*彫り師なトム
入れ墨してる






「ぁっ、あん、あ、はっ、あ、トム、さ、んっ…!」

「静雄っ…!」




情事を終え、すっかり汗だくになってしまった体をシャワーで清める。髪をがしがし拭きながら部屋に戻ってカチッとライターの音が聞こえる方を向くと、トムは裸のままベッドサイドに腰を掛けて紫煙を吐き出していた。ベッドでは禁煙などというルールはここにはない。

「おいおい、そんなにガシガシ拭いてたらキューティクルなくなるぞ」

視線に気づいたのかトムはくるりとこちらに向き直る。聞き慣れない単語に静雄は髪拭く手を止めて、頭にクエスチョンマークを浮かべた。

「…きゅーてぃくるって何すか…?」

「んまぁ、あれだ、わかりやすく言えば髪に元気がなくなるぞってこった。そんなんして拭いてたら将来じいさんになった時すぐ禿げちまうぞ。…ってまぁ俺が言えた義理じゃねぇけどよ」

「トムさんドレッドですもんね」

他愛もない話をしながらベッドに腰かける。トムは自分のドレッドを指でつまみながら、やっぱりこれ髪によくねぇよなぁと独り言のように言い、ちょっと水でも取ってくると台所の方へ向かった。

下着しか身につけていないトムの腰を静雄は後ろから眺める。尻の少し上、ちょうど腰骨の横あたりで赤い目の龍と目が合った。

トムは入れ墨をしている。それは誰も寄せ付けないような鋭い目と鱗の濃淡が鮮やかな龍だった。
これ以外にもトムは腕や体に様々な模様を入れていたが、素人の静雄でもわかるほどこの龍は彼の体の中でもとびきり美しかった。

セックス中に余裕なんてあるはずもなく、普段抱かれている最中は見えないので気にすることはないのだが、こういった瞬間にぐっとトムの龍を意識する。

初めて見せてもらった時はあまりの美しさに言葉を失い、しばらく何も出来ずに立ち尽くしたものだ。その時のトムは笑って、何見とれてんだよ、照れるだろと軽く茶化したが、静雄は尚も目を離せずにいた。

トムの褐色がかった肌に龍が見事に調和していて、街で見たいくつもの入れ墨のどれよりも繊細な彫りだと静雄は思った
。しばらくしてミネラルウォーターを片手に台所から戻ったトムが再び静雄の横に腰を下ろす。

「なんだぁ?まぁた見とれてたんか?静雄は本当にこれ好きだよなあ」

静雄の視線に気づいていたのか体を捻り、自分の墨を眺める。

「だってトムさんに似合ってすっげぇかっこいいっすもん」

心に思ったままの感想を伝えると、トムは目線を外しながら僅かに顔を曇らせた。

「…そうか、似合ってるか、ありがとな」

そう返したトムはもう既にいつもの表情で笑っていたが、その前の一瞬の陰りを静雄は見逃さなかった。
(ああ、まただ)



トムは彫り師だった。

池袋のビルにある小さな施術室に勤めている。中学の先輩であるトムとは1年前偶然に出会った。中坊の頃からトムへ憧れ以上の想いを重ねていた静雄は、溢れた思いを隠せずに告白した。そこから色々あって何とかお付き合いすることになり、今とても幸せな日々を過ごしている最中だ。

だけれど、静雄には最近少し気になることがあった。

「トムさん…」

「ん、どうした静雄?」

「何で俺には彫ってくれないんすか、」

トムがこちらを一瞥する。煙草をふかしていた手を一旦止めて、またその話か。と呆れるように言った。くしゃっとドレッドヘアーを掻きながら優しく、でも曲げない言葉で、悪いなと彼の唇が動いた。

「何回も言ってるけどお前には彫らねぇよ」

ベッドサイドに置いてある灰皿に短くなったフィルターを押し付ける。

「何で、」

食い下って尚も踏み込もうとすると、言葉を遮るようにトムが言った。

「前にも言ったけどよ、惚れたやつには彫らねぇ主義なんだよ」

悪いな。
再度やんわり断られて、頭を撫でられた。子供扱いしないでくださいと返そうかと思ったが、トムの目が泣きそうに細められていたのでそれ以上の追求はできなかった。

