あ、と声をあげた仗助くんを見上げれば、珍しい物を見たと言わんばかりの目でとある方向を見つめていた。億泰くんも同じ方向を見て目を輝かせ始めたけど。そっちに何かあるのかな……濃い顔の男の人と花園さんが仲良さそうに話してるだけで特別な何かがあるようには全く見えない。体格が良いから同僚の人かも。


「仲良さそうだね。お友達なのかな」

「かもな……麗雄邇堕衆初代総長の山神だよ、あの人ぁ」

「そーそー、人呼んで不動の山神って人だぜ」

「や、山神……?」


 れ、レオニダスって言ったら、ここらでも有名な不良のチームじゃなかったっけ。数年前に解散したとか聞いた覚えがあるんだけど……そんな人と花園さんが知り合い?


「あの人は本当は山の上って書いてヤマガミなんだけどよ、あんまり強いんで山の神って書いて山神って呼ばれてたんだ。今でもここらの不良の中じゃカリスマ的な地位にいる人なんだよなァ〜〜」

「へ、へえ」


 そんな情報聞いても怖くなるばっかりだよ!?


「あの伝説の不沈艦の遠山さんと親交があるらしいしよ、カーッ! おれもあと十年早く生まれてりゃ遠山さんと会えただろーになぁ!」


 億泰くんがバリバリと頭をかきむしりながらため息を吐く。


「不沈艦の遠山? それってどんな人?」

「聞きたいか? そーかそーかそんなに言うなら教えてやるぜ!」

「いや、そこまでして聞きたいわけじゃ」

「聞いて驚け! 遠山さんは不沈艦の名の通り、一度として地に膝を突いたことのないカリスマ中のカリスマ! 日本縦断タイマン旅行して全国に知り合いがいるって話だぜー!」

「笑い話みてーだけどな、それ、全国不沈艦連絡網なんて言われてるんだぜ」

「……なんていうか、凄いね」


 日本縦断タイマン旅行をしようと思うセンスが分らないよ。きっとぼくが不良じゃないからだとかそういった理由があるんだろう。うーん、全国駅前路上ライブ旅行みたいなものだって思えば良いのかな。


「その遠山さんに会いたいならさ、花園さんに山上さんを紹介してもらうなんてのはどうだろう? それで山上さんに遠山さんを紹介してもらうとか」


 ぼくがそう言うと羨ましそうに二人を見てた億泰くんは「そうすっかな」と歩き出しかけたんだけど、仗助くんがその襟をガッシリと掴んで引きとめた。っていうかさ、億泰くんはまだ花園さんと話したこと一度もなかったような気がするよ。突然絡みに行って「君は誰だ? 天誅とっても痛いチェリーアタック」なんてことになったら可哀想過ぎる。


「ツテを使ったらそりゃあ当然会えるだろうけどよ、まあ待て。そのうちおれたちは遠山さんに会えるっておれのカンが言ってんのよね」

「カンんんー?」


 だから待ってようぜ、と言って億泰くんを引きずって歩きだした仗助くんに、ぼくは少し不安を覚えた。全国縦断タイマン旅行をするような人がどうして杜王町に来るって言うんだろう。その遠山さんって人が来た時には何か事件が起きそうな予感がするよ……。






 仗助くんと、初めて見る老け顔の少年――名前は予想が付くけどとりあえず老け顔の少年としよう――は休日をどう過ごそうかと独身寮を出てうろついていた僕を見つけるや、砂漠にオアシスとばかりにキラキラと目を輝かせた。何か面倒事を持ってやって来たのだろうと想像がつくのが悲しいね。


「花園さん!」

「やあ、仗助くんとお友達。何やら慌てた様子だね」

「そうなんっス、聞いて下さいよ! 康一のヤツが誘拐されちまって! 山岸由花子って女が犯人だろうとは思うんすけど、一体どこに監禁されているんだかさっぱりで!」


 おや、僕が詰め所とジムを往復してる間にそこまで進んだのか。


「営利目的……というわけでもなさそうだね、それなら警察沙汰になっているはずだし。ということは個人間の問題だね? 相手が女性ということはうっかりその山岸さんという女性を侮辱してしまったりして恨まれたとか」

「いえ! 侮辱どころか康一のヤツ、相手を惚れされちまって! 私に振り向いてくれなきゃ殺してやるって勢いのスゲー女なんすよ!!」

「それはそれは」


 知っていたこととはいえ、生で聞くと衝撃的な行為だ。一晩でセーターを編んでくるとか、クラスメイトの女生徒の髪を燃やすとか。粘着質な執念もここまでくると天晴れとさえ思える。


「他の大人には相談したかい? 僕も彼を探す手伝いをするつもりだけど、大人が複数いる方が良いよ」

「それが、承太郎さんは今日は海へ行っちまってまして……他に頼れる相手ってのが、うーん」


 なんてことだ。まったく間が悪いったらないね。


「ねえ君、仗助くんか君のどちらかは康一くんのおうちにいたまえ。康一くんも馬鹿じゃないだろう。どうにかして連絡を取ろうとするはずだよ――その時に僕たちがそれを知ることができなければ意味がない」

「あ、そっか!」


 老け顔の少年が目をまん丸にして声をあげた。ところでいつ彼は自己紹介してくれるのかな。


「仕事用だけど僕はPHSを持ってる。その番号をメモして渡すから、康一くんから何かアクションがあればこれに連絡してくれ」

「はい! 有難うございます!!」


 スマホを知っている僕は、このPHSのシンプルさが逆に目新しく感じる。スマホはもちろん便利だったけどいらない機能も多かったんだよね。Gメールの確認が楽だからスマホにしただけだったから、タッチパネルである必要性も薄かった。着信音が変更できるってのは仕事上重宝したけど……他はあんまりね。音楽を聞きたければウォークマンがあるし、本を読みたければ書籍を買えば良い。

 手帳のメモを一枚破いて番号を書き仗助くんに渡せば、仗助くんは大事そうにそれを胸ポケットにしまい込んだ。仗助くんが康一くんの家に行くことになったのは頷ける。老け顔少年は康一くんと親しい友達というより、康一くんと金銭的なお友達になっていそうな人相だからね。ということで彼が僕と一緒に街を回ることになり、やっと互いに自己紹介するに至った。


「知ってるかもしれないけど、僕は花園紀明」

「おれは虹村億泰っす!」


 なかなか助けを呼べない場所にいるんじゃないかということで街外れをうろうろしていた僕たちに仗助くんからの連絡が入ったのはお昼頃のことだった。地価が安いからっていう理由でこの近くに僕の暮らす独身寮もある。


「仗助くん、僕たちは僕たちで海岸へ向かう! 君もタクシーなどを利用してそちらへ向かってくれ」

『分りましたっ!』


 億泰くんを連れて独身寮の地下駐車スペースへ走る。数年前に買った400リッターのバイクでメーカーはホ○ダ、スーパーフォアver.Rだ。二人乗りできる車種を選んだのはそのうち恋人と二ケツできたら良いなと思ったからだけど、初めて後ろに乗せる相手が可愛い恋人どころかむさくるしい男であるなどと……当時の僕には思いもよらなかったね。

 ――帰りはもちろん、僕一人でバイクに乗ったさ。どうして二度も男を後ろに乗せてやらないといけないんだい? タクシーに乗れば良いだけの話じゃないか。僕の後ろは可愛い女の子のために空いてるのであって、可愛くもない男のためにあるんじゃない。

 なんだか今日は疲れたよパトラッシュ……部屋に帰って寝てしまい気分だよ。


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