MAMMA MIA!3



 ぬらりひょんの妹分ぬらひなたとしての人生がスタートしていると気付いたのは、あれから何日が過ぎた頃だろうか。いつまで経っても夢が醒めないことに焦って、一日中寝転がったこともある。でも戻れなくて、私はひなたのままだった。次第に諦め、流されていって数十年。私はひなたとしても大人の姿になっていた。

 一人気ままな旅をしようとする私の腕を掴んで離さないぬらりひょんに連れ回され、捻目山やら遠野やらあっちこっちへ旅した。一人で旅行したいなー、と言っても聞き入れてもらえることなくいつの間にか江戸に定住。浮世絵と呼ばれる場所に屋敷を構えてやくざを始めだした。


「ぬらちゃん、ぬらちゃんが京に行くなんてお母さんは許しませんよ」

「いつアンタはわしの親になったんじゃ」

「ぬらちゃんがいつまでも餓鬼っぽいから仕方なくだよ」


 京へ出て魑魅魍魎の主になるんじゃと言い出したぬらりひょんに早すぎると反対すれば、今が一番ノった時期だからこれを逃せば無理になると主張された。今は乱世の終わり、豊臣が大阪の陣で堀を埋められてすぐ――珱姫と会わせることになる京行きは反対なのだ。私は雪麗ちゃんを一押ししているんだから。


「わしはぬらりひょんじゃからな。ひなたは真面目に過ぎる」

「私を拾って育ててくれた素敵に格好良いぬらりひょんはどこに行っちゃったんだろうか……。女遊びは激しいわやくざ紛いのことを始めるは背中にモンモン入れるわ、お母さんはぬらちゃんをこんな不良に育てた覚えはありませんっ!」

「じゃから、いつお前はわしの母親になったのじゃ!」


 うがー! と頭をかきむしるぬらりひょんにお茶を持ってきた雪麗ちゃんは、私たちの様子を見比べるやよよよと泣き崩れた。ちょっとわざとらしいけど可愛いから問題なし。


「おいたわしい、ぬらりひょん様。お母様であるひなた様に認められようと努力に努力を重ねたというのに、当のひなた様はこの状態。お可哀想なぬらりひょん様!」

「おい雪女」

「見事魑魅魍魎の主となった暁には、お義母様にも一人前の男として認められるに違いないと思っていらっしゃるぬらりひょん様が妾は哀れで哀れで」

「おいこら雪麗」

「ですがお義母様、ご心配には及びません。この妾がお義母様の代わりにぬらりひょん様の監督を致します。女遊びなどさせませんし、ぬらりひょん様を立派な日の本一の妖にしてみせます」

「雪麗ちゃん!」


 横でぬらりひょんがなにやら文句を言ってるけど私の耳には雪麗ちゃんの滅私な言葉しか入らない。勢いに任せて雪麗ちゃんの手を握り、ぬらりひょんが勝手気まましないように手綱を離さないでねとお願いした。


「もちろんですお義母様!」

「いつの間に夫婦になったんじゃ。というかひなたはわしの妹分であって母親ではない」

「頼りにしてるよ雪麗ちゃん!」

「お任せください。この不肖、雪麗はお義母様のご期待に応えて見せます」

「オメーら話を聞け」


 抱き合う私たちに死んだ魚のような目を向けて、ぬらりひょんはごろりと床に転がった。ちょっと可哀想かなと思って頭を撫でてあげたら這い寄って私の膝に頭を乗せて寝始める。


「雪麗ちゃん、ごめんねぬらちゃんってばお母さん大好き病って病気なの」

「仕方ありませんよ、お義母様は別格ですから」


 ちょっと寂しそうに顔を歪める雪麗ちゃんに謝って、羽織を持ってきてくれるように頼む。本格的に眠り始めたぬらりひょんの肩に羽織をかけて頭を撫でる。男ってものはいつまで経ってもマザコンで、家庭を持つとママから奥さんにその執着の対象を変えるだけなのだ。――まあ、私は母親じゃないけど。

 マザコンはマザコンでも良いマザコンと悪いマザコンとあるけど、ぬらりひょんには良いマザコンであって欲しいなと思う。親の欲目かな、息子じゃないうえ年上だけど。


「――でも、やっぱり彼女と結婚しちゃうんだろうな」


 私は雪麗ちゃんと結ばれて欲しい。でも、もし羽衣狐を打ち倒した時には原作の通り呪いをかけられてしまうに違いない。ならぬらりひょんの結婚相手は珱姫以外にない。


「私が跡継ぎ用意してあげようかなぁ」


 ぬらりひょんが子供を作れないのなら私が作れば良い。全く縁がないというわけではないし、ぬらりひょんに養子にあげても良いし。妖怪は自然発生型ないしは親から生まれる型で誕生する。ぬらりひょんや私みたいな力ある妖怪なら子供を息から生むことも可能なのだ。ただちょっと体力と妖力を奪われるうえ回復に時間がかかるけど。


「ひなたの子か、そりゃあ良いな。もちろんわしの息子じゃろうな?」


 どうやら寝てなかったらしいぬらりひょんがうっすらと目を開いた。膝から頭をあげてニヤニヤ笑う。


「――そっか」

「あン?」


 どうやら私は視野が狭くなっていたみたいだ。なにも呪いを受けた後に子作りしなくても良いんじゃないか。今のうちに子供を作っておけば将来は安泰じゃない。


「よしっ、ぬらちゃん! 雪麗と子作りしてきなさい!」

「ハァ!?」

「今のうちに子供作っときなさい。京で何があるか分からないもんね! そうだよ、後が無理なら今すれば良い!」

「何言いやがるひなた、わしが欲しいのは雪女との餓鬼じゃねぇ、テメーとの餓鬼だ!」

「大丈夫だよ、私は相手がいなくても生めるし」

「大丈夫じゃないわ! お前の子供はわしとの餓鬼じゃなきゃ意味ねぇじゃろう!」

「え、何で!? 近親相姦したいの!?」

「何故そうなる!? わしらは生まれた場所も違えば時期も違うじゃろうが!! どうしてそこで近親相姦になる、エエ!? テメーが腹を痛めてわしを生んだとでも言うつもりか!?」

「妹だってぬらちゃん言ったじゃん!」

「ああ、言ったわな。じゃがわしと血縁はさっぱりないはずじゃがな!」


 ぬらりひょんの口が達者なことがこんなに喜ばしくないとは。


「子を作ると言うならわしの子を生んでもらう。否やは聞かんぞ」


 ぬらりひょんはそれだけ言うと羽織に袖を通して部屋を出ていった。


「えー……」


 伸ばした手はスカスカと空を切った。


「ぬらちゃん帰ってきなさーい! マミーの話はまだ終わってません! ちょっとー!」














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ちょっと長め
2011/10/04

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