18話 繋がる心
――ツナは顔を青褪めさせて、その場に立ち尽くしていた。
ついに骸を倒し、ようやく平和な日常に戻れるというのに。ツナの胸には、果てのない靄みたいなものが一面にかかっている。
骸の憑依が解けた犬と千種から聞いた、三人の過去。かつていたエストラーネオファミリーで、彼等が人体実験のモルモットにされていた事実。
それを聞いて戦慄したのも束の間、三人は
彼等はこれから、罪を裁かれ罰を受けるらしい。
骸たちのした事は、決して許されることではない。が、彼等にも、ツナには想像もつかないような壮絶な過去があった。
そして、彼等がこれから裁きを受けるのかと思うと――どこか複雑な気持ちになってしまう。
同時にまた、ツナはマフィアの世界の恐ろしさを肌に感じて、ぞっとしていた。
「…………」
「おまたせしました!怪我人は!?」
「医療班が来たな」
考えながらツナが立ち尽くしていると、ボンゴレの医療班が室内に入って来た。すぐさま倒れていた全員が担架に乗せられ、外に運び出されて行く。
「だ、大丈夫かな……?」
「心配すんな、超一流の医療班だ」
「みんな……」
次々と運ばれていく仲間たちを、不安に思いつつ見守っていたツナだったが――。
「いっ!?いででででででっ!!」
突如全身を襲った激しい筋肉痛に、ツナは悲鳴を上げてへたり込んだ。
「いてぇ!?何コレ!?」
「小言弾のバトルモードは、凄まじく身体を酷使するからな。身体への負担が、痛みとなって返ってきたんだ」
「うそぉ!?いでーー!!助けて!!――がっ」
「……余りの痛みに気を失いやがった、がっつり鍛えねーとな。……でも、九代目の指令はクリアだぞ。よくやったな、ツナ。オレも家庭教師として……ねむい、ぞ」
地べたに倒れたツナを見ながら、リボーンはふ、と笑い。ツナの側に腰を下ろして、間を置かず眠ってしまったのだった。
◇
あの黒曜ランドでの事件から、三週間後。
休み時間、音羽は次の授業がある教室に向かうため、騒がしい廊下を京子と花と一緒に歩いていた。
「音羽ちゃん、怪我はもう大丈夫?」
「うん!元々大したことなかったし、大丈夫だよ。ありがとう、京子ちゃん」
あの事件のあと一週間、学校を欠席していた音羽は京子が掛けてくれた言葉に微笑んだ。
実際音羽の怪我は擦り傷程度だったのだが、病院でなんと三日間も眠りっぱなし。目を覚ましたあとも心配した母が大事をとって、一週間休ませたのだ(ちなみに母にはリボーンが上手いこと言ってくれていた)。
気を失ったあと三日も眠りこけたのは、きっとずっと気を張っていたし、疲労が溜まっていたからなのだと思う。
病室にいる間、筋肉痛の身体に鞭打ってお見舞いに来てくれたツナとそしてリボーンに、あのあとの話を聞いたけれど……。
骸は結局、ヴィンディチェというマフィア界の“掟の番人”と呼ばれる人たちに連れて行かれてしまったらしい。
そして、音羽の記憶が途切れた、あの直後のことも聞いたのだ。
音羽自身が持つ、もう一つの力のことを。
――癒しの力。
本当に自分にそんな力があるのか、今でも疑心暗鬼ではある。だって今、自分のなかにそんな不思議な力があるような感覚はないし、今同じことをやれと言われても全然できる気がしない。
けれどあの光を見たあと、雲雀に憑依した骸が退いたのは今でも何となく覚えている。それから、ツナは“雲雀の外傷が少し治っていた”と言っていた。
だから音羽にそういう力があるのは、恐らく事実なのだ。
