厳しいだろう。


「――っ」

 思っていると軽い眩暈に襲われて、雲雀は眉を寄せた。側の壁に身体を寄せて凭れ、静かに息を吐き出す。


 さっきの負傷は、予想以上に深く響いていた。止血はしているが傷が塞がらない限り、どうしてもそれは動くたびに()み出てしまう。加えて動けない音羽を抱えてもいるのだ、当然消費する体力は増えていた。

 
 ……しかし、ここで自分が倒れる訳にはいかない。雲雀は視線を落として、自分より随分苦しげに呼吸している音羽を見る。

 毒が注入されて、既に十分少々経過しているだろうか。三十分で死に至るという猛毒だけあって、回りが早い。音羽の頬の赤みは先ほどより増している気がするし、体温も高くなっていた。呼吸の浅さなど言う間でもない。


 雲雀も、さすがに焦燥を覚える。

 残された時間は、あと二十分もないだろう。その間に天のリングを見つけなければ――音羽の命はない。


 雲雀は壁から身体を離し、音羽の身体を抱え直して再び歩き出した。
 
 怪我さえしていなければ、音羽を抱えたままでも走ることが出来ただろう。そうすれば、もっと早くリングを見つけられる……。

 だがいくらそう思っても、結局いま出来ることは一つだけだ。


「……、……」

 雲雀が廊下の角を一つ曲がると、音羽が不意にゆっくりと瞼を持ち上げた。

 彼女は顔を上げるのさえしんどそうにして、熱に浮かされた潤んだ瞳でじっと雲雀を見上げてくる。

「……雲雀、さ…………て……」

「……何?」

 音羽が微かに唇を動かして、か細い声を発した。けれど、掠れていて聞き取れない。雲雀は腕の中の彼女を見つめ、耳を澄ませた。

 音羽はこくんと喉を鳴らすと、今度はさっきよりも、聞き取りやすい声で。


「……私、を……置いて……、いって……」

「!」


 紡がれた言葉に、雲雀は目を瞠った。

 彼女を見れば、その顔は大真面目だ。
 きっとこの意識のはっきりしない状態でも、雲雀が怪我でふらついていることに気が付いているのだろう。自分が、雲雀の足手纏いになっていると思っている。

 迷惑をかけたくない、と音羽の目が悲しそうに言っていた。

 ――だが、雲雀の答えなど最初から一つしか存在しない。


 雲雀は音羽から視線を上げて、緩めていた歩調を元に戻した。

「っ……!」

 声を発せない代わりに、音羽が制服を掴んでくる。あまりに弱いその力は掴むと言うより寧ろ握る程度のものだったが、彼女の確かな反抗の意思が窺えた。

 もう一度見てみれば、音羽は狼狽えて泣きそうになっている。……それほど雲雀の怪我を心配しているのだ、それがよく伝わってくる。

 しかし、それは雲雀も同じこと。本当なら、彼女にそれを滔々と教えたい。


「君を置いていく選択肢は、僕の中にはないよ。君が何と言おうとね」

「!」

 伝える代りにきっぱりそう言い切ると、音羽は丸い目を見開いた。たちまちそこに浮かぶ涙。彼女の素直な感情の発露に、雲雀はつい表情を緩める。

「君は必ず助ける。だから、黙って僕に身を任せてなよ」

「……っ……」

 音羽は息を呑んで雲雀を見つめ、やがてこくんと小さく頷いた。

 さっきまで辛そうなだけだったその顔に、ほんの少しだけ笑みが浮かんで安堵する。制服を握ってくる心もとない手にはきゅ、と小さく力が籠り、音羽は雲雀の胸にそっと身を寄せてきた。

