02
復讐の機会は意外と早く訪れた。僕が生まれてから半年と少し――八カ月が過ぎようとしていた。これまでにも何度か襲撃を受け、そのたび僕が外敵を処分してきた。訓練の一環として、襲撃者は研究員に利用されていた。だけど。
「――ボンゴレ――――」
「ボンゴレ――」
研究員どもの話す外敵に、『ボンゴレ』という名前が何度も出ていた。今度の襲撃者はボンゴレ……?! なら、今度こそ――いける。この動物園から、逃げることができる。
「今はストゥラオ・モスカが敵ヲ迎えテイマす。お前ハ第三シャッターの前デ迎撃シなサイ」
半年以上も僕と会話してるというのに、初めから日本語の上達の見られない研究員が僕にそう指示した。良いよ、今だけは従ってあげる。逃げる時間くらいなら稼いであげようかな。今の僕はすこぶる機嫌が良いからね。
「わくわくする――こんな感覚は久しぶりだよ」
雲雀恭弥はどれほど強いのか? 見たい、見たい、そして僕も彼くらい強くなりたい。この体になってから僕の残虐性が増幅された気がする。雲雀恭弥はちょっとした先祖帰りだったのかな、本能が僕を追い立てるんだ。戦え、屠れと。今日、僕は初めて自分の意志で戦う。
「ガッカリさせないでよね」
中央の研究所に繋がる道は一本だけ。他にあるのは地下に潜って外で脱出できる非常用非難路だけだから、普段の出入り口は一つしかない。――そこの、中央から数えて三番目のシャッターの前に仁王立ちする。きっと僕を殿にしたつもりなんだろう。僕が死んでも研究は続けられるけど、あいつらが死んだらが何もならないからね。
近づく複数の気配にトンファーを構え、鉄の扉を破壊して現れた三人の姿にニヤリと笑む。雲雀恭弥、沢田綱吉、六道骸。骸が一緒なのは人間を使った実験だったから、かな。
「ワオ」
「やっぱり雲雀さんそっくりー! トンファーだし!!」
「……クフフ、この子も可哀想なことです。こんな鳥人間そっくりに生まれてしまうだなんて、ね」
僕の顔だったらまだ見られたものだったでしょうに、だとかうそぶく骸に、こんな時にふざけるなよと少し呆れた。――いや、そうとでも言わないとやってられないのかもしれない。握り締めた手が震えている。
「ねえ、強いんでしょ。戦ってよ」
僕がトンファーをくいくいと揺らせば、雲雀恭弥が楽しそうに唇を弧にした。隣で沢田綱吉が性格もそっくりー!! と叫んで雲雀恭弥に殴られた。
「良いよ……殺ろうか」
「うん」
リーチが違う僕たちは、同じトンファーを使うといっても戦い方が異なる。両方とも接近戦が得意だからお互いに互いの制空圏に飛び込み鉄の棒を振るう。向こうは僕を叩き折るつもりだろう。
「はっ!」
横にスライドさせるように左から右へ振るえば、最小限後ろに後退するだけで避けてしまう。だけど、仕込みトンファーは雲雀恭弥だけの十八番じゃない。遠心力を利用しトンファーの棒の部分が二列になる。幅の増えたそれは確実に雲雀恭弥の腹を直撃した。
「――! やるね、君」
「伊達に生まれてから毎日死にかけてないよ」
「なるほど」
脳死しない限り僕は何度も再生する。怪我一つとして残らない。だから研究員たちは初めから僕を破壊する気で修業を付けてきた……強くならなきゃ何度も何度でも殺される。死んだと思っても生きている。「死にかけ」たんじゃなくて「死んで」きた。
「これは本気を出した方が良いね」
「――うん、出してよ!」
子供だからと手加減されるのは酷い侮辱だよ。
僕は右手のトンファーを持ち直し、持ち手を外す。左手のも同じように外し投げ捨て、トンファー内部から鎖を引き出す。
「ええ――?!」
「クフフ、なかなか楽しいことをする」
外野が騒ぐのも分らなくはない。トンファーだったそれは鎖でつながれ、双節棍になったから。双節棍とは、あのブルース・リーが得意とする武器ヌンチャクのこと。トンファーと比べると使い勝手は二番目だけど、トンファーが得意武器の相手と戦うのに同じ武器で対抗しても押し負けるのは決まってる。なら他のものにした方が良いだろう。
「面白いことするね」
「それ、褒め言葉として受け取っておくよ」
殴り殴られ蹴り蹴られ。大人と子供の体重、身長差はどうしても埋めようがない。突き上げるように天井に投げ飛ばされ、床にではなく天井に叩きつけられ、落ちた。背中で照明を割ってガラスが刺さったけどすぐに治る。もともと痛覚は遮断してたんだ、痛くも痒くもない。
「ちょ、雲雀さん照明、ガラス!!」
「うるさいよ」
「野蛮な戦い方ですね」
「黙ってなよパイナップル」
僕が平気な顔をしているのを見て雲雀恭弥は目を細めた。
「もう終わり?」
「いや、その体にしては体力があるみたいだね」
「体力があるんじゃないよ」
ただ、
「疲れないだけ」
やっぱり雲雀さんの子供だ! 超人だから! とかいう沢田綱吉。
僕の自己治癒能力は全てのことに当て嵌まる。疲労が溜まらないから、疲れで判断が鈍ることがない。だけどそれには当然リミットがあって、僕の中に貯め込まれたエネルギーが尽きればそこで倒れてしまう。そして僕は、もうすぐリミットが来る。その前に。
『ゴジュウゴゴー! 何を休んデイルのデす!! 早ク敵を倒しなサい!』
スピーカーから響く命令に三人が眉間に皺を寄せた。そりゃそうだ、本気で戦って雲雀恭弥一人にこれほど時間がかかっているということは『倒すのは不可能』ということを示しているのに、あいつらは「休むな」「倒せ」と命令している。
「逃げる時間を稼いであげたのにね、感謝されるならまだしも怒鳴られるなんておかしな話じゃないかい?」
僕がそう言えば焦ったような声が響く。三人の視線が僕に集中した。
「どうせ逃げてるんでしょ、地下の逃げ道から。でも残念だったね――今から僕がその逃げ道の場所を暴露してしまうよ」
『何を、ゴジュウゴゴー! 死にタイのですカ?!』
僕の頭に埋め込まれた機械は向こうがボタンを押すだけで作動し、四百ボルトの電流を流し僕を殺す。僕も脳死したら生き返れない。でも。
機械の埋められた部分をコツコツと叩く。
「この機械があれば僕の手綱を握れると思ったら大間違いだよ――」
一センチ四方ほどの機械は、定期的に充電するために一部が体表から露出している。僕はそれが埋め込まれた部分の少し上に指を突っ込んだ。皮膚ごと剥がすように取り出せば、ブチブチとコードが千切れた。根っこみたいに頭蓋骨に刺してたようだ。
「僕は、自由だ……!」
手前が育てた僕に殺されろ、研究員ども。
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