*微エロ







仕事がひと段落着いたと思った瞬間にノックが鳴る。入れと促す前に派手な杖を持った男が応接室に足を踏み入れた。

「旦那、仕事終わりましたか?」

へらへらと陽気に話しかける男、赤林を一瞥して四木はあからさまなため息を零した。

「…一応、ひと段落着いた所です。何か用ですか」

「何だい人の顔見た途端溜め息って。ちょおっとひどいんじゃないかねぇ。……あ、ここ座っていい?」

言うや否やこちらの返答を待たずに、ソファにもたれた四木の隣に座った。ギュッと革張りのソファが軋んで、近くに感じる体温。
向かいのソファが空いているのだからそちらに座ればいいものを、何故わざわざ隣あわなくてはいけないのか。

四木は知っていた。彼がこんなことをするのは何かしらの下心がある時だということを。危機管理意識は高い方だ。

四木は眉間に寄る皺を余計濃いものに変える。そして、何か起こる前にと席を立とうとしたが、赤林の右手がそれを阻止する。

反射的に赤林の手を邪険にはねのけ、嫌悪感を露わにした四木と違い、赤林はにへらと顔に笑みを貼りつけていた。

「何ですか、私に用があるならはっきり仰ってください」

「旦那ぁ、そんな喧嘩腰にならなくてもいいじゃないの。おいちゃんと楽しくお喋りしようよ」

「で、何しに来たんです?」

「……何しに来たと思う?」

「質問を質問で返さないでください。……では、あなたが今手に持っているそれはなんですか」

四木の視線は赤林の手に握られたボトルに向けられていた。貼られたラベルをまじまじと注視する。
ああこれ、と赤林は何でもなさげに呟く。

「旦那が好きそうなの選んできたんだぁ」

「答えになってません」

言いながら赤林はピリピリとビニール包装を取って片手でボトルの蓋を開けた。
中が開いた瞬間に人工的な甘い香りが四木の鼻孔を掠めて、匂いの記憶をくすぐった。どこかで嗅いだことのあるような懐かしい香り。例えれば夏祭りなどでよく見かけていたあれに近いかもしれない。

「イチゴシロップ…ですか?」

「うーん、半分正解かねぇ」

というか、旦那イチゴシロップ好きなの?茶々を入れてなかなか正解を言わずに楽しそうに笑う男を見て四木はだんだん苛立ちを感じてきた。

彼が持っているボトルの中身は、匂いだけならばかき氷にかけるようなイチゴ香料の懐かしいそれだった。やや、四木の記憶と異なるのはこれが無色透明で粘り気のある液体ということだ。
見慣れないそれに怪しんだ目をすると、やれやれと言った風に赤林が種明かしをする。

「これね、イチゴの香りつきローション」

「はい?」

「ほら、やっぱり男の体って勝手に濡れないじゃない?だからおいちゃん昨日ドンキで買ってきちゃった。いやぁ何でも揃うねあそこは」

ケラケラと笑いながら赤林はボトルから適量のローションを出して、右の指の腹にのせる。一連の流れで用途を理解した四木は眉頭に深く皺をつくった。

付き合いきれないと足早に立ち去ろうと思った時、先ほどよりも強い力で手を引かれ、体が赤林の方にぐんと傾く。

「…ちょっと…!」

ほんの一瞬の隙だった。
言葉と共にぐっと四木の体がソファに押し付けられる。視界が反転して、しまったと思った頃には馬乗りになった赤林に上から見下ろされている。

「はは、マウントポジションってやつだねぇ」

ギシッと大きくソファが軋んで赤林が笑う。抵抗しようと伸ばした手も彼によって無きものにされた。力勝負ではかなわない。

「はい、じゃあ旦那、足開いて」

「…馬鹿ですか?」

「おいちゃんはいつでも本気だよう」

「仕事だって言ったでしょう?」

「今ひと段落ついたって言ってたじゃないの」

「…………………はぁ、貴方って人は…」

果てしなく終着点のない問答を繰り返しながら、四木は大きくため息を吐いた。彼がこの部屋に入ってきた時点で何となく予想はしていたことだった。抵抗を続けても手遅れだということはわかりきっている。

だからといって、彼の本能に従ってすみやかに行動に移せるほど四木は若くなかった。それなりに理性もある。
そんなこちらの顔色を読んだのか、赤林は困ったように眉尻を下げて下手に出る。

