見つけたよ新たなStory



 ジョルノ・ジョバァーナには弟が一人いる。ジョルノは弟、ジョルジョ・ジョバァーナ――日本名にして汐華大地という少年をとても大切に思っている。もちろん年下の存在を庇護しようと言う兄としての自覚もあるが、それはスタンド能力という共通の秘密があることでよりいっそう深いものになっていた。彼はジョルノにとって唯一の家族だった。

 そのジョルジョであるが、なんと彼は、ジョルノの高校入寮と共に家出をしていた。暴力的な父親と子供に無関心な母親の家にいても意味がないと思ったのだろうことは明らかだ。

 もはや親の手抜きではないかと思わざるを得ない名前を付けられた少年ジョルジョ・ジョバァーナは現在、片田舎にある寂れた教会に上がり込んでいる。ネオポリスから車を走らせて一時間半といった距離であるのだが、都会に近すぎるせいで逆に人がいなくなってしまった地域である。

 ジョルジョは美しい少年である。完成された鋭い美貌に全身から匂い立つ色気、この年齢で百六十後半を回る長身はすらりとしていながらも引き締まった筋肉を誇る。ベッドにうつぶせに寝転がった彼の滑らかな首筋を長い金髪が縁取っていた。髪の隙間から星型の痣が覗く姿は艶やかだ。彼を見た人は、彼がまだ十一歳の少年であることを信じられないだろう。

 目を引く家具がベッドと机しかない殺風景な室内は彼の歩幅で縦横合わせて十二歩あった。日の光が薄らとしか届かない室内は暗いが、外はもはや夕方とは言えまだ明るい時分だ。不健康な生活を送る引きこもりではないかと思われそうなものだが、ジョルジョにはそれが当てはまらない。

 部屋の扉を叩く音がする。ジョルジョの肩が小さく揺れたと思えば、頭上に伸ばしていた腕をシーツを掻き抱くように胸元へ引き寄せ、むくりと上半身を起こした。金色の髪が肩から流れ落ちて行く。


「ジョー、そろそろ夜になるわ。それにお客様も、もう」


 扉の向こうから届いたのは女の声だった。落ちついた老女のそれだ。


「……ああ、起きた」


 鷲や鷹の鳴き声のように鋭くはなく、梟のような、指先で優しく撫でるような声だ。だからと言って女々しいわけではない。

 白いタオルケットから引き締まった背中が隆起し、ボクサーパンツ以外身につけていない若い肉体が、ぼんやりと明るい室内に輝く。ジョルジョはトランクスが嫌いだった。

 男の癖にハートが好きなのかと言われるとジョルジョはいつも激しく気分を害するのだが、ジョルジョはハートマークがとても好きだ。その次にスペードが好きだったりする。緑色のハートマークが左胸ポケットにプリントされた白いワイシャツのボタンは全てハート型で、襟の縁には緑と赤のハートがラインになっている。

 どうせ前世は女だったのだからハートが好きでも良いじゃないかとジョルジョは思っている。だが人に言って回るつもりは髪の毛一筋もない。誰が「私、前世は女だったの」と言って精神病院を紹介されたいと思うだろう。

 板を打ち付けられた窓の隙間から差し込む夕日の光がだんだんと薄まっていく。熟して割れたザクロの実のような赤い瞳を縁取る金色の睫毛は長く、ジョルジョの父親であろうDIOが男性的な美貌と言うならジョルジョは中性的な美貌と言えるだろう。筋肉太りとは無縁な体は女性としてならスレンダーで男性としてなら痩躯と表現されそうだ。彼のそれは腕力よりもしなりの良さを持つ筋肉であるから、細身だが軟弱ではない。

 脚の細さと長さを強調するデニムパンツに脚を通す。デニムの臀部にも小さなハートの刺繍がなされていることが分るだろう。ジョルジョはその真っ赤なハートをセクシーだと思っている。

 垂らせば腰まである金髪を緩くまとめ、括るのはテントウムシのストラップが付いたゴムだ。今の兄であるジョルノがテントウムシを好きであることから、自然とジョルジョもテントウムシの意匠が入ったものを使うようになっていた。流石にピアスまでテントウムシにはしなかったが。

 こんな生活が今日で終わることをジョルジョは理解していた。今日ここへ来るのはジョルジョの良く知る人物であり、しかし相手はジョルジョを知らない。次第に弱まっていく夕日の光が筋となって壁を照らすのを見ながら、彼は一つだけため息をついた。





