今日はトムさんと付き合ってから初めての休日だ。
そう、記念すべきデートの1回目である。自慢ではないが過去に恋人の居た経験のない俺にとっては人生初めてのデートになる。柄にもなくそわそわうきうきしてしまい昨日はまるで遠足前の子供のように寝付けなかった。
ふと、普段は気にしない服装もいつもと違ったものにしてみようとか考えてみるが、ここ数年は部屋着とバーテン服以外のものに腕を通した記憶がない。

思い悩んだ果てに弟の幽にまで電話で相談してしまった。服装の話をすると、

『兄貴もたまには違う服装してみれば相手の人も新鮮に思うんじゃないかな』

と返ってきたので、やはりバーテン服以外のファッションを考えることにした。
だが生憎その他の服は部屋着ぐらいしかない。新しい服を買いに行くという手もあったが、服を買いに行くのは苦手だし、夜も遅かったため諦めて床に就く。

翌日、朝早くにチャイムで起こされた俺は寝起き頭で玄関のドアを開ける。

なんとギチギチのハードスケジュールにも関わらず、幽が俺のアパートまでやってきていたのだ。そして俺の心を読んだように、プレゼントとか何とか言って真新しい私服をくれた。幽すげぇ。
流石に申し訳なくも思ったが、俺が勝手にしたことだからと、あくまで謙虚に幽が言うので、素直に好意を受けることにした。

買ったばかりであろう紙袋を開けると、首もとに布が重なったようなデザインの半袖の白いシャツと(ドレープというらしい)、ダメージ加工が施してあるジーンズ、いかつめのモチーフがついたベルト、アクセサリー数点などが入っていた。

着替えてみると、サイズはどれも俺にぴったりで、派手すぎず地味すぎないデザインがとてもしっくりした。さらりと着心地のよい素材も、夏らしくてすごく良かった。自分ではこんなもの選べない。改めて幽に感謝した。

じゃあ兄貴頑張ってね、と幽は言って、玄関から出て行った。特に言っていなかったが、多分これから仕事なのだろう。売れっ子だもんな。
扉が閉まる直前に、仕事頑張れよと手を振った。

俺はいつもよりちょっとだけ長くなった支度を終えて池袋の街へ繰り出す。

最近はバーテン服しか着ていなかったため、普段より露出している二の腕が気になったが、それもすぐに慣れた。
初夏のこの陽気じゃいつもの長袖シャツより快適だったし、幽の選んでくれた服だ。悪いわけがない。

待ち合わせはわかりやすいようにいけふくろう前になった。約束の時間より少し早く着いて辺りを見回すと、すぐ横の立ち食いそば屋の前にトムさんが居た。遅れてすみませんと声を掛けると、トムさんは少し驚いたふうに、俺も今着いたとこだよと笑って返してくれる。
てかトムさんの私服かっけぇ!

トムさんは普段のスーツ姿ではなく、体にフィットするノースリーブのシャツにボタンがいっぱいついた黒のシャツを重ねていた。ごついネックレスが首もとで光る。思わずぽーっと見とれてしまう。

「そんな見るなよ。恥ずかしいだろ」

言ってから、今度は俺自身を頭のてっぺんから靴の先までまじまじと凝視した。そうだ忘れてた…やべえ、似合わないとか言われたらどうしよう……落ち着かねぇ……
そわそわする俺の心の声が聞こえたのか、

「うん。普段の服もいいけど、それもかっこいいし似合ってるな。俺は好き」

と、言ってくれた。ポンポンと肩に置かれた手に一気に体温が上昇する。やべぇトムさんに好きって言われた!

「あ、ありがとうございます!」

良かった!幽サンキューなと心で何回も唱えた。とりあえず今度お礼をかねて飯でも奢ろう!

「よし、じゃあ行くべ」

「はい!」

多分俺が犬だとしたら、今、尻尾をぶんぶん振っていると思う。





電車に乗り、歩き慣れた街を出て着いたのは、大きなショッピングモールがある駅だった。服や食品はもとより、家具や家電も扱っている有名なところだ。
テレビや広告を見て、あるのは知っていたが実際に行くのは初めてだったのでドキドキする。駅前から既に人でごった返していた。

腹減ってないか?と聞いたトムさんに、少し、と答えると通りで人が賑わっている美味しそうなステーキ屋に連れて行ってくれた。普段より贅沢な肉の厚みと、ガーリックの香りに食欲がこれでもかとそそらる。

注文したステーキがテーブルに並ぶと、目を踊らせた俺は、肉を適当に切り分けてからセットのご飯と一緒に頬張った。

トムさんがそんな俺の食べてる姿をやけに見つめてくるので、トムさんは食べないんすか、冷めちゃいますよ。と声を掛けた。

「静雄は食べてる姿も可愛いな」

「ぶっ」

その言葉に思わず噴きそうになる。いや、少し噴いた。ごほっとむせそうな喉をどうにか抑える。

「いつも見てるじゃないすか…」

「うん。だから、いつ見ても可愛いなってことだよ」

あ、ご飯粒付いてるぞ。言うや否やトムさんの指が口の端に触れて、口に付いていたらしいご飯粒が素早く取られる。
そしてそれを自然な動作でトムさんは自らの口へ運んだ。ぱくり。

「子どもみたいにがっつくからだよ」

ははっ。ケロリと何事もなかったように自分の肉を切り分けていくトムさん。それとは対象的に俺は、フォークに肉を刺したまま固まってしまった。

だって、いま

「えええええ!!!??」

「こら、うるさいぞ静雄ー」

「す、すんません…」

恥ずかしすぎる!
普段ならば口に食べカス付いてるぞとかなんとか言うだけで、今みたいなことは絶対やらない。なのに今日のトムさんは……。これが恋人というやつなのだろうか。

「…こ、子ども扱いしないでください」

思わず照れを隠すように口に出した。
そんな照れた俺の心情を知ってか知らずが、トムさんはにやりと笑って、

「今の、恋人扱いのつもりだったんだけど?」

嫌だったか?と、さらりと言って俺の頭をくしゃりと撫でた。俺が嫌なわけないとわかってて聞くのだから質が悪い…。恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。
顔が赤くなるのはきっと不可抗力。

トムさんは、ずるい。






食べ終わって一服してから、よし行くべ。とトムさんは俺の手を握った。
男同士だし、まだ日も高いし、人目に付いたらどうしようという思いが胸をぐるぐるしたが、トムさんはあくまで飄々と、お前顔真っ赤になってるぞ。と呟いた。続けて、

「知ってる奴なんて誰もいねぇよ。どうせなら周りに見せつけてやろうぜ」

と、あまりに男らしく言うので、もう何も言えなくなってしまった。暖かい体温に引っ張られて、こちらからもぎゅっと握り返す。
好きです。大好きです。想いが手のひらを伝って溢れてしまいそうだった。

「静雄、」

「ん、なんすか?」

「俺、静雄が恋人で良かったよ」

トムさんは握っていた手のひらを、指同士を絡ませるやつに変えて、笑う。
俺はどくどく鳴る心臓を隠して、いっぱいいっぱいになった頭を振り払って頑張って口に出した。

「あの、俺も…、トムさんが………」










幸せのはじまり







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