 湧き上がる愛しさは、自分の中の彼女の存在が、あまりに大きいことを示す何よりの証だろう。だからこそたった一人の――音羽を、守り抜きたい。

 雲雀は音羽をしっかりと抱きかかえ、ここから一番近い雨のポールの元へ急いだ。







 零地点突破。ツナが構えを変えると、ザンザスは鼻で笑った。

「ふっ、まだ零地点突破と抜かしやがるか……。何度ハッタリをかませば気が済む、本物の零地点突破にそんな構えはねえ!!」

「オレは、オレの零地点突破を貫くだけだ」

 さっきから、まるで“本物”を知っていると言わんばかりのザンザスに、ツナは少しも揺らがなかった。
 自分の中に、確かな答えがあったからだ。これでいいと、本能が告げている。

「全くこざかしいカスだ……。二度とその名を言えぬよう、かっ消してやる」

 ザンザスは苛立ちと憎しみを露わにすると、銃を取り出した。その筒口を真横に向け、そのまま炎を発射する。

「次元の差を――」

「!? くっ……!!」

 炎の勢いに乗ったザンザスは、まるで瞬間移動でもしたかのようにいきなりツナの目の前に現れると、腹に強烈な蹴りを入れてきた。

 ツナは後方に投げ飛ばされ、地面に身体を打ち付ける直前に何とか体勢を立て直す。が、ザンザスは休む暇など与えてくれない。

 彼はツナの正面に飛ぶと、銃口をこちらに向けてきた。

「――思い知れ!!!」

「!!」

 ザンザスの怒号に近い叫びとともに、憤怒の炎を取り込んだ銃弾がツナに迫った。





 ――ドゴオォォッ!!!

 炎の銃弾は沢田綱吉に直撃し、爆音が辺りを包んだ。巻き起こった煙が少年の姿を覆い隠し、ザンザスは着地してすぐ後方を振り返る。

 風が煙を運んでいくと、沢田綱吉はグラウンドの地面を抉って倒れていた。だが――その額に灯る死ぬ気の炎が消えることはない。奴は荒く息をしながら立ち上がる。

「よく残ったと言いてえが……やはりダメージを吸収しきれてねぇ。何が改だ、話にならんな」

 ザンザスは再び両手の銃を構え、片方を地面に撃った。身体が宙に飛翔し、続けてもう片方の銃口で沢田綱吉を捉え引き金を引く。

炎の蕾(ボッチョーロ・ディ・フィアンマ)!!!」

「ぐああぁ!!」

 集中して噴射された炎は、沢田綱吉にぶち当たった。もう飛べもしない、炎を吸収することもできない奴は、脇腹に傷を負う。致命傷にはならない傷だ、簡単に殺しはしない。

「ふはははは!! 絶望を味わえ、クソモドキが!!!」

 ザンザスは続けて何発も撃ちまくった。沢田綱吉を嬲り殺すために。地上で、煙が轟々と立ち昇る。


 ――しかし。

「!?」

 沢田綱吉は爆撃の中でまだヨロヨロと立ち上がった。ゆらりと向けられる、奴の炎と同じ色をした瞳。ザンザスは眉を顰めた。

 ――この絶望的状況で、あの面……あの目!! 同じだ……あの時の老いぼれと……。ふざけやがって、カスが……!!

