なのな!5.5
好きだとか嫌いだとか。嫌だとか嬉しいとか。そんなのどうでも良いって思ってた。一回死んで、二度目の人生を男として過すことになった時、オレは色んなものを諦めたんだ。
「ねぇ、今日……両親いないんだぁ」
「そうなんだ? なら行こっかなー」
でも親父の門限が八時だからそれまでには帰らなきゃなんねーと言えば、それまでで良いからと腕を絡ませられる。どうでも良かった――親にもらった体だとか、なんだとか、そう言うのは全部前世に残して置いてきたから。
どうでも良い相手とどうでも良い行為を繰り返し、心底どうでも良かったと何度も何度も確信する。それでもなお繰り返すのはきっと、「それ」がオレをこの場所に繋げる縁なんだとどこかで思ってるから。だれかがオレの子供を孕めば良い――そう思いながら避妊する――、だれかと恋に落ちられれば良い――そう思いながら誰にも興味を持つつもりがない――。全てはガラス一枚隔てた向こうにあって、オレはひたすら密室の中に閉じこもってる……そんな感覚がずっとあった。
なのに。
「好きだから抱きてぇ! どこがおかしい、言ってみやがれぇ!!」
「え、えー?!」
他人の命なんか基本的にどうでも良くて、気に入ったヒトガタが動き続けてれば(生きてれば)「嬉しい」かな? って、そんな程度。――なのに、オレと外を分けるガラスを叩き割って、スペルビはズカズカとオレに侵食した。唯まっすぐな言葉がオレに突き刺さる。
「好きだぁ、ローンディネ――オレのモンになれ」
そう言って落とされたのは、まるで捧げるようなキスだった。そんな、だって、オレは――『山本武』じゃねーのに。爽やかでもねーし天然でもねーし優しくもねえ。
「止めろって、何でっ」
手はシャツをはだけながら唇が顎から首筋へ下っていく。スペルビはオレの拒絶なんて聞こうともしないで喉仏を舐めた。ぞくりと背筋が泡立つ。ニヤリと笑う気配がした。
「何で、何でオレなんか――」
「オレ『なんか』だぁ? 違ぇ、お前だからだローンディネ。オレはお前だから好きになったんだぁ。雲みてーに掴みどころがなくて、霧みてーに現れては消えて、嵐みてーに引っかき回して、雷みてーに激しくて、晴れみてーに笑って、雨みてーに気まぐれに恵むお前が、オレは、好きなんだぁ!!」
それじゃ守護者の全部の要素持ってるじゃねーか。
「――ハハ」
腕をクロスさせるようにして顔を覆った。
「馬鹿だなスペルビ」
「う゛お゛ぉい?!」
「そんなこと言われたら、手放せなくなるじゃねーか」
両腕を解き、スペルビの頭を胸に抱え込む。されるがままに抱きしめられてくれるスペルビにクスリと笑う。
「スペルビ。オレは、他の誰のためでもない、お前のために死ぬわ」
スペルビの頬に手を添えて、体を少し起こして触れるだけのキスをした。
この世の誰も、オレをこの世に引き止めておけるとは思ってなかった。虚構の世界に生まれ落ちて――どうでも良くなった。自分の命も、人の生き死にも。だけど違うんだな……引き止めてくれる奴がいた。
「好きだ、好きだぜスペルビ。この世の誰よりもお前が好きだ!」
「――ッ、ローンディネ!!」
互いに確認するようにキスをして、キスを深くした。オレのよりも一回りでかい手が胸元を探り、男には無意味な部分を指の腹で捏ねる。歯列をなぞる様に舌が左から右へ動き、突くように口腔内へ割って入った。混ざり合う唾液が甘いと思うことなんて今までなかった。感動で胸が締め付けられて震えるなんてこと、前世でしかなかった。スペルビのすることなすこと全てがオレを震わせ、目頭を熱くさせ、叫び出したいような気持にさせる。
「う、れ……嬉しい、んだ。スペルビ――オレ、嬉しい、いっ!」
「う゛ぉい、黙ってろぉ……煽るな」
痛みも何もかもが喜びに変わった。胸の肉が噛み千切られそうなことさえも嬉しくて涙が出た。いっそ食い千切られてスペルビの胃に入り、溶けて吸収されてしまえば良いのに。
「スペルビ、愛してる」
「オレもだぁ、ローンディネ」
ローンディネ――燕ってのは、時雨蒼燕流の燕ってのもあるし、女に養われてる男の意味で付けた部分があった。自嘲的な意味で燕と名乗り――呼ばれるたびに自分で自分を嗤ってた。でも。
「もっと呼んでくれ」
お前に呼ばれるそれだけは、オレにとって自慢できるから。
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初めて途中からカニバリズムに向かいそうになったのを消去、書きなおし^^ちょっとカニバ臭(どんなにおいなの)漂ってそうな、そうでもないような感じになりました。初めての裏(っぽい)話がこれか……僕は直接表現のできない女なの。
08/01.2010
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