02



 目覚めるとオレンジ色の培養液の中、横隔膜が動いてないのに息苦しくないし、酸欠でもない。ぼんやりと揺れる液の中を見回せば、私のへそに白っぽい管が繋がっていた。化学繊維じゃなくて、見るからにタンパク質なんだけど。手を伸ばして触れば弾力があり、何かがその中を流れている感触がした。

 まるで胎児にでもなった気分。ああ、これは夢か。夢じゃなきゃ何で身体が男の子のものになってるかとか説明がつかない。手の大きさとか足の長さから、この身体は八歳か九歳あたり。若返ったなぁ私。

 目を閉じて、開けば。私は培養液から出ていて、白衣のひょろい男たちに囲まれていた。

 バスローブっぽいのを着させられて床に座り込んでる私を囲んで男たちは何か口々に言ってるみたいだけど、さっぱり意味が分かんない。夢の続きだろうかと思ってバスローブをめくって見たらやっぱり男の子のまんまだったから、夢の続きに違いない。

 めまぐるしくシーンは変わる。その間に私は多少のイタリア語を拾得し、自分の置かれた環境を理解した。どうやら私はリボーン! の六道骸のクローン体らしい。夢万歳、ご都合主義すぐる。









 ツナが私を回収して、研究所を破壊してからしばらく過ぎた。私はここに来てからというもの、全く言葉を発していない。だって公式の場だとツナたちがイタリア語を話すもんだから、意味がさっぱり分かんないんだもん。


「××」


 薔薇の咲き乱れる庭でぼんやりとベンチに座ってる私は、ボンゴレファミリーのみんなから遠巻きに見られてる。そんな私に話しかける人間と言えばツナと守護者くらいだ。


「……」


 呼ばれてみてみれば、やっぱり骸――ことオリジナルが立ってた。


『僕の家に行きますよ』


 聞き取れたのは行くという動詞と家という単語。手を差し出されたから「一緒に家に行こう」と言いたいのか、それとも違うのか。生後半年なんだからもう少しこっちの少ないボキャブラリーを試さないでほしい。

 仕方ないからその手を取った。引かれてボンゴレの屋敷を歩く。庭師さんも大変だろう薔薇園の横を過ぎ、何故か屋敷の中に入った。家って単語には屋敷って意味もあるんだろうか? どうでも良いやと思ってポケットから板チョコを出して食べたら、オリジナルから恨みがましい目を向けられた。知らんがな。てか、話は変わるけど眠い。さっきから眠い。


『入りますよ、ボンゴレ』

『はーい、入ってー』


 扉の前には二人の厳めしい男が立ってて、オリジナルを見ると兵隊みたいに背筋を伸ばした。私は二人とも大変そうだなと思いながら見たけど、オリジナルは慣れてるのか無視して部屋に入る。部屋にはツナがいてオリジナルと私を笑顔で迎えた。


「ん」


 無視は可哀想だと思うんだ。たとえ仕事でも、それは傲慢だぞ。

 だから一人の服の裾を掴んで立ち止まってやった。オリジナルが眉間に皺を寄せる。


『××?』

『どうしたのさ、骸?』

『いえ、××が見張り役の服を掴んで立ち止まってしまったので』


 お願いだから、「お疲れ様」とか「いつも有り難う」とか言って労ってあげて、と言うつもりでツナを見た。イタリア語分からない。日本語を話したら変に思われる気がするから日本語は話せないし、黙って見つめるしかない。


『――チッ! この餓鬼が……っ!』


 厳めしい男の人が舌打ちした。アレ、柄悪い? ツナの部下じゃないの、それとヴァリアーからの派遣社員で元々口が悪いとか。だってほら、ヴァリアー上層部って柄悪いし。


『この餓鬼を殺されたくなければ今すぐ武器を捨てろ! ボンゴレ十代目……この日を待ってたぜ!』


 厳めしい顔の男の人二人は、片方は私に銃を突きつけ、もう片方はツナたちに銃口を向けた。あれ、あれれー? まさかの敵さん?


『××……!』

『早く捨てやがれ!! こいつがどうなっても良いのか?!』

『幻術はなしだぜ……使った瞬間こいつの頭は吹っ飛ぶ』

『っ』


 私の側頭部に鉄製のそれを押しつけながら怒鳴り散らす男にツナが青ざめた。骸が幻術を使おうとして失敗したのか顔を歪める。二人がそれぞれの武器――あれ? ツナの武器ってXグローブじゃなかったっけ? 何で拳銃なんだろうか――を前に投げた。


『へへへ……この餓鬼が何だかは知らんが、ちょうど良い人質になるようだな』


 どんな会話が進められてるんだかさっぱり分からない。どうでも良いっていうか、あくびをかみ殺す方が大変。

 とりあえず、この男の人二人が敵で、ツナは襲撃を受けたって事でよいのかな。ではではちょっとお邪魔いたしますー。


「すましたいまゃじおとっょちー」


 某・吸血鬼と狼人間のハーフな吸血鬼少女からネタを頂こう。口に出さなくてもできるけど、雰囲気だよ雰囲気。

 「すましたいまゃじおとっょち」は逆から呼んで「ちょっとお邪魔いたします」、人の夢にお邪魔できる呪文だけど、今回は頭の中身を覗かせてもらう。

 ――ほうほう。こちらさんは敵対ファミリーのスパイで、ツナの弱みを握るため地道に諜報活動をしていたらしい。なんだか深くて長いバックグラウンドがあったみたいだけど、夢のくせして設定が濃いなんて――彼のスピンオフ番外編でもあるんだろうか?