 頭の中を過った面影に、ザンザスは唇を噛みしめる。

 腹の中に、闇よりも巨大でどす黒い怒りと憎しみが湧いてきた。果てないそれはいかなるときも糧となり、銃に込める炎になる。

「どいつもこいつも、カスの分際で!!! オレに楯突くんじゃねぇ!!!」

 カッと目を見開いて、ザンザスは再び狙いを定めた。

決別の一撃(コルポ・ダッディオ)!!!」

 両の銃を前に突き出し、同時に撃つ。二丁の銃口から勢いよく放たれた憤怒の炎は、合わさって球状に膨らみ威力を増して、沢田綱吉に襲い掛かった。


『沢田殿ーー!!』

 これまでの比ではない大爆発と轟音に、観覧席にいる家光の部下が叫んでいる。奴らにとって最悪な景色が見れるだろう。

「永遠に散ってやがれ……ドカスが……!」

 噴射の勢いで上に舞ったザンザスは空中で身を翻し、沢田綱吉のいた場所を背に着地した。さすがに炎を使い過ぎたか、消耗感じる。ザンザスは初めて息が上がっていた。

 だが、これで奴は消えただろう。煙が晴れれば消し炭だ。そう思って、ザンザスが腕を下ろしたとき。


 ――ボウッ。

「!!!」

 背後で、炎の灯る音がした。

 振り返れば、そこに再び立ち上がった沢田綱吉の姿がある。

「――次は、オレの番だ。ザンザス」

「何!!」

 ザンザスが息を呑んだときにはもう、奴の死ぬ気の炎を灯した拳が、目の前に。


「くっ……死にぞこないが!!!」

 すぐさま銃を取り出して、ザンザスは炎を噴射させ上空に舞い上がった。充分に距離を取ったあと、銃口を下に向けて沢田綱吉を狙う、と。

「!?」

 まだ地上にいたはずの奴はこちらのスピードに追い付いて、いつの間にかザンザスの真下に張り付いている。気が付いた時にはもう――その蹴りが顎を直撃していた。

「がっ……!」

 衝撃とともに走る痛み。だが、すぐに体勢を整えて地面に着地する。口の端から流れる血を手の甲で拭って、ザンザスは再び銃を構えた。

「おのれ……!!」

 沢田綱吉は空中で――まがいの零地点突破・改の構えを取っている。狙いを定め、連続して引き金を引いた。

炎の鉄槌(マルテーロ・ディ・フィアンマ)!!!」

 一撃、二撃、三撃、撃ち込み続ける炎の弾丸はやがて塊になって奴を呑み込む。広がる爆音と灰色に巻き起こる硝煙。
 流石に死んだか――と思ったが、なぜか煙ごと、宙に吸い込まれるように消えていく。

「!!」

 ザンザスは目を見開いた。


 沢田綱吉はザンザスの炎を吸収し、空高くに浮いていたのだ。その身体から、これまでにないほど大きな炎がぶわっと溢れ出し、奴自身を包み込む。
 ――それは、沢田綱吉がザンザスの炎を吸収し、己のエネルギーへと変換していることを示していた。


 怒りに。

 あの目に、銃を持つ手が震え出す。

「こんな事が――こんな事が……あるわけがねえ!!!!」

 ザンザスは叫び、地に降りてきた沢田綱吉に飛びかかった。瞬時に応戦した相手は、腕でこちらの拳を受け止め、振り払う。ザンザスが体勢を崩したところで、奴のもう片方の拳が振り抜かれた。

「がはぁ!!!」

 顔面を殴打され、ザンザスは血を吐きながら後方の校舎に向かって飛ばされた。








 雲雀は音羽を連れて、離れの校舎B棟まで来ていた。建物に近付いても、中から物音は聞こえてこない。

 あのあと、金髪の彼はここへは来なかったようだ。……或いは、既にリングを奪って行ったあとか。


 雲雀は音羽を抱えたまま器用に手を使って、B棟の扉を開けた。キィと軋んだ音を立てて開いた扉の向こうは薄暗く、静寂が落ちている。雨戦では水に浸かっていた校舎だが、今は水抜きもされていた。

 ただ、何度見てもあまりに無残な荒れようだ。壁も天井も抜かれたままで、コンクリートの柱までボロボロに傷んでいる。雲雀は眉を寄せながら、静かに中に入って行った。

 
 巨大なポールは、そのままの形でそこに聳え立っていた。登るより倒す方が断然容易いそれが残っているということは、まだ誰も来ていないということだ。ポールの側には山本武が倒れていて、息をしている。

