バイクを二ツ杜トンネルの前で停め、中には入らず奥に目を凝らす。


「全長450メートルだが、トンネル内がカーブしているため向こうの入り口は見えない……」


 幻覚だったのだろうか? いや、たしかに「見た」……だがいったい何だったんだ? ここで気をつけなくてはいけないのは「敵スタンド」の攻撃だ……もしあの「部屋」が何らかのスタンドの仕業なら、このぼくをひきずりこむ『ワナ』の可能性がある……。

 そう真剣に考察しているぼくの邪魔をせんばかりに、ギャアギャアとカラスの鳴き声が響く。さっきからずっと騒いでるようだけど、いったい何なんだ!


「煩い! ぼくの近くで騒ぐな、烏ども!!」


 リアリティのために殺して食べてしまっても良いんだぞ!

 いっそそうしてしまおうかと思いながら振り返れば、すぐ横の木にソイツら――烏どもがいた。十羽ほどの烏がガアガアと騒ぎながら一羽を囲んで警戒している。この一羽は余所者なんだろうが、普通なら追いかけ回されて追い出されるものじゃないか? あの一羽は群を抜いて強いのかもしれないな。――烏の生態については後だ。今はこの二ツ杜トンネルのスタンドが問題だ。

 トンネルから車が二台現れ走り去っていった。


「誰もがいつも普通に通っているトンネルだ。いつもと交通量も変わらない。通り抜けるぐらいなら安全なようだ……よし、行ってみるか」


 ゆっくりとバイクを走らせ、天井や壁を確認しながらトンネル内を通る。250メートル入ったところで向こうに出口が見えたが、やはりここまでに何もなかった。壁に手を当て撫でてみるがやはり普通のコンクリ壁でしかない。


「何もなかったぞ、『壁』だけだ……。『ドア』や『窓』はおろか何らかの穴もなかったぞ……。フツーのトンネルだ……いったいバスの中から見たのは何だったのか?」


 やはりぼくの見間違いだったのか。花園さんの言う通り幽霊でも見たのか?

 だが壁に触れていた手に体重をかけた瞬間、ガクンと倒れこむはめになった!! 壁が扉に変わっただと!?


「こ、これはッ! 部屋だ……! 部屋がいきなりあらわれたぞ! バスの中から見た『部屋』だ!!」


 木製のテーブルに燭台、蛍光灯ではなく電球を使うのだろう照明、正面の壁には背の低い箪笥があり右手に衣装箪笥――これはいったいどういうことなんだ!?


「さっき見た男と女はいないが、やばい! ここにこのままいるのはやばい……!」


 ぼくの勘が告げているッ! ここにこのままいれば、何か悪いことが起きると!!

 物音がして後ろを振り返れば、さっきまで閉まっていた衣装箪笥の扉が薄く開いていた。あそこだ、あそこに何かが――何かがいるぞ!


「やはりこの部屋はワナだッ! ここにいるのはまずいッ!」


 部屋から飛び出てバイクを起こそうとハンドルを掴んだ。くっ、ぼくの後ろからズリズリという音が追ってくる! 見えない何かが向かってくるぞ……!

 バイクで来てよかったというところか――しかし今、『何か』が向かってきた! 『姿』は見えなかったが、ぼくの方に向かってきた! 人間ではない『何か』だ。あの『部屋』はぼくのようなスタンド使いだけに見え……さそいこんで攻撃するためのワナだったのだ! 前にいた吉良吉影風の男もただの幻覚だったのだ……!!

 バイクの時速は六十を回ろうとしている。


「しかし、これであの『部屋』が『スタンド』という事がわかった……一人でここにいるのはまずい。ジョースターさんに知らせるか」


 ほっと一つ安堵のため息を吐いた時、しかし後ろから信じられない音が僕の耳に届いた。ガシッガシッという、さっきあの部屋で聞いた音だ!! 追ってくるぞ! まだ何かが追ってくるッ!! 見えないが追ってくる……!!

 そして僕が見たのはペラペラの足跡だった!


「これが……この足跡みたいなのがッ! 『スタンド』かッ!」


 どう言う能力かは知らないが、時速六十キロのバイクにぴったりとついてくるッ!!

 アクセルを開きスピードを上げる。逃げ切れるか、逃げ切ってみせる!


「離れたぞ……! 六十キロだ。時速六十キロより加速すると追いついてこれないぞ!」


 遠隔操作だということは分ったが、時速六十キロということは百メートルを六秒で走ることだ。かなり速いぞ……!

 振り返っていたせいだろう、トラックが来ていることに気付かなかった。クラクションに注意されて道を空けるために少し減速した――その瞬間、バイクと僕の背中に足跡が貼りついたッ!! 追いつかれた!?


「対向車のためちょっと減速しただけなのに……追いつかれた……!」


 まるで吸盤でも付いているかのようにしっかりとぼくに貼りつきながら、足跡は服の裾からどんどん上ってくる。


「こ、こいつ……! 本にして操ってくれるッ! 『ヘブンズ・ドア――』ッ!!」


 しかしヘブンズ・ドアーを発動したその時! 足跡のスタンドが僕の肩や腕を貫いた!


「や……やばい! 『力』が吸いとられるッ!」


 一瞬にして頬がこけ眼窩が落ちくぼんだ。頬の皮が歯列に貼りつき、肉が削げたことで強制的に目を見開かされているような感覚がする!

 ハンドルを握っていられずバイクから振り落とされ、地面に投げ出された! 普段なら平気な受け身も今回ばかりは痛いッ!! どうすれば、どうすれば良いんだッ!? どうすればこの『スタンド』をジョースターさんたちに伝えられる!?