またはぐらかされたという事実だけが静雄の心の中にわだかまりとして残る。
トムはそれに気づいたのか気づかないのかわからないような曖昧な態度をとった。

「つうか墨って言ったってどこに彫るんだよ?」

急に投げられた質問に、静雄はすかさずトムさんと同じところ。と言った。

「…お前変わったよなぁ。昔だったら『父ちゃんと母ちゃんにもらった大事な体に墨なんていれるもんか!』とか叫んでるぞ」

「それいつの話っすか…」

確かに昔の静雄であれば入れ墨なんてもってのほか。髪を染めるという行為にすら抵抗をしていた。
しかし10年程経った今では、染髪行為などすっかり日常の一部になっている。
(慣れって恐ぇな…)

そういえば静雄が髪を染める事になったきっかけも、トムだった。静雄はふと思い出す。出会った時からずっとずっと静雄はトムが好きだった。

墨を入れたいというよりは、トムが誇りを持ってやっている仕事を自分も肌で感じてみたいという思いが強い。以前、写真の上でだけだがトムの作品を見せてもらったことがあった。ひとつひとつ丁寧に彫られた仕事にすぐに魅せられた。肌の上に彼の印を残せておけたらどんなに幸せだろうか。

トムに想いを寄せていた頃のように、気づけば知らず知らずのうちにどんどん引き込まれてしまっていた。

「…俺と同じところって言ったらよぉ、腰骨あたりだろ?彫ってる最中にムラムラしちまうから無理だ」

ああそうだ。墨は彫れねぇけど、代わりに別な所掘ってやろうか?と、トムは静雄の尻の割れ目をいやらしくなぞる。
腰に巻いていたバスタオルがほどけて、音もなく床に落ちた。ごつごつした中指が入り口に当たり、先ほどまでトムを受け入れていた後孔がじくりと疼いた。このままでは流されてしまうと、静雄は必死にトムの肩を押した。

「ご、誤魔化さないでください!………じゃあ聞きますけど、トムさんのやつは誰に彫ってもらったんすか?」

「……」

トムの顔が曇る。多分この答えが意味するものを静雄は知っていた。トムの鋭い視線が刺さった後、苦虫を噛み砕いたような顔でトムは口を開いた。

「…俺の、師匠だよ」

昔働いてた入れ墨のな。

その答えを聞いて、静雄の頭に一種の確信めいた答えがよぎる。

「師匠って男、ですよね、」

「そうだ」

「だ、だったらトムさんも、その男に見せたんでしょう?」

「まぁな、」

「……その人は、トムさんの、恋人、だった人ですか…?」

「………ああ、」

トムは新しい煙草に火を点けて、これ以上は話したくないとばかりに携帯を開いた。
静雄は静かに目を伏せる。やはり予感は的中していた。
男である静雄の想いをすんなり受け入れたトムには過去があった。男と繋がっていた過去。いくら鈍い静雄でもすぐに理解できた。

トムは昔の恋を隠すような人間ではないので、たいていのことは聞いたら答えてくれるだろうが、これ以上踏み込んでいいものかと静雄は思いあぐねる。

「…静雄には綺麗なままでいて欲しいんだよ」

煙草をふかしていた手を止めてトムが吐き出した。トムの顔がだんだん近づいてくる。

(きっと、また誤魔化される)

顎に手をかけられて、誘われるように唇をあわせればそれ以上の言葉は口に出せなかった。

入れ墨の代わりに肩口に赤いキスマークを付けられて、静雄は小さくずるい、と呟いた。











彼の消えない赤色







トムさんの師匠は赤林さんです。
入れ墨知識は全くないので色々が間違っている部分があったらすみません…
続きを書いていたら赤トム、赤静、トム静で収拾つかなくなって誰も幸せになれなかったので、消しました…


(0816)


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