静雄が目を覚ましたのは夜中の3時。冬用の厚手の毛布と汗ばんだ体が触れ合って多少の不快感に眉をしかめた。寝起きで頭に霧のかかった状況で、静雄はふと自らの状況を理解しようとする。

なにやら腰が重いような痛いような感覚と、あまり考えたくないが、肛門がひりひりと例えば炭酸に浸けられたような痛みがあった。今まで味わったことのない箇所の痛覚に静雄は目を白黒させ、ばっと毛布をはねのけて起き上がる。薄暗闇の見慣れない景色に自宅ではないことをとりあえず理解した。ふと横をみやると、仕事中慣れ親しんだドレッドヘアーの上司の姿が見える。あろうことか毛布から覗く彼の肩はむき出しで、服を着ているとは到底考えられなかった。

「…あ…」

ここで静雄は全てを思い出した…。数時間前の記憶がまざまざと蘇る。仕事帰りに飲みに誘われたこと。トムが彼女に振られてヤケ酒をしていたこと。自分も彼も酒に酔っていたこと。勢いでトムに告白してしまったこと。終電がなくなって、所謂ラブホテルにご宿泊してしまったこと。そして、雪崩れ込むようにセックスをしてしまったこと。

(…思いだしてしまった)

全て酒のせいかと言われればそうでもない。静雄もトムも終電の時間は把握していたし、帰ろうと思えばタクシーでも徒歩でも選べばよかったのだ。でもあえてそうしなかったのはきっとお互いに人肌に飢えていたからだろう。静雄はずいぶんと長い間トムに片想いをしていて好きな人と肌を重ねたことはなかったし、一方のトムは熱を上げていた彼女に振られ、傷心だった。静雄はトムが好きで、トムは慰めてもらいたかった。これは利害が一致しただけの結果だ。

ベッドの上で、初めてだと慌てのたまう静雄を優しく抱いてくれたトムはとても紳士的だった。俺も男は初めてだよと笑うトムだったが手順は心得ているようで、静雄がとろけそうなほどローションでしっかりほぐしてくれたし、入り込んだ後も静雄の体が馴染むまで動かないでくれた。ずっと好きだったトムに抱かれてセックス中に静雄は思わず涙した。思わぬ展開に彼は多少狼狽したが、すぐに優しく目尻にキスをくれた。甘い甘い夜。全部全部昨日の出来事だった。

目が覚めてから、体に感じる鈍い痛みに静雄は愛しさすら覚える。体中に残るキスマークや、彼の香水の匂いが昨夜の残骸として静雄に刻まれていた。それらを思い返すと体が熱く震えてきて、自分の意志とは関係なく自身の分身が芯を持ってゆるく立ち上がっていく。

(有り得ねぇ…っ!)

治まれ治まれ。先ほどあんなにも吐き出したのにも関わらず静雄の中心は熱を穿んで、欲望を大きくさせる。

普段なら我慢できる衝動だが、彼に抱かれたばかりで敏感になった体は抑えが効かない。仕方なく、そう仕方なく、未だ深い眠りの中にいるトムに気付かれないように静雄は左手を自身に添えた。

「んっ…ンっ…」

押し殺した声が暗闇に響いて、ベッドがキシキシと小さく軋む。カウパーを溢れさせ、ぬちぬち音を立てるそれを静雄は必死に扱いた。動きに合わせて揺らめく腰をどうしようもできず、ただひたすらトムにばれないようにとそのことだけを思った。こんな浅ましい体なんて彼に知られたくない。

「ふ…っ、ん…、ぅっ、ん…っや…」

次第に気持ちよくなって自身の硬度も増してきたが、トムに暴かれた体は前だけの刺激では満足できない体につくりかえられていた。決定的な快楽が足りないと、脳が、体が刺激を求める。

「…ん…っ…むさん…とむ、さぁ…!」

後ろの穴がひくひくと収縮をはじめる。今はいないトムの熱を思って無意識にぎゅうっと締め付けた。心なしか濡れるはずのないところが濡れている気さえする。早く彼のを奥まで押し込めて無理矢理に突いてもらいたいと静雄は思った。自分ではどうしようもできない熱を持て余す。

「…しずお、なにしてんの…?」

「あっ、とむさ…っ!」

背後からトムの寝起きの声がかかる。湿った息が静雄の首筋をかすめて、体がぞくりと震えた。無意識に内股を同士をすり合わせて、どこか期待しているような自分の体を恨んだ。

トムはそんな静雄の体の異変を見逃すことなく、ベッドに横になったまま静雄の太ももをするりと撫で上げた。

「ひぁ…っ」

「…なぁにひとりでやってるのかな、静雄くんは」

トムが笑いながら血液の集中したそこを掴む。濡れた先端が彼の長い指に包まれて、静雄はヒュッと息を飲み込んだ。トムの意地悪な顔が見えるようだった。

お前案外やらしいのな。

テノールの低音が空気を震えさせて静雄の鼓膜を犯す。掴まれた熱が上下に動かされ、

「うやっ…や、あ、っ!だめ、はなして、くださ…、い、いっちゃいます、」

「…早ぇなぁ、もうちっと我慢できねぇのかよ」

どこか呆れたようなトムの態度だったが、顔はニヤニヤと笑っていて、悪戯が成功したかのような子供のような印象を受けた。もちろんこれは後から思ったことで、今の静雄には欲望以外のことを考える隙がない。