 ――烏がガアァと鳴いた。






 露伴のヤローが、トンネルの中にあった部屋でしゃがみ込んでいた。怪しいぜぇー、何か企んでやがるのか? でも露伴のスタンドにはトンネルに部屋を作るような能力なんてのはなかったはずだ。そう思って外から声をかけたんだけど、何故か露伴がダンマリしてるんだよなァ。


「逃げろ仗助ッ! この部屋に入ったら勝ち目はないッ! 殺されるぞッ!」


 ――露伴の表情から、それが嘘じゃないってことが分る。分るけどよ、だからって言ってそれに従うかは別の話ってことっすよねぇ!


「『逃げろ』って言われてよォ〜〜ッ! このおれが逃げると思うんスか!! ブチのめしてやりますよ、どこにいるんすか? 隠れてる野郎はよォ〜〜ッ!」


 そう言って部屋の中に入る。だけど誰の姿もないみたいだぜ? どういうことだ?


「な……なんて事をするんだ東方仗助……危機を教えてやったのに、必ずぼくの考えてることと逆のことをする……だからおまえの事が嫌いなんだ――だからおまえの事がムカつくんだよッ! 襲われるぞッ! やつは、やつはもうおまえの臭いを覚えたッ!」


 露伴が叫んだ瞬間、足跡みてーなのがいくつもおれに飛びかかってきて頭から足から何か所も抉った。


「なにィ!――か……体の中に!? 喰い込むぞ……!」


 露伴が厳しい表情でヘブンズ・ドアーを発動し、おれに時速七十キロで後方へ吹っ飛ぶと書きこんだ。足跡のスタンド――敵スタンドがとれていったうえ、おれに追いついてこれねえみたいで宙を舞ってる!!


「仗助、もはや『ハイウェイ・スター』はお前を時速六十キロでどこまでも追っていく! 『本体』を見つけるしか弱点はないッ! 『本体』を探せ! 『本体』を倒すしか――お前の助かる道はない!」


 ふっ飛ばされてトンネルの外へ投げ出され、おれを追ってくる足跡を睨みながら立ちあがる。露伴がおれを助けるとはよォ〜〜……「まさか」って感じだがグッと来たぜ!!

 どこまでも追いかけてくる足跡とやり合いようやっと噴上裕也をボコボコにして倒したわけだが、露伴は栄養不足で二日入院することになっちまった。見舞いに行くっつー承太郎さんやじじいと一緒に病院へ行ったら受付の女に悲鳴上げられた。何かしたのかって聞かれたけど――おれ、何か悪いことしたか〜〜?


「やあ、ジョースターさん空条さん」

「おれを無視たあどういうつもりだ岸辺露伴ン〜〜!?」

「ついでに東方仗助。これで満足だろ?」


 見舞いの果物をサイドテーブルに置いて、畳んであったパイプ椅子を三脚出してきてベッドの横に並べる。じじい、承太郎さん、おれの順に座った。


「今日呼んだのは他でもない。噴上裕也のスタンド『ハイウェイ・スター』の話ももちろんだが、僕をトンネル内で守ってくれた誰のともしれないスタンドの話だ」


 続きを促す様に頷いた承太郎さんを見て、単なる見舞いだけじゃなかったのだと初めて知った。教えてくれても良かったのによォ〜〜まあ、露伴についての話なんて興味なかったけど。


「あの時ぼくは仗助をヘブンズ・ドアーで逃がしたは良いけど、『これで終わりか』と覚悟しなければならないくらいに酷い状態だった。あのままでは生命活動に必要な養分さえも吸いとられきってしまいそうだった――だけどその時、一羽の烏が現れた。初めはカラスがスタンドかと思ったんだが違った。

 どうやらそのスタンドは烏の体内に潜むことで烏を操っているようだった。そして烏の口から蛍光グリーンに輝く緑色の蔦が伸び、鳥かごのような形になってぼくを囲み込んだ。ぼくを逃がさないようにする必要なんて既にないのだから、これは一体どういうことだ、敵の仲間割れだろうかと思った」


 『蛍光グリーンの蔦』と露伴が言った時に承太郎さんの片眉がピクリと微妙に動き、じじいがハッと顔を上げた。すぐに目を伏せて同じ姿勢に戻ったから露伴は気付いてねえみたいだけどな。


「だけど違った。蔦の鳥かごはぼくを傷つけるつもりはなく、逆にぼくを守ったんだ。鳥かごの中にいる間ハイウェイ・スターはぼくに触れることができず、蔦から瞬時に生えた植物の種のようなもので攻撃されていた。――ぼくたちが知らないだけで、味方のスタンド使いは他にもいるッ! 緑の蔦のスタンド使いのような人間がッ!!」

「しかし、もしこちらの味方をしようと思っているなら姿を現しても良いはずじゃろ? 姿を現すつもりがないんじゃないかのう?」

「ひっそりと暮らしていくことを望んでいて、おれたちと関わり合いになることすら嫌だと思っているのかもしれないぜ」


 承太郎さんとじじいの反応から見るに、二人は蛍光グリーンの蔦に対して何かしらの予想がついてるに違いないッ! だがそれをどう聞いたもんスかねぇ〜〜。やけにソイツを庇ってるようだし、聞いても教えてもらえるかどうか――おれだけで探すかなァ。

 ぃよっし! 蛍光グリーンの蔦のスタンドの奴、おれが見つけてやるっすよ!!


8/17
*前次#

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -