*微かにえろ
トムは移動によく電車を使っていた。ラッシュの時間に乗らないし、人混みはそれほど苦手ではないし、空調の効いた車内はそれなりに快適だった為である。
今日もいつものように自宅から職場のある池袋まで乗っていた
電車が遅延した影響もあって、車内はいつもよりも混雑している。トムは真ん中の空いているスペースを見つけて吊革に捕まった。
トムの目の前には胸の大きく開いたセクシーなお姉さんが、こちらに背中を向けて立っていて、後ろからちらちらとふくよかな胸の谷間が見え隠れしていた。これはこれはいいポジションをゲットしたと、トムは心でガッツポーズをとる。ほら、これはあれだ。別にわざと覗きこんでるいるわけではないのだから痴漢でもない。勝手に視界に入ってしまうのは不可抗力だし、しょうがないのだ。こんな魅力的なものを見て下さいとばかりに出してる方が悪い。男なんて所詮こんなものだ。
(今日はラッキーだな)
ふふんとトムは上機嫌で吊革に揺られていた。ガタンガタンと電車は揺れて、目の前のそれも電車に同調するように見事に揺れていた。やばいやばい。鼻の下伸びそう。つうか勃ちそう。欲望に素直すぎる己の体の変化に、彼女いない歴半年って地味に長いかもなぁとひしひしと感じた。
目的地まで残り2駅ほどになった時に混雑が更に酷くなり、狭かった車内がまた窮屈になった。先ほどの女性とは人波で離れてしまい、少しだけため息。
周りにはサラリーマンしか居ないようだ。
うんまぁ別にいいけどさ。
女性と離れてしまったことに多少の寂しさを感じたが、痴漢に間違われるのも癪だし、とトムは目の前のつり革に右手を預け、た。と、そこで違和感。
俺、なんか…尻、撫でられてねぇか?
眉間を寄せて、尻に感じる違和感に神経を集中させる。はじめは気のせいかとも思ったが、その手付きといい、触り方といい明確な意志を持ってトムの体に触れていることは明らかだった。
まずは優しく撫でるように全体をさすって、それから内股付近の柔らかい肉を指でつままれる。そして最後に割れ目に沿って裏側からトムの持ち物を刺激する。慣れた手順だった。この手の持ち主をあろうことかトムは知っていた。
手の感触は昔嫌という程味わったかのひとの触り方と酷似している。まさかと思ったが、だんだん確信が持てるようになってくる。
「…ん…っ」
流石にスラックス越しでも他人に男のものを触られれば、感じてしまう。鼻の抜けるような声を発してしまったことにトムは唇を噛んで己の弱さを悔やんだ。
唯一の抵抗とばかりに渾身の力で後ろの男の高そうな革靴を踏みつけてやったが、男の職業柄、鉄板が入っている安全靴とやらを履いていたらしい。てめぇは土木建設のおっちゃんかよ!とトムは歯を鳴らした。後ろからくつくつと悪い男の笑みが聞こえて、自分より幾分か背の高い男を見上げる。
「何の真似ですか赤林さん」
尻を撫でていた手を取って、至極不機嫌そうに話しかけてやる。赤林と呼ばれた男は尚も笑いながら、相変わらずだねぇ田中は、とごつい指輪のはめた指でもって、目元を拭った。涙が出るまで笑わなくてもいいんじゃねぇの。と聞き返すとおいちゃん花粉症でさぁと何とも情けない答えが返ってきた。
「あーはいはい、それで花粉症の赤林のおいちゃんはこんな電車で何やってんすか?」
「あぁ、怖いねぇ。そうしているとまるで平和島のあんちゃんみたいだよぉ。」
表情こそは笑顔だったが、こめかみに血管を浮き上がらせながら喋るトムは、なるほど静雄に似ているかもしれない。
「そんであんたは俺に何したいわけ?」
