毒と蓮



 「ようやく五体満足な子供が生まれたな」という言葉を聞いた時は、あれって思った。私たちが生まれてすぐにまた妊娠した母さんが、ある日凹んだお腹を触りながら「やっぱりイルたちは運が良かったのね」って言ったのを聞いた時も、あれって思った。次もそのまた次も、母さんは父さんに「やっぱりイルたちは特別だったのね」って言った。そしてその次に「やっとまたちゃんとした子供が生まれたわね」と母さんが言って、その子にはミルキと名付けられた。

 私たちの前に二人、私たちとミルの間に五人、ミルと今母さんのお腹のなかにいる子の間に六人。イルは五人分しか覚えてないけれど、合わせて十三人分の兄弟の死体がゾルディックの墓には入っている。私は時々お墓に行って花を供えて、お墓の兄弟たちにミルをくれて有り難うと手を合わせる。

 次に生まれるのはきっとキルで、その次にアル、カルがポコポコ生まれるんだろう。私は生まれたときから自我があったから、父さんたち大人以外では一番多く、墓に入る兄弟を見送ってきた。代々受け継いできた毒への耐性は奇形児の原因で、死んで生まれてくる原因でもあった。残った兄弟は誰も五体満足で生来の病もない。なんとも残酷で理想的な家庭。その影に十三の犠牲を積み上げておきながら。

 十三人目が死んで生まれてきた時、私は戸籍の上で別の家の子供ということになった。母さんの腹から跡継ぎが生まれないならその次に期待しようということらしい。ゾルディックの長女からゾルディックの婚約者に立場が変わったところで修行のきつさは変わらなかったけれど、お腹への攻撃は控えられるようになった。跡継ぎを生めなくなったら大変だからだろう。

 私には理想的な家庭を築くための相手をイルかミルのどちらかに決める権利があるけど、とうに私の中では相手はイルに決まっている。年齢。それ以外に理由はない。







 キルアが家出した。母さんは顔を、ミルは腹を刺されたらしい。死んだわけじゃないから私の出番ではないそうだけど、ミルが痛い苦しいってメールを何度も送ってきたおかげでミルを見舞えることになった。


「ミル、来たよ」


 ミルの部屋は趣味の部屋への扉と寝室への扉は別々に廊下にあって、私は寝室への扉をノックして中へ入った。ミルは私を見ると表情を輝かせた。


「来てくれたんだな!」

「メールで呼んだのはミルじゃないの」


 ミルは漫画の通りおでぶちゃんになったけれど、元が良いからか醜くは見えない。痩せれば良いのにと以前会ったときにミルに言ってみたら「この体にどれだけ金とカロリー詰め込んだと思ってんだ、もったいないだろ」って言われたから痩せる気はないんだろう。

 フィギュアとかゲームは全部趣味の部屋にあるからミルの寝室はこざっぱりとしている。白とブラウンで統一されていて落ち着いた雰囲気だけど、ベッドサイドのテーブルにあるポテチで台無し。

 ベッド横の椅子に腰掛けてミルの具合を確かめる。私の念能力である【崖下の子等(ウィンター・ハーメルン)】を使う必要もなさそうな軽傷、こうしてベッドで休むこともないくらいの怪我だ。ミルが騒ぐからこうして来れたけれど、別に見舞いなんて要らないくらいのものだ。


「ハルイ姉ちゃん」


 ミルのお腹を撫でる私に、ミルが迷っているような掠れた小さな声でそう口にした。


「ミル、私をハルイなんて呼んじゃダメでしょ」

「……姉ちゃん、キルアが一年早く生まれてたら姉ちゃんはハルイのままだったってほんとか」


 ミルは私の言葉を無視してそう続けた。思わず目を丸くする……誰かが口を滑らせたのか。


「誰から聞いたの」

「キルアから、あいつが家出するときに。執事の独り言聞いたって」

「そう」


 今更で、私にとってはもうどうでも良い話だけど、ミルにとっては違うのだろう。私を最後までハルイと呼んでいてくれたのはミルで、私が姉でなくなったことを一番嘆いてくれたのはミルだから。


