その20



 今日もクロロ君たちはゲーム攻略だけど、布団たちが日向ぼっこの後フリーだから店番には困らない――ということで、勝手口から庭へ出た。この勝手口っていうのは『勝手口に見えるだけの扉』で、ここから外へ出ればオレの家庭菜園が広がってる。

 ドアの横に並んでる生ごみを詰めたバケツを軽々抱えて菜園へ向かい、昨日の昼間に掘り返しておいたうねにバケツの中身と牛糞に鶏糞、石灰とかを撒いて鋤き込んでいく。お客さんの一人も来ない暇な店舗経営に飽きて始めた家庭農園も、流石に十年もすればプロとは言わなくてもセミプロ並みだ。夏はトマトとかピーマンとか夏の野菜を、冬は大根とか玉ねぎとか白菜とかとか……。今日収穫するのは大根と白菜の予定。去年までは余った大根を沢庵にしたり白菜を漬け物にしたりしたけど今年は大食らいが八人もいるからなぁ、足りなくなるかもしれん。


「あっるっこー! あっるっこー! わたしはー元気ー!」


 畑仕事が面倒だって言うつもりはないんだけど、ただひたすら黙々と耕すのは性に合わない。こういう作業の時はノリの良い歌を口ずさみながら手や足を動かすのが常だ。というわけで今日のチョイスはトトロ。

 一つ目のうねを終えたら次のうねへ、それを終えたらまた次のうねへ。昼過ぎから始めた作業も気が付けば夕方で、そろそろ夕飯作りに帰らないと我が家の欠食児童がお茶碗をお箸で楽器にする可能性がある。数日前にヒソカが「もはやキミは兄さんじゃなくて母さんだね☆」とか言いやがったけど、オレはお兄ちゃんなのだ。お茶目な家政夫さんに出来ない家事は無いのだ!――ミシン無理だけど。

 菜園に出た時にはもう今日の夕飯を水炊きにすることは決めてたから、大根と白菜はとっくに収穫済みだ。一般の人なら二十人は食べられるだろう量の野菜は圧巻の一言に尽きる。小石一粒として入ってない畑で育てた大根は身もヒゲもまっすぐで、我ながら上手く育てた物だと感心する。

 野菜を風呂敷に包んで背負い店に帰れば、見覚えのない女の子が勢い良くオレの胸に飛び込んできた。生ごみを埋めてから時間が立ってるけど、まだ生ごみ臭いよオレ。


「――くさっ!」

「そりゃそうだろ、生ごみ埋めて来たし」


 盛大に顔をしかめてオレから逃げた女の子は――十七歳くらいか? 背中の半ばまである髪を高いところでポニーテールにして、冬場らしく厚着だけど太って見えない恰好をしてる。


「ところで君はお客さん?」


 抱擁を拒否されたオレを見て腹を抱えて大笑いしてるヒソカに風呂敷を投げつけ、オレより十センチかそこら身長の低い彼女を見下ろす。エイジアン人なら百六十三四センチでも高い方だろう。


「わ、私が分んないの?」

「分らないのかって言われてもね。うーん? お袋に似てるような気もせんではないな。それにオレにも似てるような気が。まさか麻耶ちゃんだなんてことは――」

「そうだよ! 私、麻耶だよ兄さん!」

「え」


 あり得ないと思って、始めから候補外だったまさかの選択肢。


「マナは貴方を探してここまできたんだわさ」


 何故か店の中にいるビスケがハンカチで目元を拭いながらそう情報を追加する。ってことはこの子は本当にオレの妹の麻耶ちゃん? そんなバナナ。だってそんなの……駄目だ。


「麻耶ちゃん、親父とお袋は元気にしてる?」

「元気だよ」

「なら、すぐに二人のところに帰りなさい。麻耶ちゃんはここにいちゃいけません。お兄ちゃんが手を貸すから、元の世界に帰るんだ」


 麻耶ちゃんはオレを信じられないと言わんばかりの目で見た。クロロ君たちは興味深そうにオレたちを見つめ、ビスケは麻耶ちゃんと同じくオレの言葉が信じられないと目を丸くしてる。


「なんで、何でそんなこと言うの!?」

「麻耶ちゃん、これは麻耶ちゃんのために言ってるんだ。今すぐ向こうに帰りなさい」


 どうやってこの世界に来たのかは知らないけど、麻耶ちゃんはここにいちゃいけない。オレじゃないんだから麻耶ちゃんはここに長居しちゃ駄目だ。


「兄さんの……兄さんの馬鹿っ! 折角迎えに来たのに――なんでそんなこと言うのよ!」


 麻耶ちゃんはオレの頬を思いっきり殴ると、走って店を出て行ってしまった。その背中を追いかけていくビスケ。

 麻耶ちゃんのパンチ程度が痛いわけないけど、痛いのは頬じゃなくて胸だ。嫌われた。麻耶ちゃんに嫌われた。


「く、クロロ君……オレ、麻耶ちゃんに嫌われちゃったよ! もうオレはこれからどうすれば良い!? ねえどうすれば良いと思う!?」


 クロロ君の両肩を鷲掴んで前後に揺さぶれば、パクやマチに落ち付けと言ってクロロ君から引き離された。そして要介護の老人のように二人に脇を抱えられてソファに座らされ、匂い消しのためかラベンダーの香り袋が入った飾り用リースを頭に乗せられて紅茶を渡される。


「落ちついたか? 兄さんが言いたくないなら言わなくても良い。オレは教えてもらえなくても気にしないから」


 パクが何故かオレの背中を擦ってくれてるのが、何故か涙が出てくる。


「いや、教えるよ……麻耶ちゃんにあんなことを言った理由をさ」


 動転した気分がラベンダーと紅茶の香りで落ちついて来て、オレは乱れた思考を正しながら口を開いた――


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