術を持たない音羽には、人と戦うことはできない。でも、その力――治癒の力が本当にあるのなら、この前みたいなときに大切な人を守ること、助けることができるかもしれない……。
「……」
――もしその力をまた使うことができたら、もうあんな想いをしなくてもいい、のかな……。
あんな、無力感に苛まれて、大切な人に何もしてあげられない悔しさを味わうような。
……あんな想いは、出来ればもうしたくない。
――でも、あのときは必死だったから、そういうことが出来たのかもしれないけど……。今は全然、どうやればいいのか分からない……。
“百年前の傾国も同じ力を持っていた”と、骸は言っていたらしい。だが、どうにも音羽には実感がなかった。
「皆で黒曜ランドに乗り込んだって聞いたときは、本当に心配したけど……。獄寺君と山本君も、無事退院出来て本当によかったよね!」
「……!うん、本当によかった」
歩きながら屈託のない笑顔で言う京子に、音羽は我に返って大きく頷いた。
獄寺も山本も二週間ほど病院に入院していたのだが、先日退院したのだ。今は、いつも通り学校に来ている。
そして山本の方は来月ある大会に出るため、毎日野球の練習に励んでいた。
――少しずつ、日常の平和な感覚が戻ってきている。……けれど。
「でも……雲雀さん、まだ退院してないんでしょう?」
「……うん」
心配そうな花の声に、音羽は顔を曇らせた。……そう、雲雀は未だ入院したままなのだ。
音羽は意識が戻ってすぐ、心配で雲雀の病室を訪ねた。けれどそのとき、雲雀の意識はまだ戻ってさえいなくて、面会は出来なかったのだ。
それからも何度かお見舞いに行ったものの、雲雀の怪我は最も重傷で治りにも時間がかかるため、しばらくは会えないと看護師さんに言われてしまった。
なので、あれからまだ一度も、雲雀には会えていない。
前回病室を訪ねたとき『意識は取り戻した』ということだけは聞いたのだけれど、それでもまだ無理はできない状態だからと、やはり会わせてもらうことは出来なかった。
だから、まだちゃんと伝えられてもいないのだ。音羽のこの気持ちを、彼に、言葉で。
「音羽ちゃん……きっと、大丈夫だよ!お兄ちゃんもこの前やっと退院できたし、雲雀さんもそろそろじゃないかな?」
「そうよ!あの雲雀さんだし、意識戻ったらすぐ治っちゃいそうよね」
「……ありがとう、二人とも」
励ましてくれる京子と花の気持ちが嬉しくて、音羽はにっこり微笑んだ。
とても待ち遠しいけれど、今はとにかく待つしかない。……でも、そうは分かっていたとしても、気持ちは焦れるばかりだった。
◇
放課のチャイムが鳴ると、生徒たちが一斉に帰り支度を始めた。騒々しい教室で、音羽も荷物をまとめて席を立つ。
さあ帰ろう、と教室を出ようとしていると――、
「片桐」
「!」
後ろからツナに呼び止められて、音羽は振り返った。ツナの隣にはいつもの二人、獄寺と山本もいる。
「みんな、どうしたの?」
「あ、いや……あれから具合とか大丈夫かなって……。その……力とかも、何か変わったことはない?」
「うん、大丈夫。力に関しては、あれから本当に何もないし……」
心配そうに聞いてくれるツナに、音羽は微笑んで頷いた。
獄寺や山本も、ツナから話してくれて音羽の力のことは知っている。だから音羽も、躊躇なく答えることができた。
ツナは安心したように、顔を綻ばせてくれる。
「そっか……良かった」
「片桐、大変だったな。ごめんな、オレ気ぃ失っちまってて、何も出来なくて」
「ううん、山本君も無事退院できて本当に良かった。野球、頑張ってね!」
「おう、ありがとな、片桐!ぜってー勝ってくるぜ!」
