僕が岸辺さんを守るためにしたのは蔦で鳥かごを作り、その内と外の接触を閉じることだった。そうすればハイウェイ・スターは内側の岸辺さんに触れることができなくなるからね。僕のスタンドはあけて・しめる能力以外には、スタンドの体に巻きついた蔦を伸ばしてターザンごっこをするとか籠を編んだりする程度のことしかできない。花京院のように動物の体内に潜ませて操ることも、糸の結界も不可能だ。

 烏の羽根が散らばった狭い部屋を見回す。面倒だけど片付けないと、まるで僕が烏の羽根をむしって部屋に散らばす性癖のある人みたいで嫌だ。コンビニのビニール袋に大きな羽根は全部拾い、綿毛は掃除機で吸いこんでいく。

 腕の付け根に羽根が残っているのを見つけてひっこ抜く。かなり痛い……。

 僕のスタンドはあけて・しめる能力――使い勝手の良いスタンドならたとえばザ・ワールドとかゴールドエクスペリエンスとかがあるかもしれないけど、僕のスタンドもかなり使えるスタンドだ。「あけて(ひらいて)・しめる(とじる)ことしかできない」なんて馬鹿に出来ない。道は拓くもので、可能性と言うものは開けるもので、難問は解決法が明けるものだ。相手の体力を空けるなんてことだってできる。その逆に外界との接触を閉めることや、空の水筒の中を水で占めること、相手の首を絞めること……同音異義語であればどの「あける(ひらく)」も「しめる(とじる)」も可能なのだ。

 ある時、僕は『可能性を開けるならば、僕の持つ才能や可能性――つまり漫画家になれる才能や可能性とか、はたまたボディービルダーになれる才能や可能性とかを開くことはできないだろうか』と考えた。その時は僕の体は乳児で糞尿垂れ流しの生活に嫌になっていたこともあって、何か刺激が欲しかったのだ。もしこれが可能ならばまさに強くてニューゲーム、新しい人生を弱小スタートするよりがぜん良いじゃないか。そう思ったんだ。

 だけど当時の僕には情報収集する手段は何もなかった。乳児だし、インターネットだって一般的ではなかった時代だ。漫画家やボディービルダーになるにはどのような才能があれば良いかなんて知りようもなかったし何になりたいというものもなかったから、短絡的に「全ての可能性」を開いてみたわけだ。結果は当然ながら大失敗、僕が漫画家やボディービルダーになる可能性も何もかも潰えた――動物の進化の『可能性』。僕はまるで、二部のカーズたちが目指した存在のようなものになってしまったのだ。杜王町で言うならミキタカみたいな存在といえるだろう。

 額の右側には小さいながら角が生え――両親は半狂乱で僕を病院に連れて行った。血液や筋肉の成分とかも人類から逸脱してしまったし、骨格も違う。母さんに抱っこされながら説明を聞いたけど滅茶苦茶怖かった。研究所に連れて行かれそうになったが、確かに我が子だと言って両親が強硬に反対してくれたお陰で今の僕がいる。両親には感謝してもしきれない。

 分るだろうか? 気が付いたらアルティメット・シイングになっていた挙句「開け冥界の門」を実際にやろうと思えばできてしまうこの怖さ。マリア兵器だもんとかそんなレベルじゃない。


「なかなか抜けないな……ふぬッ!!」


 腕の付け根に生えたままの羽根を引っこ抜きながら、まあアルティメット・シイングだからこそ僕がスタンド使いだとバレずに岸辺くんを助けることができたのだから良いと思うことにしようと考える。逆に考えるんだジョジョ。そう、物事は良い方向に考えるべきさ。たとえ烏に変身した後片付けが面倒でも、僕の能力がバレるよりはずっとましだ。

 僕は僕が平和に過ごせるならそれで良いんだ。





 ――岸辺くんを助けた次の日の夕方から、空条さんが僕に向ける視線が強くなった。何故だ。全くわけが分らない。空条さんに観察される頻度と程度が増えたところで僕がスタンドを使う機会なんて全くないからバレようもないのだけれど、ストレスでガリガリとHPが削られていく。

 結果、風邪を引いた。健康には自信があったのだけど、流石にほとんど毎日ああして白い巨人に監視されると心身ともにかなりの負荷がかかるものだ。体が重いなと思いながら味の分らない朝食をもそもそ食べている僕を見つけた寮母さんに、病院へ行くよう勧められた。会社へは連絡しておくから休めとも。


「駅前の診療所なら八時半から空いてるわ。そこへ行ってらっしゃいな」

「はーい」


 腫れぼったい目を隠すためサングラスをかけ、まだ暑い時期だというのに温かい恰好をする。寮母さんに頼んで呼んでもらったタクシーに乗り込み座った瞬間、疲れが背中と臀部に集まったかのようなだるさが僕を襲う。あーこのままずっとタクシーの椅子に座ってダラダラしてたいなぁ。もしくはこのままベッドに引き返して惰眠を貪りたい。