「む、むりぃ、きもちい…、あっ、トムさ…もう、だめ、いく、いく…!」

切羽詰まった体はすぐに限界を訴えて、びゅっと熱が皺になったシーツに吐き出される。昨夜に何回もイかされたおかけで、吐精したそれはすっかり薄くなってしまった。

「あーあ、シーツ汚しちまったな」

「ひぅ…っ、ふ、…っ、トムさんの…ばか…すけべ…」

恥ずかしさのあまり、悪態をついてしまうが、慣れないせいで羞恥が先立ってしまうだけで、本当はこうやって体に触れてくれるのが嬉しくてたまらなかった。恋愛面において、静雄の届かないような遠い位置に居たトムとこうして触れ合っているのは静雄にとっては奇跡そのものだ。

「…ああもう、悪かった悪かった。…お前見てるとなんか意地悪したくなってよ」

トムはベッドサイドに置いたティッシュを数枚取って静雄に渡した。新品だったはずのボックステイッシュは今や半分ほどにまで減っていた。空気に触れてひらりと遊ぶティッシュを受け取りながら静雄は涙声で返した。

「…それ…ど、どういう意味っすか…」

「ん?そのままんまの意味。泣き顔可愛いから意地悪して泣かせたくなる。食っちまいてぇ」

「…んっ」

体の向きを変えられて、おでこに口付けられる。静雄の指の間をすり抜けたティッシュは使われることなくひらりと床に落ちた。それからお互いに引き寄せられるように唇が重なる。寝そべっているせいか、ベッドの上ではお互いの身長差なんて気にせずにキスができることを静雄ははじめて知った。そもそもキス自体、昨日がはじめてだったけど。

「ンんっ…トムさん…」

「はぁ…可愛いなぁ静雄は」

「む…っ、ぅ…」

顎に手をかけられて深く口内が貪られていく。トムと静雄と二人の唾液が混じり合って、どろどろになったあたりでやっとお互いの唇が離れた。キスは思っていた以上に濃厚で気持ちのよいものだと静雄は思った。

「…あのよ…こんな時に言うのってなんかずるい気がするんだけど、」

トムはひとつ間を空けてから、静雄の頬を右手で包んだ。

「お前、俺のこと好きだろ」

確信の瞳が静雄を射抜く。

「…っ、…そんなこと…」

言葉に詰まる。否定する言葉は出てこなかった。静雄の肩がびくりと強張って、唇が震えた。下を向いてトムの視線から逃げる。体は繋げても想いは告げていないはずなのに、鋭いトムには全てお見通しだったのだ。なんとか取り繕うとしてみるが、そんな器用な真似は静雄にはできない。心の隠し方なんて知らなかった。

「…ほら、好きって言えよ。」

トムは答えを促すように静雄に優しく触れた。彼の手はとても暖かくて、拒むという選択肢は端から存在しない。感情が吐露していくのを止められるはずもなかった。

「す、好きです…!トムさんが好きです。はじめて、ずっと、会ったときから、ずっと、すき……っ、……すみませ…」

「……何で静雄が謝るんだよ、謝らなきゃいけないのは俺の方だっての」

汗で少し、べたつく体を抱き寄せてトムは言う。何も着ていない為に声が体から直接伝わるようだった。

「あのさ、彼女に振られたっての、あれ嘘、なんだ」

静かにぽつりとトムが呟く。

「別れたってのは本当なんだけど、…振られたんじゃなくて、俺が振ったんだ」

「…それって、どういう、」

静雄がおずおずと顔を上げた。トムの言わんとしていることがわからなかった。

「お前が好きだって、気づいたから」

だから、別れた。
抱き締められた腕に力がこもって、静雄は目を細めた。幸福の重みで胸が潰れそうになった。

「順番逆になっちまって悪いけどよ、…俺と、付き合ってくれないか…?」

少しだけ自信がないような顔でトムが言った。嬉しそうで困ったような、だけど一種の期待に満ちた瞳が静雄を見つめた。
こんな都合のいい話があるのだろうか。鼻の奥がつんと熱くなって、瞳が少しずつ潤んでいくのを感じる。その涙がほろりと落ちそうになったところで、トムの親指が涙をせき止めた。

「お前こんなに泣き虫だったっけ?」

「…トムさんに、泣かされたんすよ…」

静雄が涙声で訴えると、そっか、じゃあ責任とらなきゃなぁ。とトムは嬉しそうに静雄の髪をかき混ぜた。それがなんとも心地よくて、静雄は静かに目を閉じた。








不器用な夜











(0112)

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