山本は爽やかに笑って答えてくれた。そんな彼にガンを飛ばして――今度は獄寺が口を開く。
「……片桐。何かあったら一人で抱え込まないで、いつでも言えよ。力に、なっからよ……」
「うん……獄寺君、ありがとう。黒曜ランドでも守ってくれて……私、本当に嬉しかった」
「べ、別に……!あれくらい、どうってことねーよ……」
獄寺は照れ臭そうにしていたけれど、音羽は本当に、心から嬉しかった。
京子たちだけじゃない。ツナや獄寺や山本も、音羽のことを気に掛けてくれている。
特にこの三人は、音羽のこのよく分からない力のことを知っていて、その上で不気味がることもなく仲良くしてくれるのだ。それが、音羽は何よりも嬉しかった。
「とにかく、何もなくて良かった!呼び止めてごめんね、片桐」
「ううん、気にかけてくれて本当にありがとう」
「また明日な!片桐」
「じゃあな」
「うん、また明日!」
音羽は三人に手を振って、今度こそ教室を出た。温かい気持ちが、胸いっぱいに広がっている。
ツナたちと別れて廊下を歩きながら、音羽はゆっくりと階段を下りた。休み明けからは真っ直ぐ昇降口まで向かって、すぐ家に帰っているから、同じように。
けれど、何かを忘れてしまっている気がした。前はもっと、向かう場所があったような――。
「……そうだ、図書室……久しぶりに、行こうかな……」
放課後になれば毎日のように行っていた図書室も、あの事件のあとは一度も行けていなかった。しばらく学校を休んでいると、授業や学校生活の感覚を取り戻すのに必死で、大好きな場所に行くという発想も余裕もなかったのだ。
音羽は方向転換して数段下りた階段を再び上り、三階を目指した。
――図書室が近付くにつれて、相変わらず廊下は段々静かになった。懐かしい感覚に、少しだけ胸が躍る。
鍵の掛かっていない扉を開けて中に入ると、やっぱり人は一人もいない。
「……やっぱり落ち着くなあ……」
定位置の机に荷物を置いて、音羽は椅子に腰を下ろした。何となく、辺りを眺める。
背の高い本棚、紙の籠った匂い。窓の外は薄っすらと茜色を帯び始め、図書室には煌めいた光が差し込んでいた。
こうしていると、何も知らなかった三週間前とそう変わらない気がする。黒曜ランドであった恐ろしい出来事の数々も、音羽の持つ能力も。全部、嘘みたいだった。
「でも……本当なんだよね……」
――あのとき、私を抱き寄せてくれた雲雀さんのぬくもりも。雲雀さんの、気持ちも。
はあ……、と溜息をついて、音羽は頬を机に乗せた。顔は、窓の方に向けて。色が綺麗に混ざり合った空と、風に流れる雲を見上げる。
「雲雀さん……早く、会いたいな……」
呟いた小さな声は、図書室の静寂に呑み込まれた。
早く、雲雀に会いたい。
会って、今度こそ自分の気持ちをちゃんと伝えたかった。それから、二人の気持ちも。確かめられたらもう一度、もっと強く、抱きしめて欲しい。
祈るように、音羽はそっと目を閉じた。ほんのり明るい瞼の裏に、優しい眼差しを向けてくれる雲雀が見える。
彼に会ったら、まず何から話そう。伝えたいことも、話したいことも沢山ある。でも一番は、身体の調子だろうか。怪我がきちんと完治していればいいけど……痛いところも、なかったらいいな……。
取り留めもなく、そんなことを考えていたときだった。
「……、」
ガラッ、と入り口の扉が開く音がして、音羽はゆっくり目を開ける。
……誰だろう? ツナたち……は、さっき話したし。もしかして今度こそ、図書室の新しい利用者が現れたのだろうか?
