Heroic fantasyは二度いらない
背筋も凍るような美貌とはこのようなものを言うのだろう、と空条承太郎はこの状況において場違いに過ぎる感想を抱いた。立てば芍薬座れば牡丹……と、華やかな容貌を指す慣用句を思い出す。本人が目を引きたくて引いているのではない、人の目がごく自然に集まるのだ。本人さえその気になれば、国を傾けることなど赤子の手を捻るくらいに簡単に違いない。
間接灯の橙色の光がぼんやりと灯る室内で、闇に浮かび上がるような彼の姿はとても妖艶である。本人以外は闇色に塗りつぶされた肖像画のような存在感と言おうか、彼以外の全てがぼやけて見える。
承太郎が探していたのはこの彼の兄であるジョルノ・ジョバァーナであった。ジョルノについての話を聞ければ上等と会いに来てみたが、ジョルノの母がDIOと別れて数年後に生まれたはずの弟がこれほどDIOに似ているとは思いもよらず、またその生まれついての華やかな造作に惹かれて、承太郎はジョルノの弟ジョルジョ・ジョバァーナから目が離せずにいた。
「みんな同じ反応しかしない」
ジョルジョと呼ばれるのは嫌いなんだと言ってジョーと呼ぶように求めた少年は、実の父であるはずの男とは全く似ても似つかない顔を皮肉げに歪めた。
「君はDIOの息子なのか」
この言葉は、承太郎が思ったよりも簡単に口から出た。ジョルジョは顎を手の甲に添えて「そうだと思うよ」と答えた。ジョルジョが柘榴色の瞳を伏せれば、まるでルビーに金の雨が降り注いでいるかのようだった。どんな表情も華になる少年だ。――少年と言うには成長し過ぎているように見えるが。
「それで、貴方は僕を捕獲……は言葉が悪いかな。保護しに来たってことで良いんだよね」
ジョルジョにとってはどちらでもそう変わりないが、対外的な言い訳とするなら捕獲よりも保護の方がましに聞こえる。承太郎はそのどちらの言葉も否定することなく頷いた。
DIOの息子だと考えるには年齢が足りないことから外していた弟、その弟こそがDIOの血を色濃く受け継ぐとは全くの予想外である。自分がこの役を負って良かった、と承太郎は感情の薄い表情の下で考えた。他の者ならばこの美貌の前に跪いて命すら捧げかねない。物語上の存在でしかないはずのヴィーラの血を引いていると言われても納得してしまうだろう。
ジョルジョを見ていると、木苺のように甘酸っぱくも切ない初恋の思い出が何故だろうか、承太郎の胸をじくじくと突き刺した。あれから十数年が過ぎているというのに、まるで初恋のその人が今目の前にいるかのような感覚がする。ヴィーラのチャームにでも掛けられたのかもしれない。
「僕は見ての通りダンピール……ほぼヴァンパイアだけど、兄さんはジョースターの血が濃いから心配する必要はないよ。隔世遺伝の危険はあるかもしれないけどね」
安心させようと言う意図の見える言葉だったが、承太郎は眉間に深い皺を寄せた。ジョースターの名前など彼は一言とて出していない。どのようにして知り得たのか。もしやDIO派の残党が既に接触していたとか……?
「君はなぜジョースターの名前を知っている? 場合によっては君を尋問しなければならなくなる」
「おやこれは失言。とは言え、僕かこの名前を知ったのは人から教えられたんじゃなくて本人から聞いたんだ。そこには貴方もいたと記憶してるよ」
ジョルジョは柔和に微笑んだ。その笑みが記憶の女性と重なるような思いに囚われ、承太郎の思考は鼓動一つほど乱れる。
「ホリィさんがスタンドの暴走で倒れた後、ジョセフさんは私たちのどちらかに帰宅することを勧めた。兄妹揃ってエジプトに行ってしまっては親御さんが心配するだろうからってね。一度目は典明が、二度目は私が旅に同行した」
その瞬間、承太郎の背筋を電撃が走った!
まじまじとジョルジョの顔を見つめ、信じられないと唇を震わせながらジョルジョの中性的な美貌に手を伸ばす。何故なら、そう、何故ならば、「一度目」を知っているのは、今ではたった四人のはずだからだ。空条承太郎、花京院典明、J・P・ポルナレフ、ジョセフ・ジョースターの四人だけのはずだからだ。DIOとは違い、少年の肌は承太郎の手に体温を感じさせた。
「花京院、なのか?」
「さてね」
緩くまとめられた豪奢な金髪を掻き上げてみれば、ジョルジョの髪を結わえるゴムにはテントウムシのストラップが付いていた。灰の塔のスタンドも虫であったが、こちらは幸運を呼ぶテントウムシである。そして真珠のように白い耳たぶにはチェリーのピアスが着いている。――お揃いのピアスをして、二人だけで世界が閉じていた兄妹のその妹。残された日記で知ったそのスタンド能力はまさに、兄のためだけにあった。死ぬと分かっての旅路がどれほど彼女を苦しませたか承太郎たちには想像もつかなかった。承太郎の視線が自然と和らぐ。永遠に失ったと思った存在と再び会って話せる喜びは大きい。
しかし。前世がどうであれジョルジョ・ジョバァーナはヴァンパイアハーフである。SPW財団は彼を拘束する予定であるし、その決定は覆らない。これからの長い生を研究者と共に過ごすのは苦痛だろう。前世と合わせてもまだ三十年に満たない人生であると言うのに! 承太郎の胸を襲ったのは、やり場のない怒りと悔しさであった。承太郎にとってジョルジョ・ジョバァーナの魂の持ち主は、DIOのせいで人生を狂わされ続ける薄幸の聖女である。
救ってやりたいと承太郎が手を伸ばしたところで、きっとジョルジョ・ジョバァーナはその手を拒むだろう。今彼が送っている生活を見よ! 老いた修道女一人しかいない寂れた教会で、その身を阻む日光を避け祈り暮らしている! 彼は人の手による救いを求めてなどいないのだ!!
「逃げろと言ったところでお前は聞くつもりはないだろうな」
「灰にまではならないとはいえ、今の僕にとって日光は敵でしかない。そんな僕にどこへ逃げろって言うのさ」
承太郎が零してしまった言葉に、ジョルジョは上手いジョークを聞いたかのように笑い声を上げる。その瞳にほの暗い影はない。
おお、神よ! 乗り越えられない試練を与えることはないと貴方は言う。だが、見よ、この哀れな子羊を! 大工の息子が全ての人の罪を背負って昇天したと言うならば何故――ああ何故この哀れな農夫は日陰で土を耕し続けるのだろうか?
「また会いに来る。今度はお前の兄貴を連れて」
そしてその晩、ジョルジョはその美貌を覆い隠す布を被り、SPW財団の迎えの車に乗り込んだ。行き先はアメリカにある研究所の地下施設である。彼がその地下施設から外へ出る日は来ないのではなかろうか。
旅路を共にした存在がモルモットとして地下に封印されるという事実に、空条承太郎は激しい無力感に襲われた。普段のきびきびとした動作はなりを潜め、まるで手負いの獣のように足を引きずって宿までの道を歩いていった。十余年前に置き忘れてきた涙が頬を熱く濡らしたことにも気付かないままで。
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