その19
このカードというものの便利さが癖になりそうだが、兄さんによればとあるゲームマスターによる処理を経なければ外界への持ち出しは不可能なのだという。万一持ち出せたとしても効果が発揮されないと聞いたシャルは面白くなさそうに顔をしかめていた。
羽毛布団を店に残すのは気がかりだったが、毎日パクが羽毛布団の記憶を確認することで留守番を許した――奴には、兄さんを性的に襲ったと分れば燃やすとはっきり言ってある。今日も兄さんの貞操が奴から守られていることを信じながら同行のカードで店へ帰った、そのオレたちの視界に飛び込んできたのは。
「なにね、お前ら。この店に何か用か?」
フェイが殺気を滲ませながら二人組の女に詰問した。だが、この片割れは見覚えが……いや、ある人と似ているじゃないか。店でオレたちを待ってくれているだろう人と。
「待ちなよフェイ。この女、誰かに似てるって思わない?」
笑みを含んだ声音でフェイをたしなめたのはシャルだ。シャルも気付いたんだろう。
眉間に皺を寄せて女を睨みつけていたフェイだが、すぐに合点が行ったという顔をした。
「お前……マナか」
――その通り。この女は兄さんに似ている。短めの眉や鼻筋、輪郭もオーラも。ここまでそっくりなのは兄弟でもなければ不可能だろう。つまりこの女は兄さんの妹であるマナでしかありえない。オレがマナを見たのはマナが五歳の時だけだが、アレがこう育つと言われれば納得の容貌だ。
「なんで私の名前を知ってるの? 私、貴方と会った事ないと思うんだけど」
オレたちへ向ける警戒を強めながら、マナは左足を一歩分後ろへ引いた。そしてマナの盾になるようにツインテールの女が前へ出る。
「知っているさ、兄さんの妹だろう」
「ああ!! 誰に似てっかなーと思ったらコーヤか!」
「ウボォー、場の雰囲気を壊すな」
後ろでウボォーがマチに肘鉄か何かを受けたようだ。
マナは見る間に目を大きく開いていくや、オレをギリッと睨み据える。――何故敵意を向けられなければならないんだ。
「兄さんのことをどうして貴方が『兄さん』って呼んでるわけ?」
なるほど、嫉妬か。
「オレの兄さんでもあるからな。まだお前は五歳だったから覚えてないだろうが、オレはクロロだ」
「クロロ……?」
一瞬顔をしかめたマナだが、すぐに思いだしたのか思い至ったのか、さっと顔色を変えてオレを見つめる。
「貴方があのクロロなわけ!?」
「そうだ。久しぶりだな、マナ」
マナがここに現れたとなると、兄さんの優先順位第一位がオレからマナに移るかもしれん。兄さんに会わせる前に始末したいというのが本音だが、バレた時に兄さんに嫌われる可能性を考えると我慢すべきことだろう。
「マナ、このクロロってのは店主の弟なのよね?」
「……一応、そうです。私は認めてないけど」
渋々といった表情のマナにツインテールの女は一つ頷き、オレとしっかりと視線を合わせる。
「マナはコーヤと会うためにここまで来たのよ。あんたたちが今までコーヤを守ってくれてたってことだと思ったのだけど、それであってるかしら?」
ツインテールの女の言葉を聞いたヒソカがくつくつと笑い声を上げ、シャルやパクたちは苦笑して肩を竦めた。兄さんをオレたちが守る、か……。兄さんを『羽毛布団から』守ることは可能だが、そう言う意味ではないだろう。兄さんを守ろうなど、不可能かつ不必要なことだ。
「いや。オレたちが兄さんを守る必要性が見当たらないな。兄さんに出来ないことはないのだから、オレたちが手を出せば兄さんの邪魔になるだけだ」
「いーや、あるだろ? コーヤに出来ないこと☆ 例えばクロロに厳しくすることとか☆」
「それは出来なくても構わないことだろうが」
ヒソカの茶々にシャルが腹を抱え、マチが何故か生ぬるい目をオレに向けた。
「そこのピエロの言葉はこの際無視するわさ。必要性がないってどういうことなのよ」
「言葉の通りだ。だが口で言うより会った方が早い。店に入ろう」
そう言って二人を連れてエレベーターに乗り込み店に入ったが兄さんの姿だけがなく、羽毛布団と敷布団がたった二人でインディアンポーカーをしていた。
「おい、布団共。兄さんはどこへ行った?」
「留守番を命じられただけなので……存じ上げません」
「私も」
兄さんが不在なことなどなかったのだが、今日は一体どうしたのだろうか。オレをじっと睨んでくるマナは無視して、そういえば聞いていなかったツインテールの女の名前を訊ねた。
「ビスケットよ。ビスケって呼んでちょうだい」
「分った。オレはクロ――」
「ただいまー!」
勝手口から土まみれになった兄さんが現れた瞬間、マナが兄さんに飛び込んで行った――なっ、先を越されただと!?
19/22
*前|戻|次#
|