「…………」
のろのろと身体を起こし、音羽は入り口を見た。
――瞬間、思わず呼吸を忘れてしまう。
「――何してるの?音羽」
図書室に響いたその声に、心臓が大きく跳ねた。久しぶりに聞く、低くて滑らかな心地の良い声。青灰色の瞳が、音羽を静かに射抜いている。
普段通りの姿で不敵な笑みを浮かべた彼は、まるで何事もなかったかのようにそこに立っていた。
「……雲雀、さん……」
音羽は
心臓が、跳ねて跳ねて仕方ない。
どうして? とか、なんでここに? とか、浮かんだ疑問は山ほどあった。でも、いつもと変わりのない雲雀の姿を見たら、胸が震えて。どんどん涙が溢れてくる。
音羽は何一つ言葉には出来ないまま、つい口を押えていた。
「良くなったって言ってるのに、医者がうるさくってね。今日やっと出られたよ」
「――っ」
事もなげに言う雲雀。
音羽は、駆け出した。
堪らず雲雀の胸に飛び込むと、彼は少し驚いた気配を滲ませて、けれどしっかり音羽の身体を受け止めてくれる。
「雲雀さんっ、会いたかった……!」
彼のシャツを握ってその肩に額を当てたら、雲雀の温かなあのぬくもりを感じた。優しい、彼の匂い。
夢でも幻でもない。雲雀はちゃんと、本当に、自分の目の前にいる。
やっと、やっと、会えた。
「……待たせたね、音羽」
「……!」
雲雀は囁くような声で言うと、子供みたいに泣きじゃくる音羽の背中に手を回し、そっと抱きしめてくれた。
あのときよりも、触れあったところが多い。全身が温かくて、ドキドキして、嬉しくて。増々涙が止まらなくなってしまう。
何よりも、彼が愛しい。
「雲雀さん、ずっ、と会いたかったん、です……!私、すごく心配、で、……っ」
嗚咽交じりで何とか言えば、雲雀は手のひらで柔らかく音羽の頭を撫でてくれた。
「僕もだよ。何度も君が来てくれたって聞いたからね。……ずっと、会いたかった」
「っ……!」
耳元で囁かれた雲雀の声に、僅かに含まれた切ない響き。
雲雀も、音羽と同じ気持ちでいてくれた。彼はこういう気持ちのとき、こんな声になるんだ。初めて知った事実に、溺れてしまいそうなほどの幸せが溢れ出す。
音羽は制服の袖で涙を拭い、呼吸を落ち着けて雲雀を見上げた。
「雲雀さん、怪我は……本当にもう、大丈夫なんですか?病院の方に、重傷だって聞きました……」
「あそこは大げさだからね。もうほとんど治ったよ、だからここにいる。それに、誰かの力のお陰で治りが早くなったみたいだ」
「!」
微笑んだ雲雀に、音羽は目を丸くする。
雲雀が言っているのが、音羽のあの癒しの力のことだというのはすぐに分かった。やっぱり本当だったんだ……、でも、それを知っているということは――。
「……雲雀さん、あの……私の、力のこと……」
「ああ、聞いたよ。今日、赤ん坊からね」
「!リボーン君が……!あ、あの……それで……、」
「どう、思いますか……?」とはさすがに聞けなくて、音羽はおずおず雲雀を見つめる。目が合うと、彼は音羽の言いたいことに気付いてくれたようだった。
「言ったはずだよ。君が何者だろうと、何の力を持っていようと、関係ない」
雲雀は涼しい顔ではっきりと言い切って、人差し指の甲で音羽の頬を撫でてくれる。残っていた涙を拭うみたいに優しく触れられたら、くすぐったくて胸がはち切れそうだった。
「……音羽。君は少し抜けてるし、危ないと分かっている所にわざわざ来る、仕方のない子だけど……でも、そういう所も嫌いじゃない」
静かに、言葉にする雲雀。遊ばせていた手の動きが止まったかと思ったら、彼は音羽の頬を包むようにして手を添えてくれる。
雲雀のあたたかい手も、絡んだ視線も。
たしかな熱、を帯びていて、音羽は息を呑んだ。
空高く昇った、月の青い光を閉じ込めたみたいな綺麗な瞳。それが真っ直ぐに音羽を射抜いて――目が、離せない。心臓はさっきよりもっと早く、強く打ち、顔も身体も熱くなる。
「ひ、雲雀さ……」
少し落ちた沈黙に耐え切れず声を漏らせば、彼の親指でつ、と唇を押さえられた。――刹那、雲雀は音羽を見つめたまま、ゆっくりと口を開く。
「好きだよ、音羽」
「―――」
彼の声が、言葉が、この部屋の時間だけ止めてしまったみたいだった。
