校舎の一部に石綿が使われていると分かった。これから一週間、学校は臨時休校になり楽しい休みが待っている、と、思われた。今朝メールで呼び出され、遊びに行くには天気が悪すぎると思いながら待ち合わせの公園へと向かった。――それが、朝のこと。

 由麻は強いから大丈夫だろ、でもあいつは駄目なんだ、オレがついててやらないと。

 どこかで聞いたようなお決まりの別れの言葉。うん? おかしいな、あんたから付き合ってくれと告白してきたのではなかったか。

 待ち合わせの時間から降り始めた雨はだんだんとその勢いを増して、傘の表面をバタバタと叩いている。公園のベンチから立ち上がることもせずただひたすら座り続けた。なんというか、疲れた。衆人環視の下、付き合ってくれ! と盛大な告白をされて断るに断れずオーケーしたのは三月ほど前だったか、男心と秋の空とは言いえて妙だ。元々慣用句では女心ではなく男心と言っていたのが、英語の慣用句に釣られて変わってしまったと言う。元々変わりやすいのは男の方だ。

 昼に待ち合わせたはずなのに空は暗い。見れば腕時計は四時を回っていた。もう、あれから四時間も過ぎたのか……。

 なんとはなしに遊具を順繰り見る。ブランコ、滑り台、砂場――あまり広い公園じゃない。穴場みたいな小さな公園。その、私の斜め右手にあるブランコに人影があった。


「人?」


 誰かと思えば子供だった。年は六七歳くらいで、雨に打たれてずぶ濡れ。家出でもしてきたのだろうか?


「濡れるよ」


 立ち上がって、うつむく少年のそばに寄った。ブランコに座った彼はバッと顔を上げる。


「――」


 とたんクシャリと顔を歪め、また俯く。家出っ子か? 親はどうした。


「一度家に帰った方が良い、その傘はあげよう」


 傘を押しつけ離れる。なんだか雨に打たれたい気分だった。傘がなくなり頭皮に染み込んでいく雨粒に気分が少し上昇した。


「あ、待って」


 去ろうとした私に少年が声を上げた。


「ボク、家――ない」


 帰る家がない、ということだろうか。この時きっと私は色々なことがどうでも良かった。だからそんなことを言ったんだろうと思う。


「なら、ついておいで」


 手を差し出せば、少年は私の手をとった。


「私は由麻。少年は?」

「ボクはヒソカ」

「ヒソカ少年。ふーん良い名前だね」


 私なんてUMAだ。自分が一般的な思考回路をしているとは全く思わないけど、宇宙人だと自称したいとも思わない。

 少年の手を引いて歩き出す。――そういえば、自分から何かを拾ったのは初めてのことじゃなかろうか。告白して付き合ったこともないし恋人が欲しいと思ったこともない。物欲も薄い。


「うん、楽しいな」

「?」

「いや、何でもないよ」


 楽しくなってきた。家出っ子を拾うなんてこと滅多にないし、これから十日近く休みだし。フラれたばかりだ、暇なんて持て余してる。


「ヒソカ少年。私は一人暮らしでね、暇なんだ」


 暇な時にしていることと言えば、マンガを読むかネットサーフィンするかしかない。少年と遊ぶのも良いだろう。


「ちょうどこれから十日ほど――細かいことを言うと九日だが、休みなんだ。付き合ってくれ」

「う、うん」


 私はきっと笑顔だったと思う。透き通って面白味のない水面に、色付き水が波紋を広げたのだ。

 濡れた服が肩に重いが、反比例して私の心は軽かった。


1/6
×|次#

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -