僕のシフトは平日の九時五時と、月に一回土曜から日曜にかけた夜勤だ。おばちゃんばかりで潤いの全くない支社で後輩の松田とジェンガをしたりポケ○ンをしたりしながら時間を潰していたら、突然アラームが鳴り響いた。良いところだったのに一体どこの家のアラームだか――と思いながら確認してみれば東方家だった。お宅に原因不明の振動があった、と。なんだか嫌な予感しかしないね。


「松田、お前が行けよ」

「ええ!? そこの区画、先輩の担当……いいえ何でもないっス!」

「花園君、後輩に仕事押し付けちゃ駄目よ」

「チッ……了解です」


 あのババア、これくらい目を瞑っても良いじゃないか。そんなだから婚期を逃したままそろそろ定年を迎えるんだ。

 ゲーム○ーイをポケットに突っ込み警棒とかのセットを持って外へ出れば、全く憂鬱になる雨天だ。スリップ事故を起こすような素人のつもりはないけど、急いで現場へ向かわなければならない時に雨に降られるとイラっとくる。

 法定速度を二十キロほどオーバーしながら現場へ急行すれば、見るからに広々として憎たらしいお宅が見えてきた。独身寮で狭苦しい思いをしている身からすると妬ましくてならないね。

 そういえば東方といえば、三日前に東方巡査の葬式があったばかり――あ。アンジェロか。……くそ、松田に押しつければ良かった!! なんで僕が四部に巻き込まれなくちゃいけないんだ、全く面倒くさいなぁ!

 東方家のお宅がまだ遠い位置で一旦停止し、オープン・セサミを発現させる。僕のオープン・セサミはあけて/とじる。オープン・セサミによって雲間を『空け』れば雨が上がる!

 水たまりを避けながら玄関先へ回りチャイムを鳴らしたが、二分待っても三分待っても誰も出ない。不在? いやそんなはずはない。二人はアンジェロと家の中で元気良く戦ってるはずだ。……もしかしてもう終わったとか。


「あれっ、花園さんじゃないっすか! どうしたんすか?」


 玄関先で待ちぼうけしていた僕に、後ろから声がかかった。仗助くんだ。その横には仗助くんと同じく雨に濡れた空条さんがいる。水も滴る良い男ってこういう人を言うんだろうね。


「仗助くん……ここ、君ん家?」

「はい、そうですけど」

「やっぱりそうだったか。あのね、君ん家が入っている警備会社が僕の勤めてるところなんだ。君の家に原因不明の振動があったみたいだから僕が来たってわけだよ」


 僕がそう言った瞬間、仗助くんはヤベェと言わんばかりの表情を浮かべた。確か壁を破壊したんだったっけ? ジョースター一族っていうのは誰も彼も思い切りが良すぎるよね。

 逆に考えるんだあげちゃって良いさのジョージ・ジョースター、君が泣くまで殴るのを止めないジョナサン・ジョースター、飛行機を本意ではないとはいえ三回も墜落させたジョセフ・ジョースター、おれを怒らせたらそのまま死刑執行股裂き空条承太郎、直すためだとはいえ平気で殴り突き破る東方仗助、ネバーエンディングダイイングストーリーメーカーごめんアレは嘘だジョルノ・ジョバァーナ、裸の安売りアナスイからの婚約指輪を(知らなかったとは言え)投げた空条徐倫。

 ジョージ・ジョースターがいかに出来た人間か良く分るね。


「何があったか軽くで良いから説明してもらえるかい? 僕も仕事だからね、書類を作らないといけないのさ」


 神妙な顔で頷く仗助くんにごめんねと一言詫びを入れ、空条さんを見やる。さっきから空条さんに見つめられているのは何故なんだろうか。まさかスタンド使いだってバレたとか? まだ僕はスタンドのスの字も言ったことがないはずだけど……。


「どうしたんですか、空条さん」

「――いや、何でもない」


 何でもないわけがないだろうに。

 家の中はまるで、気の早い梅雨が来たかのようにじっとりとしていた。アクアネックレスだったっけか、雨の多い日本では強力なスタンドだよね。雨が降るまで数日息を潜め、雨と共に襲撃する。

 それを言うと僕のオープン・セサミもかなりチートなスタンドと言えるだろう――オープン・セサミはあけて/とじる能力なわけだけど、これは『運』さえ開ける。宝くじを買えば当たるし、探し物はすぐに見つかる。逆に対象者を不運にすることもできるしね。


「やけに湿度が高いみたいだけど、誰か喉でも悪くしているのかい?」


 この湿度の高さをどう説明したものかと慌ててる仗助くんを見て助け舟を出せば、首振り人形のように「おふくろが風邪でして! ええ!」とこちらに何も言わせないとばかりの勢いで頷いた。

 通された居間はすっきりと片付いている。仗助くんのお母さんが掃除を行き届かせているのだろう、独身寮に寮母さんとして来てくれないものだろうか。ここの支社の寮母さん、料理はまあまあなんだけど掃除が苦手らしくて埃だらけなんだよね。

 仗助くんが出してくれた麦茶を有難く一口頂く。


「それで、原因が分っているなら教えて欲しい。僕も知り合いの家を家探しして原因を探るなんて真似はしたくないし、面倒だからね」


 プラスチック製のファイルに入れた書類を出してボールペンを用意すれば、仗助くんは救いを求めるような目で空条さんを見ていた。飼い主を見る犬みたいで可愛い。どちらかというと仗助くんは小型犬っていうより大型犬だよね。わふわふ言いながらのしかかってきそうなイメージだ。


「おれと仗助は親戚でな……家庭内のごたごたがあって殴り合いの喧嘩をしたんだ。その時に勢い良く壁にぶつかっちまったのが原因で家が揺れたんだろう」

「ええ、そうなんす!」


 ガクガクと音がしそうなほど頷く仗助くんがなんだか哀れで、僕は納得してあげることにした。まあ、アクアネックレスとの戦いを説明しろっていうのが無茶な話だからね。


「その巨体が勢い良く壁に当たればそりゃあ家も揺れるだろうね。――分った。何か事件があったのかと心配しながら来たんだけど、何事もなかったようで安心したよ」


 そう頷いて笑めば、仗助くんは明らかにほっとした様子で肩の力を抜いた。


「そろそろ僕はお暇するよ」

「え、もう少しゆっくりしてったらどうっすか?」

「いやぁ、何にもなかったのにゆっくりしてっちゃったら上司にドヤされちゃうんだよね」


 柔らかいソファが名残惜しいけど立ち上がれば、ポケットからぽろりとゲー○ボーイが落ちた。


「あ」

「ゲーム○ーイ……」


 慌てて拾い上げて仗助くんたちを見れば、何故かキラキラと輝く仗助くんの目。


「ゲーム好きなんすか!?」

「うん、ゲーム○ーイに限らずファミ○ンからセガサ○ーンから……」


 これでもかなりのゲーマーだって自負があるよと胸を張れば、何故か空条さんからの視線が強くなった。本当に一体どうしたっていうんだろう? 何か言いたいことがあるなら言えば良いだろうに。


「今度一緒にゲームしません!? おれゲーム好きなんすよ!」

「良いね。今度の土日が一日丸っと空いてるよ」

「なら土曜日でどうすか?」


 そうしてゲームの約束をし支社へ帰る僕の背中に、空条さんの視線がチクチクと――東方家が見えなくなる位置になるまで、ずっと刺さり続けていたのだった。


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