引っ越してから今までずっと放置してた段ボールから妹のプリクラ帳が出てきた。入れた覚えは全くないから偶然入ってしまったんだろう。送り返してやらないとね。でもどうせだから中身見てから返してやろう。なに、落書きをするわけじゃないんだから大丈夫さ。

 デコラティブな手帳を開いてプリクラを見て行けば、なんとも表現し難いポーズを決めた妹や妹の友人達が写っている。腹筋を鍛える簡単な作業だ……ヤマンバメイク。


「こいつら、このメイクとポーズで可愛いとか思ってるんだろうか」


 僕はどちらかといえば原宿系の可愛いメイクの子が好きだ。ヤマンバも原宿系も『化粧している』という概念では同じはずだけど、どうしてこうも差が出てしまったのか。

 寮の中で笑い転げるのは流石に避けたい――壁が薄いから、大きな音を出すと夜勤の人の迷惑になるんだよね。自由に笑い転げられる場所か……海岸にでも行こうかな。いやでも、そこまでして見たいというものでもない。送ってしまうか。

 鞄にプリ帳を突っ込んで寮を出た。バイクを出す程の距離でもないから歩いて駅前の郵便局に向かう。切手も買わないとね。

 部長にごり押しした週休完全二日制九時五時の生活の素晴らしさよ、僕は嬉しい。なんて健康的な生活だろうか。土曜日にはこうして外を悠々と散歩できるという幸せに満足感を覚える。その代わり給料が夜勤有りの人より低いけどね。

 駅への途中にあるパン屋が前日の売れ残りを五つ入り二百円で置いているのを見て迷わず購入。ここのあんぱんは美味しいんだ。


「……うわぁ」


 駅の近くで、個性的なファッションの大人が小学生相手にムキになってジャンケンをしていた。岸辺露伴と名前も思い出せない少年のスタンドバトルだとは知っているけど、傍目にはただの大人げない苛めだ。

 知り合いでもないから無視して郵便局へ入り、切手を買ってそのまま郵便に出した。そしてそのままコンビニに入ってガリ○リ君を買ったけどもちろん僕の分だけね。

 ――それが一週間ほど前。日が過ぎるのは早いもので、僕が杜王町で生活するようになって三カ月が過ぎた。世間一般の皆様方は海開きで喜んでいるかもしれないけど、ここのジム、冷房が完備されていないんだよね。ただでさえ気温が高くなっていく時期のせいで体感気温が高いっていうのに運動なんてしたら余計に暑いじゃないか。困ったものだよ。

 今日は月始めってことから得意様のお宅をぐるっと見て回り、そのまま直帰だ。報告書類の作業を松田に譲ってやったら泣いて喜んでたし、僕はとても良いことをしたよ。清々しい気分だ。

 ぶどうヶ丘高校の近くは少し高台にあり、その周辺はワンランク上の住宅街だ。眺めが良いってのと、駅からそう遠くないのが高ポイントってところだね。

 バスに乗り込み、鞄に突っ込んでいたピンクダークの少年を読む。バスの中で活字を読むと酔う人もいるけど、有難いことに僕は酔わないタイプだ。一番後ろの長椅子で窓に寄りかかりながらページをめくるうちにだんだんのめり込んで来て周囲の声なんて聞こえなくなった。餓鬼相手に本気でジャンケンしたりリアリティのためなら人の不幸なんてなんのそのだったりするけど、岸辺露伴の漫画は面白い!


「仗助、見たかッ! 今のをッ!」

「やかましいぞ岸辺露伴ッ。てめーいつまでもオレにからむんじゃねえー! やるならバス降りるかっ、コラァッ!」


 なにやら騒がしいなと思って漫画から顔をあげれば、僕のすぐ目の前で仗助くんと先日の大人げない大人こと岸辺露伴が何やら言い争っていた。立ちあがって仗助くんに手を振る。


「仗助くん、そんな大声を出してどうしたんだい?」

「あ、花園さんッ!!」


 岸辺露伴に対してファイティングポーズをとっていた仗助くんの表情が瞬時に……ああ、パトラッシュとかラッシーみたいなのに変わった。先日の銭湯の時からそんな顔をするようになったよね、きみ。松田に僕の武勇伝を聞かされでもしたの?


「――誰だ?」


 岸辺露伴が胡乱げに僕を見下ろし、ああと一つ納得の声をあげた。


「康一くんの知り合いか」

「おれの知り合いって言わねえあたりいらっとくるぜ」


 康一くんが僕を紹介したのかと一瞬思ったけど、そういえば違った。岸辺露伴は康一くんの記憶を読んでいるんだったか。


「ぼくは岸辺露伴、漫画家だ。貴方は花園紀明さんだね?」

「そうだよ。岸辺露伴さんというと、ピンクダークの少年の?」

「ああ。知ってるのかい」

「今の今まで読んでいたので」


 手元の単行本を持ち上げれば嬉しそうに口の端を持ち上げる岸辺露伴――もう岸辺さんで良いかな。


「岸辺さんと仗助くんは何やら言い争っていたみたいだけど、どうしたんだい?」

「いやー聞いて下さいよぉー。この露伴のヤローがですね、トンネルの中で部屋を見たっつーんです」


 おかしいでしょ? と僕に同意を求める仗助くん。もしかして、いや、もしかしなくともハイウェイ・スターの回じゃないか。内心ゲロしながら表面だけは普段を保って顎に手を添える。


「もしかすると岸辺さんが見たのは、幽霊とか生き霊とかそういったものだったりして。つい一昨日にもこのトンネルで事故が起きたらしいし……死んではないけど重傷だってさ。生死を彷徨ってる霊がこう、一緒に死ぬ仲間を求めてるとか……」


 なんだか凄く真剣な顔をしている岸辺さんに、鳥肌の立ったらしい腕を掻いている仗助くん。そういえば二人は幽霊に会っているんだったね。特に岸辺さんは振り返ってはならない道を経験している人だから余計に嫌だろうね、そう言う話。


「冗談だよ、本気に取らないでくれ。さっきから幽霊とか生き霊とか言ったけど、霊なんてそうそこらにホイホイといやしないだろうさ。ファンタジーやメルヘンじゃないんだから」


 ちなみに、いつまでも可愛い妹ってのもファンタジーだね。昔は可愛かった妹も今ではヤマンバになってネガ反転みたいな顔を晒してる。

 仗助くんと睨み合いながら停留所で降りて行った岸辺さんの背中を見送る。

 僕は次の停留所で下りた。偶然とはいえ知り合ってしまった相手がこれからボロボロになるのだと思うとちょっと居心地が悪いもの。彼らの面倒事に首を突っ込むつもりはないけれど、知ってしまったからには放っておけないよ。事件があることを忘れていたならともかくとして、気付いてしまったわけだからね。仕方ない……。


「おいで、オープン・セサミ」


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