「旦那、こんな訳だから特別に流されてやってくれないかな。」

何に興奮したのか、それとも部屋に入った時にはそうだったのか、タイミングは定かではないが、スラックス越しに押し付けられた彼のものはじんわりと熱を持っていた。

…してもいい?赤林は小さく声にした。

その声は普段よりも低く掠れている。
触れた体温は熱く、カフスの隙間から硝煙とわずかな血の匂いがした。

ああと瞬間全てを理解した。彼は上手く誤魔化すつもりかもしれないが、この至近距離では気付くなというのが無理な話だ。ローションの匂いに紛れるとでも思ったのだろうか。

今さっき人を殺めたであろうその手が四木の首を這う。不快感はない。触れる指は優しいが彼に余裕がない事はすぐ見てとれた。ぎこちなく震える腕がそれを顕著に物語っている。

今までの遊びのような態度も焦りを悟られないようにのことなのだろう。この男はいちいち回りくどい。

「全く…貴方のお遊びにはついていけません」

「何が?」

「嘯いても無駄ですよ。今更、私にバレてないとでも思ってるんですかね?」

確信を突くように口に出すと、彼はぎらりと肉食獣のような犬歯を覗かせて唇を歪ませた。

「ん…ああ、やっぱり旦那にはかなわねぇなぁ………これでもさ、一応、自制、しようとしてるんだけどねぇ、」

どうにも高ぶっちまう、

「自制、できるんですか、」

四木が赤林の首筋を手でなぞると、目の前の体は大きく揺れた。覆い被さった赤林の口から吐き出された熱い息が四木の鼓膜を揺らす。

「…酷くしちまいそうだけど、抱かせて、」

目の前の男のあまりに弱々しい声に四木は観念したように抵抗を弱めた。

「貴方はいつも狡いんですよ…。強引に迫ってきて逃げる手段や選択肢を潰しておいて、なのに…最後の最後で私に選ばせるんですから、……私が嫌だと言ったらどうするんですか?」

「うん、やっぱり旦那が本気で嫌がってるならできないでしょ…?」

「…ほら、そういう所が狡いんです」

四木は赤林の後頭部を引き寄せて唇をあわせた。何の変哲もないかさついた男の唇が触れる。途端に彼の薄皮一枚の理性が無くなったのか、赤林は何度も何度も角度を変えては深いキスを繰り返した。呼吸を奪いながら勢いよく四木の体をまさぐる。赤林は自らのジャケットを脱ぎ捨てて、片手で四木のワイシャツのボタンを外した。

「鍵は…」

「閉めてあるから誰も来ないよ…」

「随分、準備がいい……んっ…」

「悪いね、あんま慣らせないからさ、切れたらごめん」

赤林は手にとったローションを四木の後孔に滑らせる。まだ硬く窄まったそこに無理やり中指を埋めた。

「……全く、躾のなってない犬ですね、…っ」

「あまり、飼い慣らされてないからさ、」

苦笑混じりに赤林は中をかき混ぜた。ローションのおかげが内壁に吸いつくように動く指にめまいを感じた。性急に事が進んでいく。あたりにはこの場にそぐわないイチゴの甘い香りが広がって、それがなんとも言えない背徳感を誘う。

「…もちろん、残りの仕事は全て貴方がやってくださるんですよね、」

衣服が靴下まで全て取り払わられるのを視界の隅に捉えながら、四木は妖艶に笑う。やりかけの仕事も今ではどうでもよくなったが、このまま素直に流されるのも釈だった。

「は…こんな時まで仕事の心配?仕事の鬼だなぁ旦那は」

「そういう、性分なんです。…で、やって、頂けるんで、すか?」

強すぎる愛撫に翻弄され、声も途切れ途切れになる。
赤林はそんな四木を見て片方の目をぎらりと光らせて舌なめずりをした。まるで腹を空かせたライオンが獲物を狙い定めるかのような仕草に、四木はこのまま本当に食べられてしまいうのではないかという錯覚に襲われる。

「…もちろんです、旦那」

赤林は裸足になった四木の足を持ち上げて露わになった指に噛みついた。











衝動概念







最後に本当は茜ちゃんに「あれ?四木さんと赤林のおじさん、二人とも甘い匂いするね」って言わせたかったんです。
そもそも茜ちゃん出て来なかったけども。ぐぬう
うちの四木さんは甘党。



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