 私はツナたちを見てニヤニヤ笑ってるその人の後ろに大鎌の刃を具現化し、柄を引いて首を落とす。


「クフフ……」


 あくびをしながら振り回してもう一人も胸で上下に二分割した。左手からチョコが落ちる。本当に眠いなぁ。

 瞼を擦ろうとして目を閉じて、開いたら――布団に寝かされてた。さすが夢、場面が変わるのが早い。

 さて、次は何が起こるんだろうかね。
















 ××を連れ帰って数日が過ぎた。リボーンや雲雀さんを含む守護者たちにはそれぞれ国外の仕事を頼んでるから、あと二日三日しないと帰ってこない。だから今この屋敷にいるのはオレと獄寺君、骸だけだ。

 骸が今日××を自宅に連れ帰ると言ってきた。オレは××ともう一度会いたいと思ってたし、そろそろ休憩を入れようとしていたから良い機会だと思って骸に××を呼んでもらった。





 獄寺君にはディーノさんの所へお使いに行ってもらってて、警備が普段よりも手薄だったのは否めない。





 ノックと共に骸の声がした。そしてオレが入ってと言い切る前に扉が開く。いつものことだけど、返事くらい待てば良いのに。

 骸が部屋に入ろうとし、一歩入ったところで足を止めた。


「××?」

「どうしたのさ、骸?」

「いえ、××が見張り役の服を掴んで立ち止まってしまったので」


 普段なら遠慮なくズカズカ入ってくる骸が今更遠慮なんてするはずがない。てか遠慮する骸なんて想像できない。

 言われて××を見れば、見張り役の厳つい顔した人のスーツを握っていた。――どうしてだろう、オレの超直感がガンガンと警鐘を鳴らす。どっちだ、どういう意味でこの警鐘は鳴っている? ××があの研究所から送り込まれた殺人人形だと言うのか、それともこの見張り役が危険なのか?

 オレは××の目を見て、カンに従った。この子は無実、なら――


「――チッ! この餓鬼が……っ!」


 服を掴まれた方の男が××を引っ張り下がった。骸と繋いでいた手がスルリと抜け、後ろに下がった男に対しもう一人の見張り役が前に出て銃を構えた。


「この餓鬼を殺されたくなければ今すぐ武器を捨てろ! ボンゴレ十代目……この日を待ってたぜ!」


 二人はどうやらグル。ニヤニヤと笑いながら男たちは××を人質にオレたちの武器を奪う。オレのイクスグローブが普段は毛糸の手袋だということはあまり人に知られていないから捨てずに済んだけど、長年使いなれた愛銃は前に投げた。

 ××は何が怖いのか分かっている様子じゃない。まだ生まれて半年もしてないというし、この子は体だけ大きな赤ん坊も一緒だ。骸そっくりの笑い方に、鏡に映したようなオッドアイ、強力な幻術を操る力を持っていても――まだ善悪も恐怖も知らない、赤ん坊なのだ。

 不思議そうな顔でオレたちを見つめる××に唇を噛む。


「すましたいまゃじおとっょちー」


 ××が呪文のようなものを唱える。どうせ子供の言うことだと気にした様子もない男たちだけど、オレは見た――××の赤い瞳が輝くのを。骸も××を見つめているのが分かる。

 ××はそしてコテンと首を傾げ、自分を拘束する男の後ろにあの大鎌を具現化させるとためらいなくその刃を引いた。ゴトリと落ちる男の首、変わらぬ骸に似た××の表情。


「クフフ……」


 小さく笑い声をあげながら××はもう一人も切り裂き、パッと鎌をまた消すと、コテンと眠りに就いた。


「むく、ろ」

「はい、何でしょう」

「この子は更生させるべきなの、かな。それとももう遅すぎる?」


 聞いたオレに骸は肩を竦めた。


「僕に聞かないでください、それは君が決めることです」


 分かっているけど、どうにかしてやりたいという思いと次代のボンゴレは安泰だという矛盾した思いがせめぎ合う。


「――ですが、僕のクローンである××が、ここで一般人として平和な生活を過ごせるかというと否です。もし一般人にしたいなら日本にでも送れば良い、養護施設に入れるでも養子に出すでも」


 骸は正しい。オレの手元――細かく言うと骸の保護下だけど――にいる限り、××の平穏な人生はない。でも。


「オレさ、あの子の目を見て――」


 まるで何もかもを反射するだけの、磨かれたガラス球みたいな目は純粋で、どうにかしてあげたいと――オレたちがどうにかしなくちゃと思ったんだ。××はそのまま、マフィアの暗部を塗り固めて作られたようなものだから。


「あの子は骸に頼むよ。日本にはやらない」

「分かりました――では」

「うん。ありがと骸」


 骸は××を抱きかかえて出て行った。

 ――ところで、この惨状は誰が片付けるんだろう。骸が連絡してくれるはず――ないよな。オレは電話を取り上げ、後処理を頼むためボタンを押した。


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