 始めは法定規則の時速で走ってたんだけど、今のこの状態でスピードを出されると吐き気で気絶しそうになった。のろのろと走ってもらう。


「くそ、空条さん――もう承太郎で良いや。承太郎あの野郎、風邪が治ったら見てろよぐぅ……ッ!!」


 あの人が僕のHPを削りさえしなければ風邪なんて引かなかったのに! このアルティメット・シイングに風邪を引かせるとはうぬもなかなかやりよるのぅ、空条承太郎!!……いや本当に、止めて欲しい。しんどい。

 住宅街に入ったあたりで雨が降り出した。風邪に雨に病欠に……面倒なことってどうしてこうも重なるんだろうか。


「ん、喧嘩か……?」


 ドライバーの呟きが車内に響いた。ぼくの前で喧嘩とか止めてくれよ。回り道とかすることになったら後で見ていろ、生きていることを後悔させてやる。

 首を傾けて前を見れば、スーツ姿の男に学生が二人と小学生が一人……なんだあれ、変な組み合わせの喧嘩だな……人様に迷惑かけるんじゃないよ、邪魔な奴らだ。――爆音、学生の一人が脇腹に大穴をあけて吹き飛ばされた。


「う、うわぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ドライバーが悲鳴を上げ、混乱のあまりハンドルをぐるぐると回した。車が電信柱に激突。スピードが出ていなかったお陰で酷い衝撃はなかったが、ドライバーはアワアワ言いながら逃げて行った。……僕は? ちょっとドライバーさん、僕はどうしろと。

 動きたくない。だるい。頭もぼーっとするし体は重いし、吐きそうだし。窓から外を見れば、なんとそこにいたのは仗助くんと億泰くん、それと見知らぬ男性に子供だった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああ!」


 仗助くんが叫ぶ。倒れている億泰くんの近くには男性がゆったりと立ち、その横には猫耳のスタンドがいる。


「いま! 治してやっからよお〜〜ッ! 億泰!」


 億泰くんに駆け寄ろうとする仗助くん。男のスタンドがその正面に体を滑らせ、カメハメ波のような構えをとった。


「『空気』なんだッ!『空気』を弾丸のように飛ばしたんだッ! しかもッ! 空気を『爆弾』に変えてッ!」


 少年の声がなにやら説明臭く響いた。あー、空気を爆弾にするのか。そりゃー凄いや。へえボタン十回くらい押してあげよう。

 のろのろとタクシーから出れば、僕に気付いた彼らが目を見開いた。


「んなっ、花園さんどうしてここにッ!」

「ふむ、知り合いか……」

「お兄さん逃げて、今すぐここから逃げて!!」


 ちなみに仗助くん、男、少年の順番だ。なにこれ。


「顔が赤いッ! 足元もおぼつかねぇ! もしかして花園さん、病院に行こうとしてたのか――間が悪いぜッ!! 早く逃げてくれ、今はあんたとゆっくり話ができる状況じゃねーんだッ!!」

「どうやらスタンド使いでもなければ我々の状況を理解できているわけでもなさそうだ……が、見られてしまったのだから仕方ない。君にも死んでもらおう!」


 僕に向かってカメハメ波が放たれた。その年齢でカメハメ波のポーズを真剣にとるなんて恥ずかしくないんだろうか? 仗助くん安心したまえ、この人は頭がおかしいだけさ。


「花園さぁぁぁぁぁああああああんッ!!」


 仗助くんが僕を守ろうとするように走りだし、僕と男の間に立った。が、カメハメ波は仗助くんを通り過ぎて僕の腹に大穴をあけた――!? え!? いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なんだよコレ、あ、キラークイーンか!!


「うぐぁあああああッ!!」

「花園さんッ!!」


 熱も何もかも引っ込み、痛みによる気付けで普段の思考速度が戻ってきた。

 スタンド使いは引かれ合うと言う。これが、この、今日この日に僕が風邪を引いたことさえもが、スタンド同士の引力によるものなのか!? 僕が杜王町へ来たことも、康一くんや仗助くんたちと関わったことも! 仕方ないことなのか、それが運命だと言うのか!?


「ぐ……今までの苦労が、スタンド使いであることを隠して来た苦労が報われなかったらしいと、今! 何よりも心で理解した! スタンド使い同士の引力に、運命には逆らえないのだと!!」


 僕の後ろにオープン・セサミが現れる。今の僕と同じく腹に穴があいている。


「ンなッ! 花園さん、あんたもスタンド使いだったんすかッ!!」

「問答は後だ、仗助くん! 今はこの爆発魔をボコボコに伸すことが最優先事項、そうだろう!?」


 ここ数カ月の苦労を返せこの野郎!!


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