 ジョルジョには吸血衝動がある。その衝動というのは時々女性が甘いものを摂取したくなるようなものであって、本能に訴えかける程のものではなかった。しかし、前世で旅路を共にした相手をテーブル越しの正面に招いて椅子を勧めたジョルジョの喉は限りなく乾いていた。父親の肉体がジョースターであるからだろうか? まるで生まれたばかりの子犬が効かぬ視界をものともせず母の乳を求めるのと同じように、ジョルジョの喉は承太郎の血を求めていた。


「僕はジョルジョ。ジョルジョ・ジョバァーナ。でもこの名前は好きじゃないんだ。ジョーって呼んで」

「分った。オレは空条承太郎だ。好きに呼べ」


 握手を交わしてほぼ同時に座り、ジョルジョは承太郎の顔を見やった。ジョルジョを見た誰もがする目をしている。ジョルジョは美人に生まれたことを嬉しく思う反面、これほど美人ではなくても良かったのではないかと思っている。面の皮一枚が優良なだけのジョルジョに誰もが跪き、愛と金と命を捧げるのだ。虚しいよりも馬鹿らしかった。


「みんな同じ反応しかしない」


 主人公になりたかった。たった一瞬でも良いから煌めく主人公に。その願いを叶え満足して死んだはずだというのに、気が付けば再びこの世に生を受けていた。そしてジョルジョが得たのは主人公をも誘惑する美貌――彼が欲しかったのは、主人公になれる腕力や能力だったのに。神という存在は皮肉に出来ているらしい。世の中も人の願いも斜め上から見下ろして、斜め上の方向に叶えるのだ。そう考える度にジョルジョは服を引き裂いて地に伏せ泣いた。

 ジョルジョの皮肉な笑みに承太郎はチャームを解かれたらしい。眉間に少し皺を寄せながら、さきほどまで魅了されていたジョルジョの容貌を今度は観察し始めた。


「君はDIOの息子なのか」


 ジョルジョは片腕を杖にして手の甲に顎を乗せた。そうでもしなければジョルジョの体はどんどん前かがみになっていくに違いない。


「そうだと思うよ」


 そうとしか思えないだろう、この容姿は。DIOの息子でなければ誰の息子だと言うつもりだろうか。DIOの顔を中性的にし、筋肉太りも甚だしいジョナサンの肉体を細身にすればジョルジョが出来上がるのだから。

 しかしここで謎が一つ。ジョルジョが生まれたのはミス汐華が現在の夫と結婚してから一年ほどした頃の事である。彼女はどのようにしてジョルジョを身ごもったのだろうか? 相手であるDIOももう亡かったのだ。もしやすると、吸血鬼としての種の生存本能がDIOの死を予感していたのかもしれない――誕生の時期をずらすことによって、吸血鬼という種をSPW財団から隠し後世に残すために。


「それで、貴方は僕を捕獲……は言葉が悪いかな。保護しに来たってことで良いんだよね」


 机の下で握ったり開いたりしている手の爪が鋭く尖り、承太郎の血を求め機を窺っている。太腿にその爪を食い込ませて欲求を我慢しながら、何でもないような顔を取りつくろってそんな皮肉を投げつける。黙って頷いた承太郎の姿にジョルジョは内心苦笑を禁じ得なかった。気持ちが良い程に真っ直ぐな男だ。少年の目を忘れずに大人になった男なのだろうとジョルジョは考えた。十数年前から変わっていないようだ。

 そういえば空条承太郎はジョルノ・ジョバァーナについて訊きに来たのだった、とジョルジョは思い出した。初めは他の者が来るはずだったのだが、ジョルジョにアポイントを取ろうとした者がDIOの顔を知っていたのだ。そのせいでジョルジョの容貌が財団上部に明らかになってしまい、「DIOの息子であるジョルジョ・ジョバァーナが血を求めて暴走したとしてもすぐに殺せる」承太郎がジョルジョを捕獲するために派遣された。

 ジョルジョの吸血鬼としての血が強い様子からジョルノもそうだと思われては困る。ジョルノにはジョルノがしなければならない冒険があるのだから。兄のボス就任を阻むわけにはいかないと彼は考え、承太郎たち財団の本来の目的を果たさせることにした。


