How beautiful you are.



 会社の倒産により職を失った。妻はもう亡く、もうどうすれば良いのか分らない。二人の息子を育てるにはまだまだ金がいるが、わたしは結婚が遅かったからもう三十六だ……四十近い男を新たに雇おうと思う会社があるだろうか? まだバブルは続くとは言え、企業が求めるのは若くて言うことを聞く人材。頭の固くなった男など欲しがるわけがない。


「どうすれば良い、どうしたら良い……」


 出張でエジプトにいたわたしは、果たして会社から宿泊費が支払われるのかも分らないホテルにいた。併設されたバーの隅で安い酒を呑みながらこれからのことに頭を悩ませているわたしの隣に、男が一人音もなく座った。まだ夕方になってすぐの時間だ、わざわざわたしの隣に座らなければならない程混んでいるわけもない。

 顔を上げたわたしの前に差し出されたのはウィスキー・トゥディ。疲れた時向けの呑み方で、お湯で割るせいでウィスキー本来の繊細な味わいやらなんやらが消えるが、体は温まるし疲れもどこかへ飛ぶ。


「呑みたまえ。安い酒で酔っても辛いだけさ」

「あ、有難う」


 ウィスキー・トゥディを差し出したのは金髪の男で、怜悧な美貌に嵌め込まれた赤い瞳が壮絶な色気を醸し出している。甘いマスクに対し、首から下は鍛え抜かれた躍動感あふれる筋肉に覆われた体だ。どこかで見たような……しかしどこで見たかが思い出せない。


「何かあったんだろう? そうでもなければこんな端っこで腐ってたりなんてしないだろうからな」


 何故だろうか。初めて会った男なのに信じたくなる誘惑。何もかも吐きだして縋りつきたくなるような魅力が彼にはあった。――気が付けば、間接照明と蝋燭の明かりのせいで炎のように煌めく彼の目に誘導されるように、わたしは職を失ったことを話していた。


「そうか」


 彼の名前はDIOと言うらしい。どこかで聞いたような気がするが思い出せない。


「三十六にもなって、これからまた仕事探しさ……この世ってものはままならん」

「三十六? 二十五かそこらだと思っていたぞ」

「ははは、ここが暗いから皺とかが目立たないだけさ。明るい場所で見ればそこらへんにいるおっさんだよ。だが、二十五なら就職も楽だっただろうなぁ」


 DIOが突然わたしの肩を抱き寄せ、鼻と鼻がこすれ合う程まで顔を近づけた。


「皺など見当たらんぞ。皺もシミもない……肌理が細かいのは日本人だからか?」

「DIO、近い」


 酔っているとは言えまだ理性はちゃんと残っている。肩をよじってその手から逃れたが、今度は腕を掴まれた。隅に座っていたのが悪かった、DIOに覆いかぶさられてしまい逃げ場などない。


「誰もこちらを見ていないのだ、気にするな。なあニジムラ――おれの下で働かないか? 金ならば幾らでも出してやろう」

「幾らでもはいらんよ、形兆と億泰を社会に出せるまで稼げれば十分さ」


 まだ六歳と三歳の息子だ……わたしがしっかりしなければならない。億泰は下品な言葉を繰り返したがる年齢で、うんこだのおっぱいだのと叫びながら走り回るのを見ると「叱らなければ」という想いと共に「このまま元気に育ってくれ」という想いも湧く。わたしが守らなければならないのだ。二人を育て上げなければならないのだ。


「ニジムラはおれの知っている日本人とは全く違うようだ。シオバナはおれにタカるだけタカろうという姿勢を隠しもしなかったぞ」

「そんなのは少数派だ」

「ああ、そうだろうさ――おれはお前のように控えめな人間が好きだ。だからお前をこうして勧誘しているのさ。おれの下で働けば、少なくとも金銭面では後悔させない。息子二人も大学院へ行かせようと思えば出来るくらいの金をやろう」


 DIOはわたしにのしかかるようにして距離を詰めて行く。酔いが回ってあまり力の入らない腕で厚い胸板を押すも、全く効果はなかった。


「誘っているのか」

「誘う? 誰をだ?」


 DIOは色気を無駄に垂れ流した笑みを浮かべて――わたしの唇を舐めた。片腕でわたしを抱き締めながら壁にわたしを押しつけ、わたしの口内にその厚い舌を差し込んで蹂躙する。


「ん、ん……むぅ」

「おれを、だ。ニジムラ」


 酔った勢いとは思い難い。DIOは言葉もしっかりしているし視線もきちんと定まっている。わたしは酔うと、頭はしっかりしているのだが体のバランスが取れなくなる。


「DIO、どういうことだ」

「こういうことさ――来い」


 突如立ち上がったかと思えば、腕を強く引かれてそのままバーから連れ出された。エレベーターに投げ込むように放りこまれたせいで壁に背中を強かに打ちつけた。DIOが押したのは最上階のボタン。最上階はロイヤルスイートじゃなかったか?

