僕は自他共に認める筆まめで、週に一通は誰かへ手紙を書いている。文字にはその時の精神状態など色々なものが見えることから情報伝達手段としては手紙が一番好きだ。メールに慣れていたせいで、よけいに文字に込められた思いを感じられるのかもしれない。手紙をやり取りする相手は日本全国で知り合った奴らはもちろん、ヨーロッパやアメリカにもいる。ドイツのアナ・シュトロハイム、イギリスのハウエル・ペンドラゴン、イタリアのブローノ・ブチャラティ、アメリカのエンリコ・プッチ……一人ジブリ映画に出演しただろうお前と言いたくなる名前の奴がいるけど、後の三人は残念なことに全員波紋とかスタンドの関係者だ。シュトロハイムは喰らえ紫外線ナチスの科学力は世界一ィの親戚だし、ブチャラティはご本人様だし、プッチも本人です有り難うございました。

 何故こんなことになったかと言えば、七年ほど前にNPO法人が募集していた国際交流プログラムのせいだ。世界の人と文通しようという企画で、誰とも分からない相手に自分の書いた手紙が届くというランダム方式なのが面白そうだと思って参加してみたんだよね。――結果、プッチとペンドラゴンから手紙が届いた。僕の書いた手紙はブチャラティとシュトロハイムに届いた。スタンド使いは引かれあうって言うけど、運命の悪戯なら悪質すぎると思うよ。

 まあ、手紙のやり取りくらいならこれと言った害もない。ようは六部で巻き込まれなければ良いのだということで彼らと文通を続けている。そう思っていたのだけど、四人の中で一番密にやり取りをしているブチャラティからお誘いの手紙が届いてしまった。


「『夏にこちらへ遊びに来ないか?』か……ううーむ」


 行くとしたら今のうちに申請しておかないといけない。うちは前月の十五日までに次の月の休暇申請をしなければならないからね。流石に休みすぎの奴には指導が入るし休暇申請が却下されるなんてことがあるけど、今までに病欠もサボりもほとんどない僕なら簡単に通るだろう。

 ブチャラティに会いに行くデメリットは向こうのギャング共に僕の顔を知られる可能性があること、スタンド使いだと知られた時に物凄く面倒だろうと予想されること。メリットはネオポリスの観光案内役が安心できる相手であること、もしかするとジョルノを見られること……かな。僕には全く無関係だろう五部だし、ジョルノ・ジョバァーナを一目だけでも見てみたいというミーハー心がね、うん。黒髪のジョルノを見てみたいんだよね。

 というわけでイタリア旅行を決めた――それが三週間前のことだ。イタリア旅行を決めてから風邪を引いたり吉良の事件に巻き込まれたり花京院包囲網が知り合い全体に広まったりした……承太郎覚えてろよ。会社へは五日間の休暇を申請し、土日月火水木金土日の九日間の自由を得た。両端の土日は飛行機で消えるとしても五日間遊べる。

 ダブルブッキングだったことでビジネスクラスの席に座れたんだけど、いやー良いね! 席を後ろに倒しても後ろの席の人に席の背面を蹴られることがないし、飲み物の種類は多いし、席はゆったりしてるし、静かだし!

 空港までブチャラティが迎えに来てくれるそうなので、スーツケースを受け取ったあと出口周辺でブチャラティの姿を探したら――おたまじゃくし柄スーツのブチャラティがいた。互いの写真を交換していることもあってすぐに向こうも僕に気づき、嬉しそうに顔を綻ばせながら駆け足で近寄ってきた。抱き締めて頬を合わせ、ラジオのイタリア語講座や参考書、ブチャラティとの手紙で鍛えたイタリア語を披露する。


「ブローノ! 会えて嬉しいよ!」

「おれもだ、ノリアキ!」


 実際に会ったのはこれが初めてだが、七年も文通をしている相手だ。初対面の違和感はすぐに消え、久しぶりに会った幼馴染みを相手にするような気安い感情が湧いた。


「時差ボケがあるかもしれない。今日は観光せずおれの家に行ってゆっくりしないか?」

「そうだね、今日は君の家でゆっくり過ごしたいよ。この目の冴えは興奮のせいもあるだろうし」


 やろうと思えば十年でも二十年でも元気に起きていられる僕だけど、ブローノの心遣いを無駄にしてまで主張するようなことではない。ブローノのだという車に乗ってネオポリス中心部へ向かう。ただひたすら木が後ろに流れて行くのが爽快だ。カーラジオからは色っぽい声のDJの案内でカーペンターズのThere's a Kind Of Hushが流れる。ちょ、止めれ。男二人で聴くのはきつい。

 僕たちはペンフレンドと初めて会ったことによる興奮で普段よりハイテンションになっていた。空港から街への道で隣の車がカーチェイスを仕掛けてきたのについ乗ってしまうほどに。


「おいおいこの車、僕らに喧嘩を売ってるみたいだよ」

「所詮は大衆車だからな、乗っている人間もそのレベルなのだろう」


 フォルク○ワーゲンは元々ドイツの一般大衆に車を持たせるために作られた会社だ。だからと言って僕らの乗っているこのイタリア車のレベルがフォルクス○ーゲンより高いかというとそうでもないが、僕らのテンションは高かったのだ。まさに「イタリアの車は世界一ィ!!」状態だったのだ。ランボルギーニあたりに乗っていて言うならともかくも……こちらだってイタリアの大衆車だというのに。


「ふん、ここで引けばイタリアギャングの名が廃るッ!」


 おいちょっと待てよブローノ、ギャング云々は手紙で一言もなかっただろ。隠してたんじゃないの? 一応これでも僕は一般人なんだよ!? こんな時に勢いでカミングアウトして良かったのか!?


