*おいちゃんが黒い




「は…何だよこれ…っ」

トムが目を覚ますと、体には赤い細縄が何重にも巻かれていた。何があったのかと途切れ途切れの記憶を辿ってみるものの、ずきりと刺さるような頭痛に邪魔をされ叶わない。薬でも何か盛られたのだろうか。それすらもわからない。
視点すら上手く定まらないこの状況でトムが理解できたのは、和室、着慣れない着物、そして自分が縄で縛られているということだった。

両手は背中側に組まされ、天井から吊られたのと同じ縄で自由を奪われている。右の足首と膝は折り曲げられるように一緒に縛られ、その縄の先も宙に浮くように天井へと繋がっていた。左足を拘束するものは何もなかったが、片足だけに重心がかかるようにと右足を吊す縄の長さは左足のつま先がちょうど畳に当たるぐらいの長さに調整してあった。体がいくら疲労を訴えても、トムは満足に脚をつくことすらままならない。
苦しい。苦しい。苦しい。永遠にも似た長い時間、トムは意識を失うこともできずに吊されていた。

あれからどのくらい時間が経っただろうか。縛られた足首には既に感覚はなく。体全体をつま先だけで支えている左足はがくがくと震え、今にも崩れそうになっていた。襲いかかる倦怠感になけなしの体力で耐えながら、トムは浅い呼吸を繰り返した。

四方を囲むようにして並んでいる襖が音も無く開く、急に入ってきた明るい光に反射的に強くまぶたを閉じる。それでもなんとか襖の向こうを確認しようと無理やり開いた視線の先には逆光でうまく見えないが、男のシルエットがあった。

「よう、元気かい田中」

どこか耳に慣れ親しんだ声だった。

「…あ…か、ばや…し…さん…?なんで…あんたが、ここに……」

この異常な状況をものともせず話しかけてきた男には面識があった。トムの昔からの知り合いで、酒、煙草、女遊びをトムに覚えさせた男だ。(ついでに覚えたくなかった男の体も教えられた。)思いがけない再会にトムは空いた口が塞がらない。サングラスの色越しに赤林はトムの体を舐めるように見てから、昔と変わらない含んだ笑みをこぼす。

「さぁ、何でだろうねぇ。…さながらどこぞの情報屋の坊主の差し金ってところかな」

悪びれもせず黒幕の存在を明かす赤林に、トムは聞こえるよう舌打ちをした。トムが知っている情報屋はたったひとりしかいないからだ。

情報屋・折原臨也とトムは直接的な知り合いではないが、トムをこんな目に遭わせた理由は大体見当はついている。あらかた、トムと静雄が恋仲であるのが気に入らないとかそういうものだろう。私利私欲の為だけに動く気まぐれな情報屋が欲しいものをトムは手にしていたから、邪魔をしたくなったのだろう。トムが暴行されて、傷付く静雄の姿が見たいとか、そういう単純な理由なのだ。心根が優しい静雄は自分が傷付つられるより親しい人に被害が及ぶ方を嫌うからと、わざわざこんな手の込んだ真似をしたのだ。
赤林との繋がりはわからなかったが、次会ったらただじゃおかねぇとトムは胸の奥で殺意を燃やした。
そんなトムの胸のうちを知ってか知らずか、赤林は昔と変わらないどこか間延びしたような声色で続けた。

「田中も大変だねぇ、あの坊主に目を付けられるなんて面倒臭い事この上ないよ。今だってほら、楽しい事態になってるみたいだしねぇ」
「…っ、同情するなら早く縄解いてくれませんか、痛いんですけど。…つかこんなこと、誰が…」
「あははははっ」

トムが不機嫌を表しにした表情で告げると、赤林は面白そうに笑った。何が面白いのかと目の前の男を睨み付けたが、ぐいっと顎を掴まれ、無理やり赤林の方へ顔を近づけさせられる。サングラス越しの目が笑っていないことにそこでやっと気が付いた。
息がかかるぐらいの至近距離で赤林はこうも続ける。

「田中はさぁ、おいちゃんがやったとは思わないんだ?あはは、おめでたいねぇ。ああ可笑しい」
「…っ!な、なんで、あんたが…っ!」

くくくと赤林が笑うのをトムは絶望的な気分で聞いていた。昔の付き合いもあって、心のどこかで安心していた自分を殴り倒したい。「おやおや、でも助けてやったんだよ?田中はさっきまで闇市で競売にかけられていたからねぇ。五体満足の今の状況に感謝して欲しいくらいだ。痛いのも辛いのも、体あってのことだろう?」
「…競売?…そんなん誰が信じるかよ…!」
「信じるも信じないも好きにすればいいよ。まぁ、どちらでもこの状況は変わらないけどね。あはは」

赤林はひとしきり笑い終えた後、さぁ始めようかと死刑宣告にも似た言葉を笑顔で吐いた。

「痛いのはあまり好きじゃないから、飛びきり気持ちよくしてあげようね」
「ざけんな…っ!」
「…おおっと、危ない。怖い怖い。食べられちまう」

トムが唯一自由な首を動かして赤林の手に噛みついてやろうと口を開いたが、赤林はひらりとかわして、まるで降参とでも言わんばかりに両手を宙に掲げた。

「食いちぎられちゃたまんないねぇ。悪いけど静かにしてもらおうか」

赤林は手持ちの白い布をトムの口元へと持っていき、暴れるトムを容易に押さえ込んだ。布を噛ませ、頭の後ろでぐっと縛る。これでもう余計な口を叩けない。

「んー!んー!」
「ははは、いいねぇ。いい眺めだ。素質あるんじゃないかい?」

布はトムの発声の邪魔をする。抗議の声を上げようともがくが、くぐもった声が布越しに響くのみ。





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