その22



 マナを追った兄さんの跡をつけ、マナとビスケがいるらしい森の中へ入った。森の奥ではなかったお陰かすぐに三人は見つかり、オレたち――オレとパクは様子を影からこっそり窺う。


「麻耶ちゃん、話を聞いてくれ」

「嫌よ! 折角ここまで来たのに……一緒に帰るって言うまで聞かないから!」


 話し合いを求める兄さんに対し、マナは突っぱねるように声を荒げた。ビスケはどちらに賛同するのも面倒だと思ったのか静観を決めたようで、オレたちを見つけたらしく唇に人差し指を当てた。頷きを返してオレたちも二人に視線を戻す。


「聞いてくれ、麻耶ちゃん。こっちとあっちじゃ時間の流れが違うんだよ。浦島太郎になりたくはないだろ?」

「私はそんなのにならない! そう言われたもの!」

「言われた? 言われたって誰に」

「そんなの今関係ないじゃない。兄さんが帰ることに頷けば全部丸く収まるんだよ、ねえ、帰ろうよ兄さん! 頷いてよ、頷きなさいよっ!!」


 首を横に振る兄さんにマナは声を荒げる。兄さんに似た顔が怒りに染まるのを見るのは新鮮だ――兄さんは滅多なことでは怒らないからな。それに、兄さんは静かに怒る気がする。


「無理なんだ。オレにはここでしなくちゃいけないことがあるからね」

「それは! 家族よりも大事なことなの!?」

「うん」


 マナはもどかしそうに表情を歪め、『ある言葉』を言い放った。


「兄さんの分らずや! 兄さんなんて、兄さんなんて――大っ嫌い!」


 兄さんの左脇腹から右肩にかけて、頭と心臓を含んだ部分がポッカリと消えた。


「……は?」


 次に右腕の肘と手首の中間から上半分が消え、右手がぼたりと地面に落ちた。


「えっ?」


 重力に従って後ろ向きに倒れそうになった胸から下の、足の付け根までが消えた。まるで何かが兄さんを食べているかのような錯覚を覚える。生臭い息も気配も何もない、見えない獣が。

 左右の足がそれぞれ逆方向に倒れ、思い出したように血を噴きあげ始めた。木々が日光を遮るせいで草の生えない地面に血だまりが広がって行く。

 左足の膝を中心として六十センチが消失。付け根が次の瞬間には消え、左足の残りと右足の膝から下が次いで消える。そして最後には、残った右足の太腿も消えた。


「……え、何よコレ、また兄さんお得意の冗談? グロ系好きだったとかウケる」


 鉄臭い血の匂いが、これが現実だと示す。なんだこれは。

 ――なんだ、これは。


「どこに隠れたのよ、兄さん! こんな性質の悪い冗談よしてよ! 兄さん、どこにいるのよ、兄さん!!」


 マナの悲鳴が静かな夕方の森に響き渡った。コウモリが忙しなく飛びまわる真っ赤な空は不吉な予感を抱かせる……オレはまだ、この出来事を受け入れられずにいた。







 ねえ、あんたオレを殺すために麻耶ちゃん呼んだだろ。麻耶ちゃんはオレのことには関係ないんだから巻き込むなって言ったはずだよね、オレ。ちゃんと元の時間軸に戻すから問題ないとか馬鹿なこと言わないでくれる? ちゃんとあそこでの記憶とか証拠とか消して、元の時間に帰すこと。

 それとさ、またクロロ君の前でオレを消すとかやめてよホントに。クロロ君が泣いちゃうじゃないか。冷蔵庫のプリンに気付けば良いんだけど気付くかなぁ? ショックでプリンを食べる気も起きないかもしれない……クロロ君、お兄ちゃんが今すぐそっちに帰るからね!――え? 駄目? なんでだよ。

 修正力のことは分ってるって言ってるだろ、さっきからしつこい。

 で、次はどこに飛ばされるわけ? また十二年も暇するような時間軸とかは嫌だよ。……ふーん、四か月後か。四か月後ってアレじゃなかったっけ、キメラアント。合ってるの? ええー、嫌だな。面倒くさい。契約契約煩い、分ってる。……しつこいよ、ちゃんと覚えてるってば! 

 はいはい了解。じゃあまた――――オレが死ぬ時に。


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