「ノリアキ、しっかり捕まっていてくれ!!」

「あ、ああ……」


 イタリアとドイツの大衆車対決とはこれいかに。思っていたよりも暴力的というか直情的というか……僕の中でブローノのイメージはもっと落ち着いた男だったのだけれど、考えてみれば彼は今まだ十八の青年だ。これからの二年が五部の彼を作るのかもしれない。










 ジャポーネからわざわざノリアキが来てくれた。七年前に始まったおれとノリアキの文通だが、ジャポーネとここは遠すぎるからと会うことを諦めていた。ネオポリスへ来ないかと誘いはしたが、無理は重々承知のことで――まさか、二つ返事が来るとは思いもしなかったのだ。互いの文字を読むうちに癖が移ったのかおれのと良く似た字で「Yes I am!」と書かれていたのを見た時はノリアキにしては初歩的な間違いをしたものだと苦笑しただけのつもりが、気付いたら踊っていた。

 ノリアキがイタリアへ来る日に空港まで迎えにいくと、当然のことなんだが写真で見た彼がそのままそっくりおれの前に現れた。本人の言う通り少し目つきがきついが、おれの知っているギャングたちと比べれば可愛い方だ。おれは顔が整っていても頭がおかしい奴や顔も頭も残念な奴をたくさん見てきた。ノリアキは性格が良いし、少し第一印象がきついというだけで造作は悪くないのだ。――だが本当に二十五歳か? 年下にしか見えない。ジャポネーゼは総じて童顔だというし、我々よりもジャポネーゼの寿命が長いのは成長速度も違うからではないだろうか。


「ブローノ! 会えて嬉しいよ!」

「おれもだ、ノリアキ!」


 抱き合えば、ノリアキの背の低さに驚いた。ジャポネーゼとはこんなに背が低いものなのか、それとも成長速度も違うのか。街の警備を仕事にしていると言っていたが細過ぎやしないか? アバッキオあたりが力を込めたら折れてしまいそうだ。


「時差ボケがあるかもしれない。今日は観光せずおれの家に行ってゆっくりしないか?」


 この細さで半日以上のフライトを耐えてきたのだと思うと心配になる。本人は元気だと主張するだろうし実際に顔色が悪いわけでもふらついているわけでもない。だが外には見えないだけで疲れているはずだ。そう思っておれの家へ行くことを提案すれば、本人も自覚があったのか二つ返事で頷いた。

 駐車場に置いていた車に案内し、思ったより軽いスーツケースを荷台に積み込む。服は最低限にしてお土産で重くする予定らしい。職場かと聞けば「職場、ああそんなものもあったね」と真剣な顔で頷いていたのだが、一体誰への土産なのやら……。

 ――どうやらおれは、思っていたよりも舞いあがっていたらしい。家に着いてから話そうと思っていたことをぼろぼろと車内で零す羽目になろうとは想像していなかった。

 空港から市街地への道は木々に囲まれていて、そこを駆け抜けるのはとても爽快だ。人気の女性DJの案内でThere's A Kind Of Hushが流れ始め、ノリアキが居心地悪そうに顔をしかめた。まだ午前中だというのにこのような曲を流すセンスが逆に愉快だと人気なのだが、ノリアキの気には召さなかったようだ。顔と意識を外へ向けていたノリアキが、おれたちの乗る車にわざとらしく並んで来た車に目を丸くした。


「おいおいこの車、僕らに喧嘩を売ってるみたいだよ」

「所詮は大衆車だからな、乗っている人間もそのレベルなのだろう」


 ドイツのフォルクス○ーゲンに恨みはないが、喧嘩を吹っかけて来た相手の乗る車だと思うと憎らしく感じられるものだ。会社の由来から皮肉って言ってやり、いらない喧嘩を買う必要もないとスピードを緩めようとした瞬間、相手がこちらに車体を寄せて来た……おれはここまでされて引くような男ではない。


「ふん、ここで引けばイタリアギャングの名が廃るッ!」


 何故か目を丸くしているノリアキを今だけは無視してアクセルを踏む。


「ノリアキ、しっかり捕まっていてくれ!!」

「あ、ああ……」


 カーチェイスにギリギリ勝った後、最中にボロボロとギャングだのスタンドだのと怒鳴っていたことを思い出して顔から血の気が引いた。家で言うつもりだったというのに、おれは何をしてるんだ……!


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