夕陽に染まりつつある空も、風も、学校の音も。全てが動きを止めてしまう。そんな錯覚を感じるくらい、彼のそれは音羽のなかで大きく響いた。
まさか、こんな日がくるなんて。
初めて見たときから恋に落ちてしまった人に、雲雀に、同じ気持ちをもらえるなんて――誰が想像できただろう。
あたたかな幸せが、涙になって目の縁から溢れ出した。頬に伝うぬくもりを感じながら、音羽は雲雀を見上げて微笑む。
「私も……私も、ずっとずっと、雲雀さんのことが好きです……!」
ようやく伝えられた、自分の気持ち。
好きな人から、同じ“好き”をもらえることが、こんなに嬉しくて幸せなことだなんて……きっと、彼に出会えなければ分からなかった。
言葉にしたらそう確信してしまって、音羽はまた幸福を噛みしめる。
雲雀は穏やかな笑みを浮かべて、音羽を見つめてくれた。背に当てていた彼の手に、ほんの少し力が籠る。
「っ、」
「ずっと、僕の側にいなよ。音羽」
身体が引き寄せられて、さっきより強く、抱きしめられた。
雲雀の胸に当てた耳から、彼の心音が聞こえてくる。音羽よりゆっくり、でも遅いとも言えない鼓動が、深く身体を包んでくれた。
「はい……っ、雲雀さんの側に、いさせてください……」
心からの言葉で頷いて、雲雀の背中に腕を回す。抱きしめ返したら、もっと幸せな気持ちになること。
また一つ、見つけてしまった。
――二人が初めて出会った図書室には、夕陽の鮮烈なオレンジの光があたたかく入り込んでいた。再び時間が流れだした空には雲が動いて、夜の藍紫色を少しずつ連れてくる。
音羽は雲雀の胸に顔を埋めて、ただ柔らかく微笑んでいた。
◇
――日が暮れて、すっかり薄暗くなった図書室。
音羽は部屋の電気をつけ、雲雀と並んで座りながら会えなかった三週間のことを話していた。
丸三日寝ていた話や、図書室に来たのも久しぶりだった話、雲雀が入院して療養中のあいだ、読んでいた本の話もした。
なんてことないささやかな日常の話だけれど、穏やかで楽しい時間を過ごしていた……はず、だった。
「……」
「……ひ、雲雀さん……?」
それは、とても突然だった。
何がきっかけになったのかは分からないけれど、何かを思い出したような様子でこちらを振り返る雲雀。
その目がいつも以上の鋭さを湛えているので、音羽は思わず息を呑んだ。……あれ? もしかして何か、失言でもしてしまった……?
不安になっていると、雲雀は覗き込むように音羽の瞳を見つめてくる。
「……ねえ、僕に憑依した六道骸に押し倒されたって、本当なの?」
「…………はい?」
想いもしないことを突如聞かれて、つい間の抜けた声が出た。
一体、どこでそんな嘘を聞いてきたのだろう?
たしかに、壁に追い詰められて接近はされたけれど、さすがに押し倒されてはいない。
「どうなの」
早く言え、と催促する雲雀の目は、今や殺気に満ちていた。それが音羽に対するものではないと分かってはいるものの、思わず身を縮めてしまう。
音羽は口の端が引き攣るのを感じながら、直ぐさま首をぶんぶん横に振った。
「そ、そんなわけないですよ!押し倒されてはないです!」
「押し倒されて“は”?……他に何かされたんだね」
「え……?……えっと……」
まさか、そこまで追及されるなんて。ほとんど、言葉の綾みたいなものだと思うけど……、雲雀の目にさっきまでの優しい色は宿っていない。
あまりの手厳しさに、音羽は言うしかないと腹を括って恐る恐る口を開いた。
「あの……壁際に追い込まれて……こう、ドンって、されました……」
手振りで、あのときのことを再現してみる。と、
「……六道骸……咬み殺す……」
「?!」
ガタッと席を荒く立つなり、雲雀がギラリと光るトンファーを取り出した。冗談ではない声とその雰囲気に、音羽は慌てて彼の腕を掴む。
「ま、待ってください、雲雀さん!怪我治ったばっかりですよ!」
しかも、骸はいないし。
「問題ないよ。君に勝手に触られたんだ、黙っていられない」
「っ……!あ、いや……!触られてはないんですっ!」
雲雀の言葉に一瞬ときめいてしまったけれど、すぐにそんな場合じゃないと思い直した。
それから音羽は必死に雲雀を宥め、彼がようやく納得してくれたのは、下校時刻をとうに過ぎた頃。
もちろん、雲雀に面白半分で嘘を吹き込んだのは、あの小さなヒットマンである。