「うわ!やばい寝過ぎた!」

叫びながらフランシスが飛び起きると、日は既に高い位置にあった。何故今日に限ってアラームが動いてないのだろうか。今日は確か会社で朝から大事なミーティングがあると言っていたはずだ。急げばまだ間に合うかと頭でシュミレートしてみたが、どう考えても会議はもう始まっているだろう。フランシスははぁとひとつため息をついて、いつもなら時間ぴったりに(強烈パンチで)起こしてくれる愛しい存在を見た。

隣に寝ている金色毛虫、もといアーサーがう〜んと唸りながらもぞっと動く。襲いたくなるぐらい可愛いが、今はそんなことをする暇もない。

確かアーサーも今日はミーティングがあると言っていたのだ。今から起こしてもきっと遅刻になるだろうが、このまま放っておくことも出来ない。

アーサーアーサー!寝坊だよ!ゆさゆさと肩を揺すって、彼を起こそうとするものの、すっかりシーツにくるまって一体化を図ろうとしているアーサーには通じなかった。
アーサーは唸るばかりで起きる気配がない。それもその筈。普段はとても怒りっぽいアーサーの寝顔はとても健やかで、地上に降り立った天使と見間違うくらいだったので、フランシスはアーサーを強く起こすことが出来なかった。

くそ…可愛い!こんな寝顔絶対起こせねぇって!恐る恐るアーサーの開いた手のひらに人差し指を当てると、生まれたての赤ん坊がするようにぎゅっと握られた。フランシスは駆け上がってくる衝動を抑えながら、アーサー寝坊だよ、と優しく言った。
…だから強く起こせないんだって。

しかし、むにゃむにゃとあどけない子供のような顔をしたアーサーは、やはりフランシスの優しいモーニングコールでは目覚めることはないのだった。

そうこうしてる間に時間だけが過ぎてゆき、マナーモードになっている携帯を横目に見ると、着信ランプがチカチカ点灯していた。

あーもうどうすんのこれ。自分では天使なアーサーは起こせないが、おそらく仕事先からであろう着信はひどい数になっているだろう。今度こそちゃんと起こすしかないかなぁと、フランシスは思った。

「…フランシス?」

半分しか空いてない微睡んだグリーンの瞳がフランシスを見る。今までの悩みの原因だったアーサーが目覚めた。しかしまだ眠いのか、すぐに溶けていきそうな瞼だった。

「ごめんねアーサー!寝坊しちゃった!」

フランシスが素直に告げると、やはり彼は眠そうに、うんと頷いた。フランシスはこの展開に少なからず動揺する。いつもだったらばかぁ!とかちゃんと起こせよ!とかの怒鳴り声が聞こえる筈なのに今日はそれがない。寝起きなのに機嫌いいなぁこいつ。

しばらくそんなことを考えていると、またうとうとし始めたアーサーが、おやすみと言ってシーツに潜った。えええ!!!

「ちょっとアーサー!今日会議なんでしょ!!」

起きなきゃだめだよ!フランシスは夢の中に溶け込もうとしているアーサーを慌てて揺さぶった。

「今日…会議…なくなった…」

だから、ねる。

「……そうなの?」

ああ、だから彼はいつになくぐずっているのか。何だ、良かった。フランシスは安堵の息を吐く。しかし問題はこれで解決した訳ではなかった。

「アーサー、俺これから仕事行ってくるから、」

そうなのだ。アーサーの仕事が休みになってもフランシスは仕事に行かなくてはいけない。急いで準備しなくてはと心を急かしてベッドから降りる。そうして頭を通り抜けるひとつの疑問。
あれ、もしかしてアーサーは自分の仕事がなかったから起こしてくれなかったの?

「うん…。」

まじかよ。

過ぎたことは仕方ないのでフランシスは考えるのを止めにした。

「…フランシス」

「何?俺もう仕事行かなきゃいけないんだけど……うわ!」

アーサーは振り向いたフランシスの腕を引っ張ってベッドに引き込んだ。ふいの引力にどさりとフランシスがベッドに横になる。

何するのとフランシスが口を開いた瞬間に、アーサーの赤い舌が溶け込んでフランシスはくらくらなった。

「あ、アーサー、」

状況が上手く飲み込めないフランシスの耳元で彼は妖艶に囁いた。

「一緒に寝ようぜ。」

今から仕事行ってもミーティングは終わってるだろ。諦めろよ。

と、あまりに彼らしくない台詞にしばし唖然となった。しかし同時に、アーサーからベッドに誘われて断る選択肢は、はなからフランシスにはなかった。

「明日会社になんて言い訳すればいいんだよ…」

「ん…」

触れるだけのバードキス。アーサーは目をとろんとさせた。

「恋人が離してくれませんでした。って言えばいいだろ。」

小悪魔っぽく冗談めかして笑う。フランシスは苦笑して、それもそうだなと言った。

風で木に残った葉がかさかさ音を立てていた。カーテンの向こうの世界はもう既に動きはじめているのだ。

フランシスとアーサーは隔離されたこの空間で、日が傾くまでベッドの住人だった。


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