 雲雀は音羽を一度床に降ろし、負担が少ない体勢で壁に凭せ掛けた。「待ってて」と囁くと、音羽は頷く。それを見届けて、雲雀は踵を返した。

 
 このポールに、天のリングがあればいい。

 神や仏なんて信じてないが、願う気持ちでトンファーを取り出し、振るう。やかましい金属音を響かせながらポールの脚を殴り続けていると、程なくしてそれは倒れた。


「っ……」

 また腕の傷口から血が溢れ出し、雲雀は歯を食いしばる。激しく動くとすぐだ、両手を使えなかった分、止血が甘かったかもしれない。

 視界が僅かに霞んだが、雲雀はポールから転がり落ちたリングを拾いに行った。

 ……キラリと光るそれは、一つ。
 天のリングは、ここにはなかった。


 思わず舌打ちしながら雨のリングを拾い――雲雀は半身後ろを振り返って、そこに倒れている人間、山本武を見る。

 彼を助ける義理などないが、校内で生徒が死ぬのは雲雀の望む所ではない。だから、彼の方に歩み寄ってその側に屈んだ。


「っ……雲雀、だったのか……ありがとな……」

 こちらの気配に気付いて顔を上げた彼は、雲雀を見ると苦笑した。草食動物たちのなかでも体力がある方のこの男が、雲雀を見る余裕もないほど動けずにいる。

 だとしたら音羽が今受けている苦痛は、雲雀の受けたそれよりも大きいだろう。自分より華奢な身体で、彼女は今も戦っている。


 雲雀は険しく目を細め、山本武のリストバンドの窪みに雨のリングを差し込んだ。

 そのまま雨のリングを側に置き、立ち上がる。雲雀が身を翻して音羽の元へ戻り、彼女の前に屈んだ頃には、山本武はもう上体を起こして会話が出来る程度になっていた。

「サンキュ……! 助かったぜ、雲雀」

「君のためじゃない。ついでだよ」

「ついで、って……。! 片桐、まだ解毒できてねーのか!?」

 彼は音羽の姿を見つけたのか、こちらに向かって慌てて走って来る。音羽の顔色を確かめていた雲雀は、振り返って彼を睨んだ。

「見て分からないかい? ……もう余り時間がない。ここに天のリングがあるかと思って来てみたけど、無駄足だったね」

「片桐……」

 山本武は音羽と雲雀を交互に見ると、やがて肩に掛けていた刀袋を握りしめた。

「……雲雀。オレも、片桐のリングを探すぜ! お前もその怪我じゃ片桐を抱えて走れねーだろ? 時間もねーし、オレが片桐を抱えて行ってもいいけど……、それはお前が許さねーよな?」

「当然だよ。音羽に触っていいのは僕だけだ」

「ははっ、だよな……。じゃあ、オレは先に天のリングを探しに行く。ついでに他の奴らと合流してリングを集められるかもしんねーから、雲雀のリングも預かっていいか?」

「…………」

 承諾もしていないうちに話が進んでいるのが気に入らないが、今だけは仕方ない。

 雲雀は山本武をまじまじ見たあと、ポケットに手を突っ込んだ。雲のリングを取り出して、彼に差し出す。

「サンキュ! よし、じゃあ先に行ってるぜ! 雲雀も顔色悪いからさ、休めたら少し休んでから来いよ!じゃあな!」

 山本武はリングを仕舞い快活に笑うと、B棟の扉を開けて出て行った。


 雲雀は後ろを振り返り、音羽の顔を覗き込む。

 赤く染まった頬に触れると、さっきよりも熱が増しているような気がした。……残り時間は、あと十五分あるか、ないか。

「――休んでなんていられないな」

 雲雀は呟き、再び音羽の身体を抱き上げた。







「――はあ、はあ……!」

 B棟を出た山本は、校舎の薄暗い廊下を息を切らして走っていた。

 急がなければ、音羽の命が危ない。早くリングを見つけなければ。


 リストバンドのモニターを見て、獄寺とランボが無事らしいのは知っている。だが、その二人と雲雀、音羽、その四人以外の守護者の状況は分からない。だから、しらみ潰しにリングを探すしかないだろう。