 展開について行けず、また酔ったせいでよたよたとするわたしをDIOが軽く抱き上げたと思えば、到着した最上階の部屋、スイートルームに連れ込まれてしまった。


「DIO、わたしはノーマルだ! ヘテロセクシュアルなんだ!」

「それは良いことを聞いたな。つまりお前のここには」


 キングサイズのベッドにわたしを下ろすと、全く手間取る様子なくわたしのベルトとズボンを外してしまう。上着とシャツにボクサーパンツという情けない恰好に慌てて起きあがろうとすれば押し倒され、尻にDIOの右手が回る。


「誰の手も触れていないということだろう?」


 パンツ越しに肛門へ指を埋められる。たった数ミリのことだが違和感が凄い。


「DIO!!」

「ニジムラ、おれに全て任せれば良いのだ……痛い思いはしたくないだろう?」


 何度も抗ったが遂には腕をヘッドボードに括りつけられ、両足の間にDIOが割りこんだ。ボタンを外しただけのシャツも上着も皺だらけだ。酔いなんてとうの昔に吹き飛んでいる。


「本当に止めろ! DIO!」

「聞けんな。――やはりローションはないか」

「止めろ、止めろと言っている!」

「この軟膏はメンソール入りだそうだ。少しすーっとするかもしれん」

「ヒッ!? 嫌だ嫌だ嫌だッ! 止めろ、止めてくれ!」

「塗らんとお前が痛い思いをするんだぞニジムラ」


 腰の下に枕だかクッションだかを詰められて丸まった背を横に倒そうとするも、DIOの腕がそれを許してくれない。嫌だ、わたしは……どうして!!

 軟膏を乗せた指が尻にするりと入っていく。


「こんなの……こんなの強姦だ!!」


 そう叫んだわたしに、DIOはうっそりと笑んだ。しかし指は止まらない――それどころか、何度も軟膏を足していく。怖い嫌だ恐ろしい!! 体がガタガタと震え、歯の音も噛みあわない。


「お前が最終的に受け入れれば強姦ではなくなる。だろう? 受け入れるよなァ?」


 DIOは愛しいと言わんばかり目をしながらわたしの胸を舐め、首筋に吸いつく。

 顎に触れる金髪がさわさわと伸びている。人の髪は普通なら伸びない。目を見開いてその様子に釘づけになっているわたしに、DIOは優しい口調で、まるで幼子に言い聞かせるような声で、こう言った。


「怖くなどないさ。おれはお前と仲良くなりたいのだ――さあ、仲良くなろうじゃないか」


 額ににゅるりと何かが刺さったような感覚の後、わたしはDIOに対して抱いていた恐怖と拒絶感と忘れた。体中が温かい感情に包まれ、自ら足を開いてDIOを招き入れる。


「うん、仲良くなろう……DIO」


 DIO、わたしは君に愛されたい。そう囁けば唇が奪われ、互いの唾液を貪り合った。吸い尽くさんばかりに吸われた舌がジンジンとするのさえ気持ちが良い。解放された喉仏から顎にかけてを舐めあげられて背筋が震える。尻を貫く指は一本から二本、三本と増えて行く。

 ああ、DIO。君を愛しいと思うこの感情は一体どこからやってくるんだ? わたしはヘテロだったのに……分らない。分らないんだ。君のどこに惚れたのか。

 泣きながらそう叫べば抱きしめられ、「何も考えるな」と囁かれながらDIO自身が埋め込まれた。苦しさに喘ぎ開いた口を塞がれる。分らない――分らない。君を愛しいと思うわたし自身が分らない。


「DIO、DIO、DIO、DIO――ああ、DIOッ!!」


 どこかで聞いたその名前、どこかで見たこの顔。今やっと思いだした。この二度目の人生を四十年も過ごしたせいで、昔の記憶は遠い彼方にあったのだ。ならばわたしは、わたしは……虹村形兆と億泰の父親ッ!!

 一気に正気が戻ってきたような感覚、しかし体は今もなお快感によって陸に打ち上げられた魚のように跳ねている。限界が近くわたし自身の荒い息がうるさい。


「イけ」

「う、うあぁぁッ!!」


 何も分らぬ生ける屍となって――肉塊となって形兆を泣かせるのか。二人の未来を閉ざすのか。わたしは。

 涙に濡れたわたしの顔をDIOは愛しそうに撫で、腹に散った白いものをわたしの腹に塗り広げる。DIOが腰の動きを大きくしたことで濡れた音も余計に響き――わたしは聞いていられずに耳を塞いだ。


「恥ずかしがるな……おれとお前が愛し合う音じゃないか」


 だがDIOに耳を塞ぐ手を剥がされ、目尻に残る涙を吸われる。体がDIOを愛しい愛しいと叫んでいるのはきっと、肉の芽だ。だが心は――心は、豪雨に打たれているかのように、寒い苦しいと悲鳴を上げている。


「ひ、あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああ!!」


 腸内に吐き出された熱が、まるでわたしの心まで犯しているような、そんな気がした。







+++++++++
 直接的な表現がないのでぬるめのR18だけど、まさか僕自身も僕がこんなのを書くとは思いもしなかった。
 ちなみに虹村父主は転生トリッパーなので、原作父とは職場などが違います。
2013/08/04

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