もはや年上の人に敬語を使うといった常識はすっぽり抜け落ちていた。年こそ離れているかもしれないが、一時期トムと赤林はただならぬ関係にあったので特にそれについて赤林も気にした様子はなかった。
「えぇ、何ってさぁ、今ので察してよ」
「は?」
「久々にホテルで一発「うああああああああああぁぁぁ!!!」
赤林が言葉を全て言い終わる前に思わず叫んでしまっていた。周りの視線がこちらに集中する。混雑した電車でいきなり叫べばそれはそれは注目も集まるだろう。トムは、周りの客にすみませんと小さく頭を下げて小声でもって赤林を罵った。
『朝っぱらから盛ってんじゃねぇっ!!ここをどこだと思ってやがる!』
「う〜ん電車だねぇ」
『わかってんなら、黙れおっさん!』
ピシャリとトムが言い切ると、赤林はものともせずにけらけらと可笑しそうな音を立てて笑った。
「強情だねぇ。もうこんなにしてるくせに。」
言いながら赤林は前に回した右手で緩く立ち上がったトムの起立を撫でた。ぞわりと鳥肌が立つ。トムは小さく息を詰めて、内心でくそったれと最高に下品な言葉で赤林を罵った。あのまま放置してくれてればすぐに治まったのに、とトムはやり場のない快楽に眉を潜める。焦りと羞恥で顔が熱くなった。まるでこの男には何でもお見通しだというようにトムの体は簡単に翻弄された。右手がするすると動かされて、否応なしに熱く芯を持っていく自身を恨む。
「はは。さっき少し反応してたでしょう。バレバレ」
「ふざけんな、やめ…っ」
「田中のいいところはおいちゃん全部知ってるんだよう」
トムの制止の声は赤林に届かない。みるみるうちに追い詰められていく体に熱の籠もった息が漏れる。そしてトムは、違和感に気付いた。先程から周囲の人がわざとこちらを見ないようにしていたのだ。狭い車内だ。何やってるのかなんて丸分かりである。声を必死に我慢するトムを嘲笑うかのように赤林の手のひらがトムの持ち物を擦っていた。
「はっ、はっ…うっ、」
「声はちょっと我慢しておいてね」
当たり前だ!と怒鳴りたくなったが、今口を開くとあられのない声が口を突いて出てしまいそうだったので衝動を必死に抑える。もう今更声を我慢したところで周囲にはばれているのだから意味のない行為なのかもしれないが、人前で喘ぐ趣味はトムにはない。
トムが降りようと思った池袋は既に過ぎていた。次は高田馬場ー高田馬場ーと車内アナウンスがどこか遠くに聞こえる気がした。
「それじゃあ選ぼうか」
おいちゃん優しいからニ択にしてあげる。とよくわからない提案をされた。自分のことを優しいなんていう人間には大抵ろくなやつが居ないということをトムはその経験でもって知っていた。もちろんろくでもないやつの筆頭は目の前の男だ。
「なにを…っ…?」
「このまま車内でおいちゃんにべったべたにイかされるのと、綺麗なホテルで抱かれるのどっちがいい?」
動かす手はやめないまま赤林が問う。じくじくと熱が体中を駆け巡って、足が揺れるのをやめられない。吊革に捕まっている右手は汗で滑り、口内には唾液が溜まっていた。抵抗はもはや無駄だった。もともとの体躯の差もあるし、如何せんこちらの分が悪い。呂律が回らない口を何とか奮い立たせてトムは言う。
「…アンタとならトイレで十分だ」
「はは。上等」
言ったのと同時にサングラスの男の唇に噛みついてやった。周りがどやっとざわめいたがもう今更気にする質ではない。駅に着いたのか扉が左右に開いて、ホームに雪崩るように体が崩れた。赤林は血の滲んだ唇を舌で舐めとりながら
「…じゃじゃ馬め」
と何時ものふざけた口調を崩した。
アンハッピーデイ
(0113)