「っ、参ったな……傷口から血が滲んできやがった……」

 いつもよりスピードを落として走っているものの、脇腹にズキズキした痛みを感じて苦笑した。シャツの上にじわりと染みた赤い所を押さえながら走っていると、やがて渡り廊下までやって来る。

 一番近い所にある体育館を目指し、外に出ると。


「――てめえ、誰だ!?」

 反対側の校舎の向こうから聞き慣れた声がして、山本は思わず足を止めた。

「獄寺!」

「や、山本!」

 二人は傷だらけながらも無事な様子の互いを見つけ、すぐに駆け寄る。

「無事だったのか」

「ああ、雲雀が助けてくれたんだ。片桐のついでだけどな」

「なっ……お前もかよ。あいつ、オレたちに貸し作って何企んでんだ……? ! つーか、片桐は!? 無事なのか!?」

 獄寺は顔色を変え、引き攣った表情で尋ねてきた。山本は首を横に振る。

「いや……実は、片桐はまだ解毒が出来てねーんだ。動けねー状態だから、雲雀が運んで天のリングを探してる。でも、雲雀の傷も結構深そうだったからな……急がねーとまずい」

「なっ……片桐……!」

 獄寺は焦燥した表情で、ぐっと拳を握っていた。山本は彼を見ながら、ポケットに手を入れる。

「雲雀のリングは預かってきた。オレが持ってるのは雲と、雨のリングだ」

「アホ牛と芝生頭は無事だぜ。だが、どちらにも天のリングはなかった……」

「……ってことは、」

 手のひらに載せた互いのリングを突き合わせ、二人は顔を見合わせる。

「――霧だ!!」

「! あの娘か!」

「ああ、体育館だ!」

 二人は頷き、駆け出した。

 救う守護者は、あと二人。二つのリングは、霧のフィールドに残っている。
 






 ――グラウンドでは、ツナに殴られて吹っ飛んだザンザスが、血を拭いながら起き上がった所だった。彼は息を切らしながら、燃えるような瞳でツナを睨んでいる。

『……このオレが、まがいモノの零地点突破ごときに……。あんな、カスごときに……』

 その瞳のギラギラした光は、モニター越しのリボーンにもはっきりと捉えることが出来た。

 だが、ザンザスに憎悪が消えないように、ツナも闘志を失ってはいない。強い眼差しでザンザスを見据え、いつでも応戦できる構えを取っている。

 ツナの真っ直ぐなその瞳を見ると――ザンザスは目を剥いた。

『くそが……くそが……!! このカス野郎があぁ!!!』

 咆哮と共に放たれたのは、画面越しでも分かるほどの凄まじい殺気。途端、ザンザスの風貌が見る間に変わっていく。

 痣のような古傷――それが、彼の顔や身体に一瞬で広がったのだ。


 立ち上がったザンザスの手に、また憤怒の炎の光が宿り始める。風が立ち込め、彼の上着を忙しなくはためかせた。

 彼の二丁拳銃は、金にも近いオレンジ色の炎を喰らい続けて、煌々と光りだす。そうして、

『ぶっ殺す!!!!』

 ザンザスが叫んだ瞬間、ゴオオッ!! と音を立てて風が巻き起こった。


 その光景はまるで、彼の怒りと憎しみがそのまま外に溢れ出しているようだった。その身体の中では収まり切らないものが、炎となって彼に力を与えている。


「なんて奴だ……。ここにきて更に炎が増幅してやがる」

「奴の実力は底なしか」

 リボーンとコロネロが、口を曲げて言ったとき。


「――あれは怒りだあ……」


「! こ、この声は……!」

 突如背後からした声に、バジルがすぐ青褪めた。

 観覧席にいた一同が振り返ると、そこにいたのは――。

 
 ディーノと、そして全身を包帯で覆われて、車椅子に縛り付けられるように座っている――スクアーロ、だった。


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