「本当のことよ」


 ミルは私の腕をつかんで、私の手に目元を押し付ける。


「ミル、何があったって貴方は私の弟だよ」

「姉ちゃん……」


 イルとは私たちが十八歳の時に結婚した。だからイルはもう弟じゃなくて夫だ。キルアは私がウルになった後に生まれた。だから弟じゃなくて義弟だ。私が身体を張ってでも守りたいと心底思うのは私の兄弟だけだから、ミルだけ。でもそのついでに家族も守る。ミルが引きこもっていられるためには義母さんや義父さんも必要だから。

 壊れてるんだろうと思う。膨らんではぺしゃんこに凹む母さんのお腹を繰り返し見る度に、少しずつ壊れていったんだと思う。そしてイルの婚約者になって結婚して、私のお腹は四度も膨らみ、四度ぺしゃんこになった。

 でもずっと腕の中はスカスカ。三キロを抱えたことは一度もない。


「久しぶりに会えて良かった。キルアに感謝しなくちゃ」


 空いた手でミルの黒い頭を撫でる。イルは私に対して独占欲や愛情があるわけじゃないけれど、膨らんで凹んでを繰り返す度に壊れていく私を心配してくれているからか、私とイルの暮らす離れから外へあまり出してもらえない。今回はキルアの家出でミルが怪我したからこっちへ来られたけれど。

 壊れてる自覚はあるものの、私には治る気はない。私の兄弟は墓の中の十三人とミルだけで、守りたいのはミルだけだ。あとはどうでも良い。ほんと、アルカが地下に軟禁されていようが、カルトが「兄様」のために蜘蛛に入ることになろうが、どうとでも好きにすれば良い。弟として接したことなんて一度もないのだから。


「キルになんて感謝しなくて良いよ……」


 ミルの声は震えていた。何故なのか分からなかったけれどミルが悲しんでいるようだから、ミルの頭を何度も撫でた。

 ーーその次の日のことだった。イルが珍しく、私に外出する仕事をお願いしてきたのは。









 柔らかい心の持ち主だということは知っていた。ハルが弱いことも優しいことも、ずっと隣にいたから、オレが一番知ってる。

 記憶にない時から母さんが太っては突然痩せることを繰り返していたのは知ってたけど、それが妊娠ーーオレ達の弟や妹が母さんの腹の中にいたってことだとオレは知らなかった。でもハルは知っていて分かってたから、だから母さんの腹が凹む度に傷付いていた。オレはそれに気付かなかった。

 ハルの計算で十三人墓に入ったとき、ハルはウルになった。オレの双子の姉から、オレかミルの婚約者候補になった。ミルだけがウルのことをずっとハルと、ハルイと呼び続けていたけど、爺ちゃんたちに何度も叱られて何も言わなくなった。

 キルが生まれて父さん達の興味はキルに集中するようになった。ウルはいつの間にか自分で念を身につけて、ミルにはマッチが二本入ったマッチ箱をやっていた。変なプレゼントだと思ったが、ミルはそれを肌身離さず持ち歩くようになった。

 アルが生まれ、カルが生まれた。ウルの笑顔を見ることは稀になった。

 ある時、仕事でもないのにウルが門から出て一週間帰ってこなかった。オレの婚約者だからって父さんたちがオレに探させたら、ウルは茶屋の軒先で五つの団子が串に刺さったゾルディック兄弟団子を食べながら緑茶を啜っていた。オレはウルを離れに閉じ込めてキルにもアルにもカルにも会えないようにした。

 十八歳になってウルと結婚した。オレたちは相性が良かったのかすぐにウルは妊娠して、生まれた赤ん坊は息をしていなかった。ウルはオレたちの兄弟の墓のすぐ横に、赤ん坊の墓を作った。

 二度目の妊娠は双子だった。一卵性の銀髪の子供。頭が二つに体が一つ。ウルが墓に入れた。

 三度目は右手の指と口が生れつきなかった。一度目や二度目と同じように、ウルが墓に納めた。

 四度目は腹の中にいる時点で既に死んで生まれることが分かった。陣痛促進剤が効かなかったから十ヶ月目で銀髪の子をウルが生んで、やっぱりまたウルが墓に入れた。

 ある時、墓のことなんて何も知らないキルとカルが、十三人の墓と五人の墓を壊した。ウルはそれを聞いても何も言わず、ただ「そう」とだけ口にした。ウルの笑顔をこの数年一度も見てないことに気付いた。

