※7巻おまけページあの後
「なぁ、お前本当に女居たことねぇの?」
アジトの廊下を歩くアリババにカシムが遠慮なく切り込む。このネタでザイナブやハッサン、霧の団のメンバーに散々からかわれて恥ずかしくなって部屋を飛び出したと言うのに、どうして放っておいてくれないのだろうか。
「ああ、もううっせぇなぁ!だから…居ないって言ってるだろ!着いてくるなよ!」
「はあ?何キレてんだよ」
「いいから、もう放っといてくれよ!」
自然と歩く足が早まった。女がいないのがそんなに可笑しいだろうか。
思い出せばスラムにいた頃は自分はまだ成長途中の子供であったし、王宮に居たころは馴れない学問や剣術をこなす日々で女を作ろうと考える余裕どころか好きな人さえ居なかった。バルバットを出た後も色々忙しくてそれどころではなかったし、単純に女性と出会う機会がなかったのだ。
だからきっとこれは運命神様の悪戯で、俺が決してモテないとかそういうわけじゃない!と、アリババの頭の中で言い訳がぐるぐると渦を巻いた。
「お、俺だってその気になれば一人や二人簡単に作れるんだからな…!」
「ふうん、」
本当に居ないんだな。
納得するように呟かれた言葉にカッとなり振り返る。瞬間、カシムに腕を引かれ、どんと片手で壁に押し付けられた。ひんやりとした白壁の感触が背中にじわりと伝わってきて体がふるりと震えた。
「な、なんだよ…?」
カシムの双眸が射抜くようにアリババを見る。カシムの意図が見えなくて、何となく抵抗ができなかった。こんなカシムを見るのは初めてで、お互いの距離が近づいて不思議な気分になる。近くで見ると意外にも睫毛が長いこととか、兄貴分で面倒見もいいし、きっと女性経験も豊富で、モテるんだろうなとか怒っていたことも一瞬忘れてしまった。多分これがいけなかった。
「…女のヤり方教えてやろうか?」
「えっ」
カシムの言葉に驚き顔を上げると、返事をする前に唇に噛みつかれた。唇を割って舌が歯列をなぞり入ってくる。自分では吸えない葉巻の味が口内を支配した時初めて、アリババはカシムにキスをされているのだと気付いた。暖かな舌が絡みついてくる初めての感覚に目を閉じて耐えることしか出来ないのがもどかしい。葉巻の味がひどく苦かった。
しばらく抵抗を忘れたまま息の奪われるような口付けをされていた。思考が止まるような濃厚なキスだった。カシムが離れていくのがスローモーションに見えて、唇同士の間を繋ぐ唾液の糸がぷちんと切れたのもわかった。カシムの唇が濡れていたことに気付いて今更ながら恥ずかしさがこみ上げてくる。…顔から火を吹くっていうのはきっとこのことだ。
「アリババ顔真っ赤。お前キスも初めてだろ?」
「わっ、わ、悪いかよっ」
「まぁ…悪くはねぇけど。ってかお前全然抵抗しねぇってことは、嫌じゃないんだな?」
「は、ちょ…なにして…!」
兆し始めた下腹部をおもむろに撫でられて、アリババは息を呑む。数回布越しに撫でられただけで、ぞくぞくと背骨から頭の先まで気持ちよさが伝わってくる。こちらの反応を伺ってカシムが笑った。
「何だよその反応。人に触られたこともないのかよ」
「うっせ…」
力が抜けて壁伝いにへたり込んだアリババを上から見下ろしながら、カシムはアリババの膝と膝の間を足で割ってはいる。
「ちょ、お前こんなところで…!誰か来たらどうすんだよっ」
「へぇ、一応何するのかわかってはいるみたいだな。それなら話は早い。」
俺の部屋こいよ、アリババ。
低く吐息と共にささやかれた言葉に鼓膜から犯されていくような気がした。
じんわりと火照った頭には再び近づいてきた唇を避けるという意志もなかったらしい。ニ度目の口付けを甘く享受しながら、自らの体に抵抗の意がないことをアリババは悟った。
そしてアリババはこの夜初めて、母親の仕事の細やかな内容と、マウントポジションが意味することを知ることになるが、この時はまだ知る由もない。
はじめての夜
(0424)