「僕は見ての通りダンピール……ほぼヴァンパイアだけど、兄さんはジョースターの血が濃いから心配する必要はないよ。隔世遺伝の危険はあるかもしれないけどね」


 しかしジョルジョの言葉に承太郎の眉が跳ね上がる。


「君はなぜジョースターの名前を知っている? 場合によっては君を尋問しなければならなくなる」


 実直な言葉にジョルジョは少し嬉しくなった。DIOの残党と交流を持っていると判断し攻撃をしかけても言い訳が立つ状況だったというのに、承太郎はジョルジョに質問をするという平和的な手段を取ってくれたのだから。

 机の下の手はずっと太腿を捩じり続けている。


「おやこれは失言。とは言え、僕かこの名前を知ったのは人から教えられたんじゃなくて本人から聞いたんだ。そこには貴方もいたと記憶してるよ。ホリィさんがスタンドの暴走で倒れた後、ジョセフさんは私たちのどちらかに帰宅することを勧めた。兄妹揃ってエジプトに行ってしまっては親御さんが心配するだろうからってね。一度目は典明が、二度目は私が旅に同行した」


 わざわざ隠しておくメリットがない。逆に、隠しておいてはデメリットばかりだ。初めて会った吸血鬼の息子と、共に旅をし背中を預けた女、どちらを信用するかと言えば後者だろう。だが、その前者と後者が同一人物だとすれば……? ジョルジョの判断には打算が多分に含まれている。研究所にラットやモルモットのように押し込められる未来は変わらないだろうが、こちらのことを気にかけてくれる者が一人二人いるのといないのでは大きく違う。

 ジョルジョの眼底には、驚愕で声もない男の姿が映っていた。彼は目を見開き唇を戦慄かせ、信じられないと言わんばかりにジョルジョの頬に手を伸ばす。吸血鬼とはいえ半分は人間であるジョルジョの頬は温かく、生命の拍動を承太郎に伝えてくれるだろう。


「花京院、なのか?」

「さてね」


 泣きそうな目をした承太郎に首肯してやることもせず、ジョルジョは彼から視線を外してテーブルの年輪を数える。池から投げ出された魚のように喉が渇いていた。マラソン選手が給水所で水を受け取り頭からそれを被るように、ジョルジョにとって承太郎の血を吸うことは必要不可欠なことのように思えた。

 そして、あることに気付いた瞬間、ジョルジョは酔った。陶酔したと言うべきか。今この時、彼はこれまでの十一年間が報われたと知ったのだ。ゲロ以下の臭いがするような悪役でも良い! ただこの新しい人生において邪魔でしかなかった吸血鬼という種族であることが、ジョルジョを再び煌めかしい人生に押し上げてくれることが分ったからだ! またジョルジョは輝かしい命の発露を見せつけるられるのだ!!

 きっとジョルジョが顔を合わせることになるのは徐倫――六部だろう。その徐倫へも吸血衝動が湧きあがるだろうことは確実に思えた。なんとも運命的ではないだろうか? ジョルジョはその未来予想図に心ときめかせた。承太郎に対して吸血衝動が起こることが誇らしく思えさえする。なんたる運命、なんたる悦び!


「逃げろと言ったところでお前は聞くつもりはないだろうな」

「灰にまではならないとはいえ、今の僕にとって日光は敵でしかない。そんな僕にどこへ逃げろって言うのさ」


 空条承太郎は知らない。ジョルジョは今とても幸せなのだ。逃げるなど、誰がそんなことをするものか。少なくとも徐倫と顔を合わせるまでは研究所でモルモットになってやっても良いと思っているのだから。

 おお、神よ! これほどに幸福で良いのだろうか。今ならば神へ愛を囁くことを厭うたりしない。十一年前に幸福な死の安寧からジョルジョを再び地へ落とした神を、これまでジョルジョは繰り返し呪っていた。だが、手足をもがれたけもののように地べたをのたうつ人生が、どうだろう、今は祝福の光に満ちあふれている。腕がないなら喰らい付けば良い。足がないなら這えば良い。ないものを嘆くより、あるものを有効活用した方が何倍も有用である。それに今、ジョルジョは気付いたのである。

 微笑んだジョルジョに、承太郎は優しく声をかけた。


「また会いに来る。今度はお前の兄貴を連れて」


 今度こそ、前よりも幸せに煌めいて死ねるのだろう。ジョルジョは承太郎の言葉にこくりと頷いた。そしてその日の晩、ジョルジョは幸福の内にアメリカへ向かう飛行機に乗ったのだった。

 輝き煌めくことができるならば、彼は死など全く怖くはないのだ。たとえそれが、二人の兄を泣かせることだとしても。


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