 仕事で外出中にキルが母さんとミルを刺して家出したと連絡があって、ウルにつけた執事にウルの反応を尋ねた。


「ミルキ様の怪我を気にしていらっしゃるようです。さきほどからミルキ様とメールのやり取りを頻繁にしておられます」

「ふうん……見舞いくらいなら良いよ。ウルをミルの部屋に連れていってやれ。ただしカルに会うことがないように道を選べ」

「畏まりました」


 画面の向こうで執事が深々と頭を下げた。電源を落とせば暗いガラスに映るオレの顔。ウルとオレは二卵性だから、顔は一卵性のそれほどは似てない。でもやっぱり姉弟だから目元とか鼻の形とかは似てる。

 ウルはミルが好きだ。異性とかそういうのではなくて兄弟愛として、ウルはミルを愛している。でも後継ぎはキルだから、ウルの能力はキルを一番に優先して使われるべきだ。ウルの愛情はミルにはもったいなさすぎる。

 ウルにキルへ愛情を抱かせるにはどうしたら良いだろう。三歳までのキルしか知らないウルはオレが離れに閉じ込めてたから今のキルの声も身長も知らない。一度会わせてみようか……キルにつけておいた執事の報告ではハンター試験を受けるつもりみたいだし、ウルの実力は十分すぎるほどある。

 うん。ハンター試験で出会わせてみよう。






+++++++++
 体内に蓄積された毒が原因で奇形児が生まれるってのはベトちゃんドクちゃんが有名だけど、忘れてはならないことに日本国内でも例がある。公害病。

 母親がまるで生み捨てるように子供を次々と生んでは殺す姿(死産もあるだろうけど)を繰り返し見るとか、当然ながら鬱病にもなる。蜘蛛編で出てた「鯨でも死に至る毒」が平気ってことは、それ以上に強い毒を体の中に取り込んできたわけで、毒を排出しきるまでに何人も犠牲になってるだろうことは想像に難くない。というか、キルア・アルカ・カルトとイルミ・ミルキとの年齢差がありすぎる。キルアルカルは年子っぽいのに、イルミルとは十歳以上の年齢差があるとかおかしいだろ、という。これは絶対に空白期間に何かあるに違いないと考えてみたらこんな結果に。表に置けんわ……ということでここ、裏に置いた。

 ウルは血筋を守ること優先で親子の縁は切られるわ、名前は取り上げられるわ、弟どちらかとの結婚を強要されるわ、 自分が耐性をつけるために取り込んできた毒の犠牲者らを生まなければならないわ……。笑顔を忘れても仕方ない。

 この後ウルはきっと詐欺師の塒あたりでふらっと逃亡、遠くからミルキだけを見守って過ごす。ミルキはミルキで姉ちゃんの苦痛を(やり続けてきたギャルゲや好きなアニメなどのキャラの反応などから身につけた)一般人に近い感性で理解していて、探すことに乗り気ではない。キルアは自分のせいで姉が兄弟との結婚等の不本意な行為をさせられ続けている、とか思い込んで罪悪感。カルトはきっと事実を知らされることなく成人して、中年くらいで知るんじゃないかね。

 もしかしたらウルのお腹にはこの時点で既にイルミとの子がいて、逃亡した先で、健康で五体満足な銀髪の男の子を産むやもしらん。どっかの地方の街で宝石とか売った金で大きなお腹抱えて暮らしてたらノブナガと出会った、なんて展開とかも良いなぁ。偽名を名乗ったノブナガをウルが蜘蛛の団員とは思わずに仲良くなって、とかさ。

 ノブナガも薄幸そうな寡婦にときめいたりして、お腹の子供ごと幸せにしてやるとか宣言してくれないだろうか。してくれないかな。してくれ。でもそうするとノブナガがゾルディックを敵に回すことになるから、「嬉しい!」なんて言えるわけがないわな。んでヨークシン編あたりでイルミが蜘蛛に「見かけたら教えて」とか言ってウルの写真を見せて来たときに夫(元弟)が誰か知れば良いんじゃないかな。じれってぇ!

そんな焦れ焦れな恋愛をかける自信がないので書かない。
23/10/2014

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