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誰かを助けたわけでも居眠りした運ちゃんのトラックが突っ込んできたわけでもない。ただ、打ち所が悪かった――それだけ。
若葉マークの弟が運転する車に同乗し、アクセルとブレーキを間違えたり溝にはまりそうになったり対向車線に入りかけたりするヒヤヒヤ運転に心労が溜まってたのか。
ようやっと帰ってきた我が家に安心して、よろよろしながら玄関に向かう。昨日の晩から今朝早くまで雨が降ってたから、タイル敷きの玄関前は濡れて――滑りやすかったんだ。
気付いた時には視界は暗転、後頭部に衝撃が走り――私は、二度と目覚めなかった。
橙色の光が浮かび、グリムジョーの怪我に止まった。擦り傷から刺し傷までたちどころに治していく光に、グリムジョーがため息を吐く。
「どうしたのグリムジョー? ため息なんか吐いて」
傷が治ると共に小さくなっていく光が遂に消えた。
「いや……なんでもねー」
「そう?」
言わないということは訊いて欲しくないのかもしれない。完治したグリムジョーが調子を確かめるため腕をぐるぐると振り回す。ニッと笑い、完璧だと頷いた。
「いつもすまねーな」
「ぐ……グリムジョーが礼を言った?! 明日は雪が降るね!」
「ユーリィテメー!! せっかくオレが礼を言ってやったのを!」
「日頃の行いが悪いからだよ」
私を吊るし振り回すグリムジョー。昔ならともかく、今じゃそれくらいのスピードじゃアトラクションにしかならないよ。
ユリエル――ユーリィはオレたちと生まれ方からして違う。オレたちが狂気から生まれたのに対し、あいつは狂気を飲み込んで進化した。
顔が可愛いわけでも美しいわけでもねー……言っちまえば平凡な顔だ。だが、こいつはオレたちの中で不可侵領域とされている。人間で言や巫女ってヤツだ。そう思っちまうのはそう――こいつが時々意味深なことを言うからかもしれねー。
「やあやあグリムジョー元気だね、若いね! 私はもうアツくなれないよ」
オレンジ頭の野郎にムカついて八つ当たり気味に当たり散らしていたが、ユーリィがのほほんと言い脱力する。
「ユーリィ……テメー一体いくつのつもりだ?」
「レディーに年齢を聞くんじゃありません」
ユーリィがオレの頭を軽く叩く。嫌な気持ちにはならねー、それどころか少し気分がマシになった。
まさかオレたちが守り続けてきたこいつを横からかっさらっていく奴が出てくるとは――その時は思いもしなかった。
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